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また、いつか。


半狂乱状態となった橙里は必死の思いで声を上げる。そんな彼女の様子に、兄妹は唇を噛み小さく俯く。しかし、燈芽は鋭い眼差しをすると静かに橙里に歩み寄った。


「…母さん」


「……」


「怒らないで聞いてね。…多分、このままだと燈介は本当にあの人の所に行ってしまう。そしたらその先で何されるかなんて、想像もできない。けど、俺たちの知り合いの間で養子に出すことが出来れば、まだ燈介に希望はあるかもしれない…」


「養子…?」


「うん。戸籍を変えるんだ。戸籍を変えて、最悪の場合下の名前も変える…。燈介は環境の変化にも強いし、人懐っこいから多少強引でもこのやり方が一番安全なはず。…とはいえ、燈介を家族から引き離すってのはかなり残酷なことだけどね…」


「……」


橙里は燈芽の説明に顔を曇らせる。先ほどから今までの橙里からでは想像も付かない言動が続き、そんな彼女の様子に燈芽は胸に突き刺さる痛みを覚えた。しかし、なんとか口を開くとゆっくりと言葉を紡いでいく。


「…ねえ、母さん。母さんは燈介のこと、どうしたい?」


「…幸せに…したい」


「そうだよね。それは絶対、今ここにいる全員が思ってることだと思うんだ。ね、兄ちゃんと姉ちゃんも意見聞かせてよ。この手紙を受けて、今後燈介とどう付き合っていけばいいと思う…?」


燈芽は橙里のすぐ側で大粒の涙を流していた二人に話を振ると、真っ先に佑が口を開いた。


「…正直言うと、俺はこのまま燈介とずっと一緒に暮らしてたい。けど、俺のそんなわがままで燈介になにかあるんなら俺は燈介の安全を優先する。…あんな思いは、させたくない」


「アタシも。もしアタシが燈介の代わりになれるならどんなにいいことかって思うけどさ…。もし仮にそれをしたとしても、あの人のことだからアタシをメチャクチャにした上で燈介にもきっと何かするよね…。だからアタシも、燈芽の案に賛成する」


二人は目にいっぱいの涙を浮かべながらも、弱々しく頷いた。そして最後に、三人の視線は橙里に集まる。


「…改めて母さん。俺の案、受けてくれる……かな…」


燈芽は口籠もりながらも、なんとか言葉を続けた。しかし、そんな彼の言葉を受けた橙里はべったりと膝を床につけると顔を両手で覆い、咽び泣き始めてしまった。


「ま…ま…?」


状況を理解できていない燈介はポカンと口を開けてボロボロと涙を溢す橙里を見上げる。その反面、リビングに立つ三人はただただ呆然とそんな橙里の小さな背中を見守ることしかできなかった。



数日後、深夜。

一家はすやすやと寝息を立てる燈介を連れてとある場所に来ていた。


「…ここに来るのは久しぶりだな…」


微かに目と鼻を赤くした橙里は玄関の前に立つとゆっくり息を吸い、インターホンを鳴らす。すると奥から、陽気な声が通る。


「久しぶりーっ!」


ドアが開くとそこに立っていたのは、燈芽にはどこか見覚えのある顔だった。だが、彼にはどうにもその顔を思い出すことができなかった。


「燈芽くんだよね?すっかり大人になっちゃって〜!」


「えっと…」


「もう、ユッカ。ウチの子をからかわないでよ!」


「アハハ、ごめんごめん。それじゃ、外冷えるだろうし中入って」


「ありがとう」


燈芽は橙里と親しげに話すその女性の姿に、昔の光景をふと思い出す。幼少期のホテルでのこと、少年時代を必死に生き抜いた時に物資運搬の援助をしてくれた陰の人物のこと。正しくそれこそが、ユッカだったのだ。


「もしかして、あの時の…」


「おっ?思い出した〜?」


ユッカは得意げに笑うと、燈芽の顔をヒョイと覗き込む。すると、燈芽は照れとも恥じらいとも取れない様子で彼女から顔を背けた。そしてなんとかユッカを制すると、燈芽は口を開く。


「そ、そんなことより!今日は大事な用があって来たんでしょ…!」


「そ、そうだ…!ユッカ。実はこの前メールでも話した通りなんだけど、この子…」


「うん」


橙里は大切に抱えていた燈介をそっとユッカに預けると、無理やりに笑みを浮かべる。


「燈介をユッカの戸籍で育ててほしいの。養育費は毎月送るし、必要なものがあればいつでもお父さんに伝えて。どうにかして届けるから」


「…橙里はそれでいいの…?」


途端に橙里の顔は引きつり、必死に作っていた笑顔も少しずつ崩れていく。そして遂には身を震わせてしゃくり上げてしまった。


「よくない…。言い訳があるはずもないよ…ッ!!でも、そうでもしないと燈介が…。もう、これ以上……子供たちを苦しめたくない…」


「……わかった。燈介くんのこと、一生かけて大切に育てるね」


「…お願い……」


ユッカは腕の中で静かに眠る燈介を優しく温かく抱きしめる。すると、彼はゆっくりと目を開いた。


「ママ…?」


突如として現れた眼前の見知らぬ人物に燈介は一瞬気圧されるものの、間もないうちににっこりと笑顔を見せるとその小さな身体でユッカを抱きしめる。


「ぎゅーーーっ!」


「燈介くん……」


燈介に腕を回すユッカは彼を抱きながらも、そんな彼の太陽のような笑顔に思わず涙を溢した。


「?」


「…燈介、これからはユッカとおじさんと、仲良くね…?」


「たまに、会いに来るから__」


「それまでずっと元気でいてよ…!」


兄妹と橙里が口々に燈介へ別れの挨拶を告げる中、唯一、燈芽だけは口をつぐんでいた。


「燈芽は…?もうしばらく会えなくなっちゃうんだよ…?」


「……燈介」


燈芽は燈介に向き直ると、瞳から次々と溢れ出る涙を必死に堪え、一思いに拭い去ると彼の瞳をじっと見つめて口を開いた。


「ふにゃ?」


「オレは絶対、アイツなんかに負けない。絶対またいつか、燈介と一緒に笑い合える日が来るって信じてる。それがいつになるのかはまだ分からないけど、オレは絶対その日まで待ってるから。…約束」


燈芽は燈介の眼前に小指を差し出し、反対の手で彼の小さな小指を自身の小指と絡めた。


「ゆーびきりげんまん、ウソついたら針千本のーます!ゆびきった!!」


そうして交わされた幼い弟と若くして弟との別れを虐げられてしまった兄の約束は、長く遠い夢へと変わっていった。




それから更に時は経ち、燈芽は大学生になっていた。

兄妹たちは仕事が決まって以降家を出て一人暮らしをするようになり、橙里はすっかり肩の荷が降りていた。そして燈芽も大学生になってからというもの、更に交友関係が広まり、芽彩を含めた人との関わりがより深いものとなっていた。そんなある日。


「___私も!」


「じゃあ、俺もっ!!」


「…ん、なんの話?」


「今度麗子ちゃんが幹事務める飲み会の場所決めの話。もちろん、燈芽も来るよな!?」


「飲み会か…芽彩は?」


「私はもちろん行くよー!パ…お父さんたちオッケーしてくれたから、お泊まりするにしても燈芽くんがお家まで送ってくれるなら何泊でもオッケー!」


「うっは、燈芽スゲー信頼!!」


「あはは…。嬉しい限りだよ。じゃあオレも参加しようかな」


「おーぅ!王子追加でぇーーーす!!!これは楽しい飲み会になるぞーーーッ!!」


そのサークルメンバーは朗らかな笑顔で快活に声を上げると、天高く拳を上げた。それに続く楽しげな笑い声や話し声は、しばらくの間途絶えることはなかった。

お疲れ様です(*´꒳`*)

橙里です。


こちらに来たのはだいぶお久しぶりですね。

ついに佑も綾生も社会人になって、燈芽も大学生…。

時が経つのは本当に一瞬ですね。

あれから燈介はどうなったのかしら……。

そうそう、ユッカとみんなと相談してね、燈介の下の名前も変えることにしたの。

あの後ユッカ素敵な出会いがあったみたいで、その人と二人で燈介を育ててくれるって。事情も全部説明してくれて。お電話では私もお話ししたけど、とても素敵な方だった。…これで燈介も幸せになれるわね…。

…今度、みんなで会いに行ってみようかしら…。

…あら、そんなこと考えていたらちょうどユッカからお電話。

それじゃあ、今日はこれで。また明日もお楽しみにね。またね〜!

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