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寿司食ってイカ食って

「いやー、笑った笑った」


「…別に、そんなに笑わなくても良くないですか」


 不貞腐れたように玄がそう言うと、久遠は藍色の髪をがしがしと掻きながら全く反省していなさそうに謝った。玄はそんな久遠の態度が気に入らないと思いながらも、上司だから、と我慢して謝罪を受け入れた。玄の様子を見た久遠は、後でご機嫌取りをするかァ、と内心決めた。


 玄は少し深呼吸をして心を落ち着かせると、久遠に対して気になったことを質問した。


「…ちょっと、聞きたいことがあるのですけど」


「っくく、なにが聞きたいんだ?ふむ、その様子だと夕日のことが気になっている感じか?」


 いまだに笑いを抑えることができない久遠だが、一応玄の疑問に応える気はあるらしい。玄は目の前で楽しそうに戯れている夕日と秋をチラリと見た後、久遠に疑問をこぼした。


「…どうして夕日くんは大人になったり子供になったりしたんですか?あとなんか、秋ちゃん俺のことを子供好きな人って思ってません…?」


 玄の質問に目をぱちくりさせた久遠はまた笑った。玄が何かを話すたびに久遠が笑うものなので、玄はジト目で久遠を睨んだ。どこが面白いというのだ、こちらは切実に悩んでいるというのに。


「お前本当に面白いなァ!」


「どこがですか!」


 ちょっとだけ本気で怒りを込めて久遠にそう言うと、久遠は玄を適当に宥めるように、まぁまぁと言った。まあそんなことを言われたところで玄の怒りが収まるはずないので、玄はコップに注いであった冷酒を一口ちびりと飲み、アルコールの味で怒りを飲み込んだ。


「怒んなさんなって、えーと、秋がお前を子供好きって思ってる件については諦めろ、実際お前子供嫌いじゃないだろ?んで、夕日が子供になったり大人になったりするのはあいつがそういうふうに化けることができるからだ」


 久遠に諦めろと言われた玄はがくり、と肩を落とした。怒ったり落ち込んだり、忙しい奴だなァと久遠は内心思いながら、そんな玄のくるくる変わる様子をまた面白く思い笑いそうになったが、今度こそ笑ったら玄にキレられると思ったため、なんとか笑いを堪えた。一方肩を落とした玄は、落ち込みつつも、頭の中では久遠から返された答えを飲み込み、理解する。そして、新しく気になったことが出てきたため、それを久遠にぶつけた。


「夕日くんは、他のものにも化けることができるんですか?」


「いんや?、あいつは子供と大人の姿にしか化けれん」


 そうなのか、と玄は納得した。昔話などで妖怪が他のものに化けるというのを聞いたことがあったので少し気になったのだ。久遠と話をしているうちに、久遠は顔が火照ったのか、泣きまねをした時に使った扇子をもう一度取り出し顔を扇ぐ。あれだけ笑ったのだ、顔に血も上るだろう。


 取り出された扇子はよく使い込まれており、烏と月の綺麗な絵が貼り付けられたものだった。その扇子をまじまじと見ていると、玄はあることに気づく。それと同時に、久遠も玄から寄せられる視線に気づいた。


「なんだ?、この扇子が気になるのかァ?」


「いや、えっと…、その、もしかしてこの旅館って日本語…あ、僕の世界の、僕の故郷の言語なんですけど、この旅館で使われている言語って日本語じゃないんですか?」


 玄が気になった点、それは久遠の扇子に書かれた文字のようなものがどう見ても日本語には見えなかったからだ。日本語によく似ているが、どこか書体が違う。だが、玄を歓迎するために壁に貼り付けられた紙には日本語で文字が書かれている。そこらへんのチグハグの部分に違和感を感じたのだ。久遠は眉間に皺を寄せ、少し考える仕草をすると、


「この旅館では決められた言語というものはない。」


 と答えた。玄はよくわからず、どういうことだ、と久遠により詳しい説明を求めた。


「ここっていろんな世界のいろんな奴らが来るだろ?、だからまぁ、当たり前っちゃ当たり前だが、使う言語がそれぞれバラバラなんだよ、みんな」


「そうですね」


 久遠がいうことに、当然だ、というふうに玄は頷き、周りの従業員を見渡した。耳が尖っている者や小人のように小さい者、獣に近い姿をした者から肌の色が紫やピンクと言ったカラフルな者まで、従業員でさえここまで多種族豊富なのだ。客となると、もっと凄いことになるだろう。


「そこでだ、異なる世界の奴でも交流ができるようにするために、この旅館にはどんな言語を使っても通じる翻訳の役割を果たす結界を貼ってんだ」


 衝撃的な話に玄は目を丸くした。


「結界ってそんなことできるんですか!?」


「調整とか手入れとかめんどいけどなァ」


 とても驚く玄に、便利だけどデメリットもあるというようにそう話す久遠。それでも、玄はそんなのデメリットにならないくらい凄いだろう、と思っていた。だって、もし自分の世界にそんなものがあったら、世界中の人と手軽に話せるのだ。他言語の勉強をせずとも、だ。


「結界って、すごいな…」


 月札のことを聞いた時点で結界ってかなり凄いものなのだな、と思っていた玄だったが、久遠のその話を聞き、結界の便利さに再び感心した。


「あれ、でも何でその扇子は変わってないんですか?」


「あぁ、この扇子はちと例外でな」


 扇子の文字だけなぜ変わっていないのだろうと思った玄だったが、久遠は扇子についてそれ以上は語ろうとしなかったため、玄も深入りすることはやめた。

 しばらく、そんな感じで、久遠と話し込んでいたのだが、二人で話している途中で、玄のお腹がなった。玄は唐突になった自分の腹を恨む。とてつもなく恥ずかしい。

 耳を赤くした玄を見た久遠はそろそろ飯を食わないとな、と言い、手を大きく鳴らし騒いでいた皆の視線をこちらへ集めた。


「そろそろ席につけー、飯を食うぞ!!」


 久遠のその言葉を聞いた瞬間、皆が勢いよく席につく。どうやら皆もお腹が空いていたみたいだ。玄は机の上の料理を改めてよく見た。材料の検討すらつかない見慣れない料理もあれば、美味しそうなサラダや寿司、煮付けに天ぷらなど、見慣れた和食料理もある。お昼ご飯があそこまで美味しかったのだ、これはどれくらい美味しいのだろうと期待で胸がドキドキする。


「よし、じゃあ手を合わせていただきます!!」


 あちこちから、いただきます!という声が聞こえた後、皿をつつく音も遅れて聞こえてきた。蓮太郎含め、お昼の時はいなかった顔もいることから、宴には厨房の人たちも参加しているようだ。玄はまず、寿司に手を出した。イカの寿司をまず手に取り、醤油をつけ口に入れる。その瞬間、あまりの美味しさに、体を軽く揺らして悶絶してしまった。一口噛むごとにイカの旨味と甘味、シャリの程よく効いた酸味が口一杯に広がる。


「〜っうっまぁ!!」


「うまそうに食うなァ」


 あまりに美味しそうに玄が食べるため、それに影響され久遠や周りの人たちもイカの寿司を手に取り食べた。イカの寿司のみが一気になくなる。


「んー、うまいな」


「うん、夕日くんが獲ったイカさんおいしい」


 むしゃむしゃと寿司を貪っていた玄は、ん?と思った。…夕日くんが獲ったイカさん…?


「これ、夕日くんが釣ったんですか?」


 秋の言葉が気になり、久遠に聞くと、久遠は酒と思しき瓶を盃に注ぎながら、なんでもないように答えた。


「釣ったというか、獲ったって言った方がいいな、うちの旅館の従業員の中には旅館に永住を決め込んだ奴もいて、そういうやつはたまに別の世界に行ってもらって食いもん調達してきてもらってんだ。


 確かこれはクラーケンって奴だったか?」


 久遠な発言に、玄は思わずポロッと箸を落とした。からんからんと机に落ちた箸が音を立てる。だが今の玄にはそんなこと気にしている暇はない。この人は今なんて、クラーケンと言ったのか?

 玄は頭のなかで自分の世界でのクラーケンを思い浮かべた。クラーケンは空想上のもので、よくゲームや漫画に出て来るでっかいイカ…それが玄のクラーケンに対する認識だ。玄はもう一度久遠が言ったことを思い出す。


「クラーケンを、獲った??」


「あぁ、見るか?獲った時の写真」


 秋が一緒に着いて行って写真機で撮ってきたんだよ、と言いながら久遠は懐から写真を取り出す。そこにはデフォルトと変わらず、真顔の死んだ目でこちらに向かってピースをしている大人バージョンの夕日の姿があった。場所はどこかの砂浜のように見え、真後ろには所々食いちぎられた跡のある大きなイカがぷかぷかと海の浅瀬に浮いている。


 久遠が付け足した情報によると、思った以上に大きかったので、獲った後にクラーケンを細かく刻んで旅館まで運んだのだらしい。玄はあまりの惨さにクラーケンに心の中で合掌した。せめて物弔いで美味しく食べようと誓い、噛み締めるようにもう一度、イカの寿司を口の中に放り込んだ。





 __________________





 賑やかな宴が始まって数刻後、楽しげな雰囲気はどこへやら、玄は今、絶対絶命の状況に陥っていた。


「おい、これはどういうことだ」


 玄の目の前には、額に青筋を浮かべ今にも人を殺しそうなほどにブチギレている岩がいる。美人の怒り顔は怖いと岩と初めて会った時も思ったが、その時は怒り矛先が海に向いていたからまだマシだった。

 今、岩の怒りは玄に向いている。助けを求めようにも周りはすっかり酔い潰れて使い物にならない。岩の真後ろには岩によってボコボコにされた久遠が倒れている。

 玄は現実逃避のように、食堂を見渡した。食堂の中は、まさに惨状と言えるような状態だった。


 なぜこんなことになったのか。このことを説明するには、少しだけ時を遡らなければないないだろう。

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