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悪戯大好き幽霊、その名は御化


「っはぁ、はぁ…!!」


 玄は今、死に物狂いで走っていた。なぜなら後ろから悍ましさが天元突破したマネキンもどきが追いかけてきていたからだ。


「ゲェン、ッテ、マテ、まて、マぁてぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」


「ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 恐怖で涙を浮かべ大声で叫びながら、必死に足を動かし、後ろから追ってくる人形をなんとか振り払おうと逃げ続ける。とにかく走って走って走りまくると、周りの景色にやっと変化が出てきた。永遠に辿り着かないと思っていた廊下の突き当たりが、なんと目の前に現れたのだ。


 玄は思わずぶつかりそうになったが、必死に動き、道を曲がった。曲がった先には、またもや廊下があったが、ひとつだけ、先ほどの景色と違う点があった。それは、廊下の数ある部屋の中で、一部屋だけ襖が開いていた部屋があったのだ。

 玄は藁にもすがる心地でその部屋に駆け込み、大急ぎで襖を閉めた。そしてずるずるとへたり込むと、両手で口を覆った。一息も漏らすものかというように。

耳の意識を廊下へと集中させると、カタカタと不気味な音を立ててマネキンが歩いているのが聞こえてくる。


「どォコ?ぉお、ドコなぁノォ?」


 息がひきつり、喉がカラカラに乾いていく。できる限り体を固め、絶対に動かないように身を潜める。ただの人間の玄にはそれくらいした身を守る術がなかったのだ。早く、早くどこかへ行ってしまえと祈りながら、音に怯える。


 どうして、己がこんな目に遭わなければならないのだろうか、どうして、と言う疑問がぐるぐると回る。いっそ、旅館に来るなんてならなかった方が…そんなネガティブな考えが思考を占めそうになった瞬間、玄の背後の襖が、思い切り叩かれた。


「はひゅっ…!!!!」


 何かを叩きつける音が何度も何度も襖の裏で響く。玄はびくりと体を震わせ、涙を流しながらこの時間が早く終わることを目を瞑って祈った。


「いな、ァイ、イナイ、イなァいぃぃ…」


 どうやらあの化け物は玄に気づいておらず、癇癪を起こして暴れているようだった。玄はしばらくじっとしていると、その化け物は何処かへと消えていった。


 どこかへ行ったのか、と思い、玄はほっと体の力を抜いた。周りをキョロキョロ見渡すと、部屋の中は薄暗いが、普通の部屋のようだ。ただ、ある違和感に玄は気づいた。部屋が薄暗いということは、少なくともどこかに光源があるということだろう。だがしかし、この部屋には外からの光の出入り口である窓が見当たらない。

 窓がないなら、この部屋の光源はどこから…と思い顔を上に上げると、そこには白い人魂がゆらゆらと浮いていた。


「ひぃっ!?」


 悲鳴を上げた玄を嘲笑うかのように人魂は揺れる。その人魂はだんだんとどす黒くなっていき、最後には真っ黒になった。部屋全体が暗く染まる。真っ黒になった人魂は人の形をとりながら、玄の方へと近づいてくる。

 玄は焦った。このままではきっと碌なことにならない。そう思っていると、突然、人魂にぎょろりと無数の目玉が現れた。全身に夥しくあるそれは全て玄の方を見つめていた。


「く、るな!来るなぁ!!」


 すっかり腰が抜けてしまった玄は必死に這いつくばりながら人魂から逃げた。そんな玄を見て、人魂に浮かんだ目玉たちは面白そうに、にたり、と笑う。震える体を動かし、襖を開けると、玄は這いながら逃げた。とにかく必死だった。しかし人魂から見たら滑稽以外の何ものでもなかったらしくこの世のものではない笑い声をあげながら玄を追いかけてくる。


「あはァハハぁは!!!!!」


 玄をいたぶるように追いかける人魂、そんな人魂に追いつかれまいと死に物狂いで逃げる玄。しかし、そんな状況の玄をさらに絶望させる出来事が起きた。


「ミィつケえタァ!!!!!」


「っ…!!!」


 逃げている方向から、ものすごいスピードで例の久遠の偽物であるマネキンが走ってきたのだ。カタカタという音がどんどん玄の方へと迫ってくる。


 もうだめだ、玄はそう諦め、動きを止めた。


 動きを止めた玄にゆっくりと化け物二人が近づき、手を伸ばす。


 そのとき、轟音が響いた。


「!!?」


 化け物も玄も、動きを止めた。その音はどんどん大きくなり、次第に何かを叩きつける音から、何かがひび割れるような音に変わる。化け物たちはその音を聞いて、怯えているようだった。バキリ、と耳障りな音が何度も響く。そして、最後に、何かが完全に砕け散った音が聞こえた。


 その音が聞こえた瞬間、玄の頭上の空間からまるで割れたような歪みが現れ、そこから赤い炎が噴き出した。


「ぎャあァぁあぁ!!!!!!」


 その炎は化物たちだけを燃やしたかと思うと、玄の周りの空間をも燃やし始めた。玄は周りが炎に包まれているのに、なぜか安心感を覚えた。この炎は、自分に危害を加えない。そんな確信があった。化け物たちが目の前で焼き殺している炎だというのに、まるで母の温かみのような炎だと玄は思った。


「玄くん!!!」


 ぼんやりとそんな事を考えていると、炎と同じくらい、真っ赤な瞳を持った彼女の声が響いた。玄は声が聞こえた方向、ひび割れた歪みの中に迷いなく飛び込んで行った。


 飛び込むと、一瞬内臓が浮くような気持ち悪さが玄を襲う。思わずギュッと目を瞑ると誰かに服を掴まれた気がした。覚えのある感覚に恐る恐る目を開けると、そこには玄を心配そうに見つめる秋の姿があった。両隣には、秋と同じ感情を宿した目をしている海と久遠もいた。


「も、どってこれた…!!!」


「久遠ちゃん、玄くん確保したよ」


「よくやった、秋」


 どうやら歪みに飛び込んだ瞬間、玄は旅館の廊下に放り出されたらしく、周りを見渡すと先ほどまでとは違い、いつも通りの、綺麗で明るい旅館の廊下だった。玄は安心から既にぐしゃぐしゃな顔をさらに歪め、ボロボロと涙を流した。そして一番近くにいた秋に思わず抱きついてしまった。


「ごわがっだよぉ…!!!!!」


「玄くん、怖かったねぇ、もう大丈夫だからね」


 幼女に縋り付く成人男性という側から見たらかなりやばい絵面だが、玄からしたらそんなこと気にしている暇はない。精神の安定が最優先だ。秋の、おそらく高級であろう着物に涙と鼻水がついていく、秋は汚いよ、玄くん、と言いながらも玄の頭を撫でる手を止めなかった。


「秋、玄を慰めるのもいいが、『あいつ』の確保はどうする?」


「安心していいよ久遠ちゃん。あっちから来てくれるから。」


 なんの話だと泣きながら玄がそう思っていると、歪みの中から悲鳴と足音が聞こえた。そして、急に、歪みの中から人が飛び出してきた。


「きゃあぁ!!!、あっついんですけどマジで!!!!」


 出てきたのは女性だった。黒髪をウルフカットにしていて前髪がかなり長かった。だが、その長い前髪の間から除く目はくりくりとしていて大きく、瞳の色も同じく黒色だ。服はダボっとしたセーターに短パンを履いていた。

 そして、極め付けはその足だ。彼女の足は透けていたのだ。


「透けて…っ!?」


 玄が彼女の足の不自然さに気づくと、彼女は揶揄うような顔をして、


「やーんえっちー!乙女の生足ジロジロ見るなんてェ゛!?!」


「なぁにが乙女だ!!このアホ!!!」


 玄をからかおうとした彼女の頭を久遠はお札でバシンっと思いっきり叩いた。女性を叩くなんて…と玄は思ったが、海からのあの子が玄くんをあの空間に入れた子よ、という一言でそんな気持ちは霧散した。あの女が犯人ならば容赦は必要ない、もっとやれとも思った。


 散々久遠に怒られてしょぼくれる女の様子を見た玄はやっと気持ちが落ち着いてきた。そして、改めて気になっていたことを聞いた。


「彼女は?」


「あの子は柳田御化(やなぎだみか)、見ての通り幽霊。ほら、足透けてるし、実体がないからお札越しでしか触れないの、久遠ちゃん、お札越しに叩いてたでしょ?」


「あのお札は、私が久遠さんに頼まれて作ったのよ!使い道がわからなかったけど、今納得したわ!御化ちゃんを叱るためだったのね」


「…ゆうれい…」


 なんとなく察しはついていたが、幽霊が本当に存在するとは、と玄はひどく驚いた。そして、まじまじと御化と呼ばれる女を見つめる。


「なぁに?まぁたそんなに見て…まるで初対面みたいな対応だね〜、あーあ、御化ちょー悲しいなぁ!御化と人間くん、初対面じゃないのに!」


「えっ!?!」



 玄はびっくりした。だって彼女とは玄が知る限り初めてここであったのだから。それに、認めるのは癪だが、柳田御化と呼ばれるこの女はかなりの美形だ。それこそ、一度あったら忘れないレベルで顔が整っている。御化の態度に、久遠たちも玄と同じく、何を言っているんだという目で御化を見つめると、御化は心外だと言わんばかり顔をしながら、玄と初めてあった時のことを語った。

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