シャンディーガフは甘くない
凛は席を立つと、燈芽の腕の中で脱力する芽彩の顔を覗き込んだ。すると、そこでは先ほどまでぱっちりしていた芽彩の瞳は閉じられ、酒気を帯びた顔に変わっていた。
「芽彩…?」
燈芽は軽くその身体を揺するものの、芽彩は深い眠りについていて起きる気配は全くといっていいほどない。
「寝かせておいてあげたら?良かったらぼくの家おいでよ。ここのすぐ側だし、普段ぼくが寝てる部屋とベットでキミと芽彩ちゃんで一緒に寝てもらえば、ぼくはリビングで寝るからさ」
「…折角の提案で悪いけど、芽彩はこのままオレん家連れて帰るよ。タクシー代くらいあるし」
「そっかじゃあしょうがな__」
「じゃあ俺…」
その時だった。部屋の隅で蹲っていたメンバーはふらふらと立ち上がると、凛に懇願するかのように縋った。
「俺…今日そんな飲んだ覚え……ないんだけど…めっちゃ気持ち悪くて…。悪いんだけど…泊めてくれ…」
「ええ〜…。まあ二人が断っちゃったんなら久しぶりのお客さんだしいっかあ」
「ありがとう…」
すると、その言葉にメンバーたちは次から次へと反応していく。初めのうちは困った様子の凛であったが、次第に何かを考え込むと思い切った様子で口を開いた。
「仕方ないな…。じゃあみんなのために出血大サービスだ!!向かいのホテル代、ぼくが全部出してやるよぉぉぉぉぉッ!!!!」
「「!!!」」
「燈芽くんもおいでよ。少なくともタクシーの分は浮くし、芽彩ちゃんと同じ部屋に泊まれば燈芽くんに心配はないでしょ?」
「…まあ…」
「よし!じゃあ決定!!みんなでビジホへレッツゴーー!!」
そして男は声高らかに、カラオケ店を後にしていったのだった。だが、その後を続くメンバーたちは皆眠気や吐き気に襲われ、側から見ればあたかもゾンビアポカリプスかのようだった。
夜の街明かりが入る静寂に包まれた部屋の中、芽彩はベットに横になり、燈芽はベットの端に座って彼女の寝顔を静かに見ていた。彼のどこか切ない横顔は街明かりによって白く染められ、そんな彼の脳裏にはただ一つの想いのみが漂っていた。
「…芽彩…」
燈芽は静かな瞳で芽彩を見つめるとその枕元に手をつき、そっと唇を合わせる。そんな彼女とのキスは、微かに酒気を帯びていた。
「…おやすみ」
燈芽はベットの側まで椅子を持ってくるとそこに掛け、浅い眠りにつくのだった。
それから少しして。
燈芽は僅かに眠りづらそうにしながらもベットの上に上半身を預け、眠っていた。燈芽にキスをされて以降、すっかり目が覚めてしまっていた芽彩はゆっくりと半身起こすと重たい燈芽の身体をなんとか布団の上に乗せようとその上半身をめいいっぱいに引き上げた。しかし、彼女の非力な力では少しばかりずれ動く程度のもので、お世辞にも彼女自身にも燈芽にも良いやり方だとは言えなかった。
「手伝いましょうか?お嬢さん」
「誰!?」
「静かに。折角キミが彼の安眠を願って行動してたんだ。キミが起こしては、本末転倒だよ?」
暗闇の中で静かに笑うその何者かの聞き馴染みのある声はゆっくりと芽彩の方へと近寄ってくると彼女の髪に触れた。
「…それにしてもキミって本当にきれい…。心も女神のようで美しいし、髪も肌も本当にぼく好みだ。たった一人の男の所に収まってるなんて、もったいないよ……。…きっと、ぼくなら『あの人』から指示されていなかったとしても最初からこうしていたかもね」
「なにいってるの…?勝手に触らないで…!早く出てッ___ッ!」
「だから、静かに」
男は改めて呆れた様子で言葉を吐くと、芽彩の口をテープで塞いだ。刹那、暗闇で覆われた部屋の中に街明かりが消えた窓から月光が差し込む。するとそこにあった顔は、凛だった。
「…ッ!!」
「何も喋っちゃダメだよ?ちょっとでもおっきな声出したらぼく、燈芽くんのこと殺しちゃうかも…ね」
凛は右手に隠し持っていたサバイバルナイフを取り出すと、燈芽の首元に近づけた。その刃は月明かりを受け、怪しく光る。
「それじゃあぼくは少しやることをやるから、その間に芽彩ちゃんは着替えを済ませてすぐに出れるようにしておいてくれる?」
「…?」
「言うこと聞かないと……」
凛はナイフを更に燈芽の首元に近づけ、その切先は彼の首の寸前まで迫った。途端に芽彩は激しく首を前後に振り、支度を始めた。それを見た凛は満足そうに頷くと、ポケットから取り出した綿のハンカチにサコッシュから取り出したボトルの液体を染み込ませると、それを燈芽の口元に当てた。途端に、燈芽の少し強張っていた身体の緊張は完全に溶け、椅子から崩れ落ちそうになる。
「…っと、さすが…すごい効き目だ……」
「…っ!……!!」
「ん?芽彩ちゃんはいいの。あ、それとも燈芽くんお布団の上に運ぶの手伝ってくれる?」
芽彩は敏感に凛の言葉に反応すると、一目散に燈芽の方へと駆けていく。芽彩はだらりと脱力する燈芽を前に目に涙を浮かべると、必死に彼の身体を揺すった。
「……ッ!……ッ!!」
声にならない声で必死に彼の名を呼ぶも、応答はなく、彼の意識は依然として戻らない。そんな彼の様子に、芽彩は鋭い瞳で凛を睨み付けた。
「おっと…。困るな、誤解しないでよ?ぼくはそんな人殺しなんて悪趣味なことはしないよ。今日はちょっと、キミに用があるんだ。ついてきてくれる?」
「…!」
「ふふふ。キミなら断るって思ってたよ、じゃあ予定通り、強行突破させてもらうね」
芽彩は凛の言葉に必死の抵抗を見せたものの、彼は強制的に彼女を抱き抱えると彼女着替えもままならないままに部屋を後にした。
ホテルの駐車場から目隠しとイヤホンをされ、移動し続けること一時間ほど。途中、コンビニに寄ったことや身体の自由が効かなかったこととで普段はあるはずの土地勘も狂ってしまっていた。
「到着!それじゃあここからは口のテープと目隠しと手の結束バンドは外してあげるけど、ちょっとでも変なこと言ったり助け呼んだりしたら向こうにいるぼくの仲間に燈芽くん殺させるからね」
「仲間って…」
「いたんだなー、一人」
「…っ」
「それじゃ、行こっか」
凛は芽彩を解放すると車のドアを開け、彼女の手を取った。そして、楽しげに部屋へと向かって歩いていく。
「燈芽くん、すごい優越感だったんだろうなあ。こんな可愛くって優しい彼女が隣で歩いてるんだもんなあ。ぜえーったい、幸せだよなあ」
「…私は自分で自分のことを可愛いとか思わないし、優しいとも思わないけど、少なくとも燈芽くんは前こんなこと言ってたよ。『もっと相応しい人がいるんじゃないか』って。けどね、私は燈芽くんが良かったの。初恋相手が燈芽くんで、私の絶体絶命を救ってくれた人。あの時はもう二度と会えないって思ってたから、学園で再開できた時は本当に運命だと思った。…だからきっと、今アンタが何企んでんのかなんて知んないけどそれで私たちの仲を引き裂こうとしてるならそれは無理な話だからね。一応言っとくけど!!」
芽彩は隣の前に立ち塞がるようにして言い切ると、凛は面倒くさそうに「はいはい」、と聞き流す。そして、彼のマンションの四階の角部屋に着くと凛は部屋の鍵を開けた。
おつかれー!
芽彩だよ〜(*ˊᵕˋ*)
私ふと思ったんだけどね。
今までこうして何年もずーっと燈芽くんと一緒にいるけど、それって今思えばすごいことなんだよね。
燈芽くんには人の人生いくつぶん?ってレベルの経験とか悩みとかあるはずだから、それでも私にこんなにも寄り添ってくれるのって本当にすごいことだと思う。
どうすればもっと、燈芽くんの役に立てるかな。
…でもまずは、ここから逃げる方法を探さなきゃ……。
それじゃ、今アイツがお手洗い行ってるうちに色々探ってみるから、また明日…!!それじゃ!




