幽霊は性別を好きに操れるらしい
時は玄の家に旅館が手配した引っ越し業者が来た日まで遡る。
今日は旅館と提携している引っ越し業者が来る日だな、と思っていた玄は、ピンポーンと玄関の呼び出しボタンが押された音を聞き、ドアを開けた。そこにはどこの会社かわからないマークの帽子を目深に被り、口元しか見えない怪しい男がいた。あまりの怪しさに咄嗟にドアを閉めようかと玄は思ったが男が、
「旅館と提携してる引っ越し業者の者です。白鷺玄さまのお宅はこちらであっていますでしょうか?」
と言ったので、とりあえず詐欺などではないことがわかり、警戒を解くことにした。
「はい、そうです、あってます。」
そう返事すると、男の方はホッとしたような態度をとった。どうやらあちらも警戒されているかを察していたらしい。
「では、お荷物運ばせていただきますね、既に梱包は済んでいるとお聞きしたのですが、」
「えぇ、こちらです」
そうして玄と男は引っ越し作業を始めた。
しかし、男を家の中に入らせて、荷物を運び出している途中、男はキョロキョロし始めた。玄はそんな男の様子を疑問に思い、どうしたのだろうと思った。すると男は徐に口を開き、
「あぁ、これはこれは…」
と言った。
正直玄は、なんだこいつ、と思ったが旅館側が手配してくれた引越し業者であり、玄は引っ越しに関してお金を支払っていないため下手なことは言えず、この人が変な人だったらどうしよう、と不安を燻らせることしかできなかった。
だが男はその後は特に不審な行動をするわけでもなく、普通に玄は男と共に引っ越し作業を続けため、そんな不安は杞憂だったな、と玄は段ボールをトラックに詰める作業を手伝いながら思った。
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大体の引っ越し作業が終わり、荷物も全てトラックに運び終えた男と玄。
ふぃー、と疲れからくるため息を吐きながら肩を伸ばしていた玄を男はじっと見つめていた。そんな男の様子に、玄はものすごく居心地の悪さを感じた。目深に被った帽子のせいで、男の目線が見えないというのもなんだか恐ろしかった。
するとふいに男は目線を玄から外し、トラックに乗った。
玄は突然の行動に一瞬驚いたがまぁ、荷物も運び終わったし、妥当な行動といえば妥当かと思い、すぐに驚きを消した。
「では、これで、荷物は確実に旅館にお届けいたします。」
「よろしくお願いします。」
これで男ともお別れか、そう思った玄だったが、男が最後に、窓から顔を覗かせてこう言った。
「お隣の方、明日あたり大怪我して病院に行くと思うので、お気をつけてくださいね」
そう言い残し、意味がわからず唖然とする玄を置いてトラックは走り去って行った。
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「そう言った次の日、ちゃあんとその人怪我したデショ?」
にっこりと良い笑顔でそう言い放った御化とは裏腹に、玄はその時の出来事を思い出して背筋に寒気が走っていた。
御化の言うとおり、隣人は次の日の夜、痴情のもつれで女に刺されて救急車で運ばれたのだ。しかも、その救急車を呼んだのは玄だった。自分の退去日が一日でも遅れていたら…そう考えただけでゾッとする心地に玄はなったことを思い出す。
耳汚しになるためこの場では話していないが、隣人が病院に行く羽目になった原因は二股をかけていており、それがバレ、刺されたかららしい。玄からしたら完全に自業自得である。
ともかく、玄からすればなぜ初対面の御化がそんな事を知っているのか疑問だった。なんだったら、知りすぎていて気持ち悪さすら感じる。
「なんで、そんなことを知っているんだ…!?」
「えぇ〜まだ気づいてくんないの?答えをいうとね、御化ちゃんが、その引越し業者だったんだよぉ」
お久しぶりぃと呑気にひらひらと手を振る御化に玄はありえない、と悲鳴をあげる。なぜならあの引越し業者は男だったのだから。目の前の御化はどこからどう見ても女だ。膨らんだ胸に華奢な手足、出っ張りのない緩やかな曲線を描く喉。
どの要素を取っても、彼女があの時の引越し業者だと言うのを否定する要素にしかならなかった。だが、そんなことを思う玄を置いてけぼりにして、御化は話を続けた。
「初めて会ったときねぇ、すっごい顔と感情が正直な子だなって御化ちゃん思ったの!!こぉれはからかいがいのある子だなって!だから御化ちゃん、人間くんがこの旅館に来た事が嬉しくて可哀想で嬉しくて…」
「御化ちゃんのそういうところどうかと思う」
「わ、私は御化ちゃんのドッキリ好きよ!ただ今回は、その…」
「はいそこちょっとシャラップ!…それでね、ちょっと脅かしたくなっちゃったんだぁ、旅館のみんなは御化ちゃんの悪戯に慣れちゃって、全然反応してくれないしぃぃ?お化けは驚かして脅かしてこそなのに!!」
玄はそこからさらに話が盛り上がりそうな御化にストップをかけた。これ以上話されたら感情が追いつかなくなりそうな上に御化のことをはっ倒したくなりそうだったので。御化は不満そうな目をし玄を睨もうとしてが、久遠によってそれは阻止された。久遠が御化に近づいたと思ったらコメカミを拳でグリグリと圧迫し出したからだ。コメカミからはゴリゴリと嫌な音がした。
「お、ま、え、は〜」
「あだだだだっ!!?」
「そんなっ、身勝手なっ、理由でっ」
「痛いっていててててて!!!」
「最近は大人しくしてたと思ったら!!幽霊基準で物事を考えるなとあれほど!!!!」
御化に怒りをぶつける久遠に玄は内心パワハラで訴えられないか心配だったが今回は御化が100悪いか、と勝手に自分で納得した。御化が痛い目を見る姿を見て先ほど味合わされた恐怖が許せるわけではないけれどスカっとしたので、玄はこれ以上は関わるだけ損だ、と、御化のことは放っておくことにした。
「あの」
「どうしたの、玄くん」
「何か聞きたいことでもあるのかしら?」
そんなことより、玄は近くにいた秋と海にずっと気になっていたことを質問した。
「初めて会った時の御化…さん、どう見ても男だったんですけど…あの人が嘘をついている可能性ってありますか?」
玄がそういうと、秋と海は顔を見合わせた。そして秋は笑いだし、海は困惑した顔になった。
「あははっ!そっか、そうだよね、そりゃわかんないよね!慣れてたからなんの疑問も持ってなかったよ」
「秋ちゃんはなんで笑っているの?御化ちゃんはなんの嘘もついてないわよ?」
「海ちゃんからしたら玄くんがそう言う理由がよくわかんないか、あのね、私たちからしたら【御化ちゃんが性転換できることが当たり前】って思ってても、玄くんからしたら慣れないことなんだよ」
「…????!」
突然秋の口から飛び出た爆弾発言に玄は開いた口が塞がらなくなった。そして、再び久遠に説教をされている御化の方に視線を向ける。どこからどう見ても女だ。あれが男になるなんて全く想像ができない。玄は口端が引き攣るのを感じた。秋はそんな玄の様子にさらに笑う。
「えっ、で、でも、仮に性転換ができるとして、御化さんは幽霊ですよね!?俺が引越しするときに来た人は人間でしたよ?物にも触れたし!」
「あぁ、それはね」
秋は突然、空中にふわりと浮かんで先ほど玄が出てきた空間の割れ目に手を突っ込んだ。すると、何かを思いっきり引っ張った。ガシャリと音を立てて、それが空間の歪みから落ちてくる。玄はなんだなんだと思いそれを見ると、ひぃっ!?と情けない悲鳴をあげ、後ずさった。
「そ、それって、」
恐る恐るそれを指差した玄に説教中の御化がめざとく気づき、顔を輝かせた。
「人間くんを追いかけ回してたマネキンちゃんじゃん!どおよ?結構久遠さんに似てない?」
「似てない」
苦い顔をして即座にすっぱりと否定する久遠。当然である。これと似てると言われたら誰でも否定したくなる。マネキンを引っ張り出した当の本人である秋はスタスタとマネキンに近づき、マネキンに手をかざす。すると、マネキンはごうごうと音を立てて燃え始めた。
「ぁぁぁぁ!!!???」
御化は悲鳴をあげた。久遠はその様子を見てざまぁみろ、と呟いた。玄はどうしていいかわからなかったが、正直その様子を見てまたスカッとしたので、秋を止めることはしなかった。
「やめてよぉ!!??」
「やめても何もないでしょ?こんな気持ち悪いもの、燃やした方がいい」
あっけらかんと言い放つ秋に、御化はギャーギャーと文句を垂れながら秋を殴っていた。しかし、実体がないためか御化の拳は秋の体をすり抜けるだけだった。
「ひどいよ!?!秋ちゃんの頼みを聞いて折角人間くんの引っ越しの手伝いしたのに!!!?わざわざ動くための器まで作って手伝ったのにぃぃ!!!」
「なるほどね、その器を改良したのがあのマネキンってことか。やっぱり私の予想は当たってみたいだ。玄くん、御化ちゃんが人間に化けてた理由はこの人形のおかげみたいだよ」
「そこじゃない!!もっと別のところ聞いてよ!!!!」
びーびー喚く御化をガン無視して秋はマネキンが燃える様を見ていた。だがあまりにも御化が喚くため、秋は仕方なしに久遠が持っていたお札を手に取って御化の頭を撫で始めた。
「よーしよし」
御化はそうしてほしいわけじゃない、火を止めろ、と叫びながらも秋からの撫でを受け入れていた。その時、御化がもう一度秋に文句を言おうとしたが、言い終わる前にマネキンがさらに盛大に燃え上がった。呆然とする御化の目の前で、マネキンは灰となり、燃え尽きた。
秋はあちゃーと言う顔をした。どうやら火加減を間違えたらしい。御化はぷるぷると震えだし、
「あー!!!!!!もうしーらない!!!!秋ちゃんのばーかばーか!!!!!」
と叫んだ。御化はそう言い終わった瞬間、ふわっと宙に浮くと、凄い勢いでどこかへと飛んでいってしまった。秋はポカーンとした後に、御化ちゃんの反応って面白いねと言い笑い出し、久遠はため息をついた。
「くっそ、まだ言いたいことは残ってるって言うのに…」
「なんか、やばい人ですね…」
「やばいというか…うん、やばいな…うん」
そう言い久遠は遠い目をした。その様子を見て玄はこの人結構苦労人なのか…と思った。
「あいつ、旅館の常連とか従業員に結構似たような悪戯を一回は仕掛けるんだ。だから、玄もいつか仕掛けられると思って、対策してたんだが…」
久遠曰く、玄の前に旅館に来た海の時は御化の悪戯を防ぐことができたが、海以前の従業員、例えば蓮太郎などは御化の悪戯に引っかかり、酷い目にあったそうだ。
御化の言い分としては、あれは悪戯に過ぎないから、らしいが、久遠や他の者からすればあれは悪戯の度を超えているとしか思えないため、毎回必死に御化を止めようとするが、なかなか成功しないらしい。
じゃあクビにすればいいと言う話だがそうもいかない。久遠が言うには、御化は結界術や仙法に精通しており、この旅館の存在維持に一役買っているらしい。そのため御化がいなくなると術の維持をする者が久遠一人しか居なくなり、相当な負担がかかる、みたいだ。あぁ見えても仕事は真面目にこなすタチらしい。
玄は久遠の説明になるほど、と言った。能力はあるが性格に難があるタイプか、と納得した。玄のその言葉を聞いた久遠は、まるで意外だ、と言う顔をした。
「お前、術とか馴染みのない世界から来たんだろ?よくまぁ、ここまで理解できるな。」
「ははは、まぁ…」
空想のだったらめちゃくちゃそういうのたくさんあったんで、うちの世界、とは言いにくかった。それに玄は、あの苦しみに満ちた就職活動の頃を味わったからのも適応力を身につけた原因の一つだろうなぁ、とも思った。あの苦しみの期間の中で、大体のことは許容できるようになったと言ってもいい。
そんなことを思っていると、急に玄の鈴から鐘のような音が鳴った。