就活はクソ
感想、レビュー、ブクマ、評価、よければお願いします!
「なんだよもうまたかよ…!」
手に持っていた紙を思わず机に叩きつけた青年、白鷺玄は、かなり勢いをつけたというのにまるでダメージなんてないみたいにひらりと舞い、音も無く床にはらりと落ちた紙を睨んだ。その紙には、【不採用通知】とでかでかと書かれていた。
壁が薄いため騒音が隣の部屋にまで聞こえたのか、声がうるさいと壁を叩く音が隣人の部屋から聞こえた。だが、そんなこと、玄には関係ない。無言で部屋にいるであろう隣人に中指を立てた。うるせぇこちとら死活問題なんだよテメェの前髪ちぎんぞ、くらいの気持ちを込めながら綺麗に立てた。完全なる八つ当たりだが玄の知ったことではないし、思ったところでそんなことを考える余裕なんぞない。
______やばい、本当にやばい。追い詰められた役に立たない思考回路の中でそんな言葉が浮かんだ。
「っていうか、就職に落ちた奴に様付けなんてするな!!!なんだよ白鷺玄様って!?不採用通知のくせに!!!!煽ってんのかちくしょーーー!!!」
玄は叫んだ。玄は自分が就職試験に落ちまくる理由なぞわからなかった。小中高特に問題も起こさず、大学も留年することなく卒業することができた。そんなどこにでもいる典型的な一般人なのである。だが、どういうわけか、玄は、ひたすらに、ただひたすらに就職で不採用をくらいまくっていた。ちなみに今回で面接試験に落ちたのは50回目となる。書類選考も含めると150回以上となるだろう。あまりに落ちまくるので何かに憑かれているのではないかと思い、先週寺にお祓いに行き、神主に理由を話すと馬鹿にしたように対応された。玄は家に帰った後にその寺の口コミに低評価を付けた。
それはともかく、今の季節は4月…そして、彼が大学を卒業したのが、先月の3月である。普通、就職先は大学卒業までに…というか、大学3年生で普通は決まっておかなければいけない。どうにかこうにかして内定をもらっておかなければ、危ういというか、アウトなのだ。つまり、玄には本当に後がない。もっと言えば、後がないどころか、現在進行形で後がない道を落ちて、崖から落ちているような状況だった。
「もう…頼むから本当に…どこでもいい…!とにかく働ける場所、どこかにないのか…!?」
ブラック企業が聞いたら即採用しそうな言葉だったが、玄はすでに巷でそこそこブラックなことで有名な会社に履歴書を送って既に落ちている。つまりブラック企業すらなぜか平凡な玄を不採用にしたのだ。
意味がわからない、なぜ自分はこんなに落ちるのだろう。玄は怒りや悔しさを通り越して疑問と呆れの境地に至っていた。正気度はとっくに0である。机に突っ伏して呻いていると、そんな玄の汚いうめき声をを断ち切るように、玄関からガタンという音が聞こえた。
「ん…何…?」
ずるずると玄関へ向かうと先ほどの音は郵便物の音だったことに玄は気づく。普通気づくのに、気づかないとか…とあまりの己の疲れように玄は心の中で自分を嘲笑した。ズルズルと体を引きずりながら玄関まで行き、とりあえず何が来たのだろうと紙の束を手に取った。届いた紙の束の中には、お店の特売や広告などがあった。
「お店の特売、後で行くか、ピザや寿司の広告…そんな金ないってのに、くそ、うまそうだな、この写真!このチラシ食ったら寿司の味しないかな…?車検の広告ぅ、俺は車なんて持ってないのに…」
いらないチラシばかりで、逆に気が滅入ってきてしまった。玄は内心、疲れ切った心を少しでも気分転換でもできたらいいのにと思っていたが、それなのにこれでは逆効果だ。玄は自分の判断を後悔した。どうせ残りもゴミ同然のものばかり、そう考え、まとめてゴミ箱へぐしゃりと放り込む。だが、放り込んだことによって重なっていた紙がずれたのか、見慣れないチラシが目に入った。
「なんだ、これ」
それは和風テイストでデザインされているチラシだった。紙の背景は濃い真紅で染められ、金や黒、はたまた黄色といった色で飾りを彩っている。文字の書体は一瞬、明朝体で印刷されているかと思ったが、よく見てみると、ちゃんと筆で書いた字のようだった。手間も何もかもをかけられて丁寧に作られたチラシに玄は一瞬心を奪われた。そしてハッとして首を緩く振り、意識を正面に戻すと、ようやくチラシの内容を読み始めた。
【従業員募集中!!
スキルも何もいりません!誰かと関わるのが大好きな人なら誰でも歓迎!一緒に賑やかな旅館で働きませんか?
住み込み三食付きでなんと月給20万円!
光熱費水道代などもこちら持ちです!
興味のある方は是非、戯境旅館へ!!
その他の詳細はこちらの欄↓
______________________________】
思わずといった内容に玄の目ん玉は飛び出るんじゃないかというほどに見開かれた。
「え、この紙、なんて書いて、は?」
ありえない、その一言が心の内を占めた。こんな好条件な職場なんて、普通ない。詳細をよく読んでみたが、福利厚生もしっかりしている。そして何より生活全てがあちら持ちというのが玄にとって最も魅力的なメリットだった。
このアパート、本当に隣との壁が薄く、騒音がとてもひどいのだ。テレビの音が少し大きければ聞こえるし、洗濯機の音も時たま聞こえる。足音などは、どすどすと夜中も音を立てられて、慣れるまでは寝不足に悩まされたし、今でもたまに寝れない時もある。1番最悪なのは隣人が恋人を連れ込んだときだ。オブラートに包むのであれば、恋人同士が仲睦まじく過ごしている音が一晩中聞こえたせいでその日はふらふらしながら大学に行った。なので、住み込みというのは、玄にとって、リラックスできないこのアパートから出るまたとない絶好のチャンスだった。
「旅館従業員かぁ…、別に人に言っても全然恥ずかしくない職業だよな、うん」
旅館で働く自分を想像してふへふへと妄想していると、玄はあることに気づいた。この広告、事前連絡などの要項が書かれていなかったのだ。
「…どういうことだ、いきなりぶっつけで行けってことか?準備とか用意とか、何かしなきゃいけないこととかないのか?いや、そんなわけないよな?」
よくわからない時はちゃんと就活元に聞くのが一番だということをこの就活で知った玄は、繋がるか否か、という一抹の不安を胸に、広告に乗っていた電話番号に連絡することにした。ぴぽぴぽと、番号をスマホに打ち込むと、しばらくしてプルプルという電子音が聞こえた。とりあえず繋がったことに玄はホッと胸を撫で下ろした。ぷつ、と音が鳴り、あちらと繋がったことがわかり、さらにどきどきと緊張によって高鳴る胸を抑えながら、震える声を絞り出した。
「もしもし、」
数瞬の間を起き、返答の声が返された…が、
【…誰?】
「!!??」
普通、その声の主があまりに幼い少女とは思わないだろう。