初恋の人
それからユッカも帰宅し、日もすっかり登った頃。
疲れ果てた燈芽は自室の橙里の隣で深い眠りに落ちていた。いつの間にか目を覚ましていた橙里は燈芽にそっと布団を掛けると静かに微笑む。
「燈芽。最近なにしてるの?ママ知ってるんだよ、燈芽が夜中にこっそりお家出てること。けどしっかり者の燈芽のことだからきっと何かちゃんと考えて動いているんだよね…。それでも、やっぱりママは心配だな…。いつかちゃんと、ママに正直に言ってくれる日が来るといいな……」
橙里は静かに、それでいてどこか心配そうに言葉を紡ぐと優しく燈芽の頭を撫でた。燈芽はそんな言葉を聞いてか聞かなくしてか、橙里の身体をひしと抱きしめた。
………
……
…
それから時は移ろい、現在。
燈芽は一人、クラスの席で考え込む。家の中に母以外の味方が居ないのであれば家の外で味方を作ろうと考えていたのにまさか外にまで敵が溢れていたとは。
いっそのこと、金にものを言わせてクラスメイト全員を釣るか、はたまた担任だけを釣って、影で動いてもらうか…。…もし、その両者が使えないのであれば、強行突破か…。
机に突っ伏して窓の外の雲の流れをぼんやりと眺めながら策を練っていると、突然肩にトン、と触れられる。
「!?」
入学初日からいきなり何かされるのかと、燈芽は警戒しながら咄嗟に振り返ると、そこには遠慮がちに微笑む華奢で可愛らしいクラスメイトがいた。
入学式の時に答辞を読んでいた生徒でもあり、燈芽の記憶にも新しい。
「あ、あの時の…。…僕に何か用…?」
「今井 燈芽くん…だよね?わたし、東 芽彩って言います。その、お名前の漢字、一緒だなーって思ってつい気になっちゃって…」
芽彩は澄んだ声でそう言うと、照れくさそうに下を向いた。そして、もじもじとしながら艶やかな髪をいじる。
唯一他のクラスメイトたちと違う様子であり、自分とは不釣り合いな彼女に、燈芽は戸惑いつつもなんとか返事を返す。
「ええと…そう思ってくれて嬉しいよ。…芽彩ちゃんはどうしてここに入学したの?」
「ママとパパがここがいいって言ってたから。わたしは公立がよかったんだけど、勉強や運動ができれば将来絶対役立つって」
「そっか」
「燈芽くんは?」
「…兄弟がいるから、それで」
「あー、みんながウワサしてるセンパイたち?」
「うん」
すると芽彩はハッとした様子で燈芽の耳元に顔を近づけた。燈芽は色々な理由で躊躇いながらも耳を貸す。
「「わたし、ちょっと思うんだけどね、センパイたちズルしてる気がするの。去年、学校体験会の時お手洗いの帰りに職員室の前通ったら先生たちの怒ってる声が聞こえて。ちょっと気になって聞いてたら、センパイたちのこと話してて…。テストの『かいざん』はまだ終わらないのかーって。その時はわたしなんのことか分からなかったんだけど、帰ってママとパパになんとなく聞いたら悪いことだって…。だからセンパイたち、本当は____」」
「そうだよ」
燈芽は表情ひとつ変えずに、小さく告げる。続けて、口を開いた。
「僕の成績も改ざんではないんだけどね、似たようなことしてるんだ。本当は僕、お兄ちゃんやお姉ちゃんよりも成績は上だと思うんだ。けど、お家の都合でそんな成績を取ったら僕とママの居場所がなくなる。だから、ギリギリ入学できるレベルで取ったんだ。僕とママがこの世界で生き残るには、もっと僕ができるようにならなくちゃいけない。でも、それを知られないようにしなくちゃいけない。…難しいんだ、すごく」
「…わたしにはよく分からないけど、どうして燈芽くんはそんなに一人で頑張ろうとしてるの?」
「えっ?」
「燈芽くんのお家がどうなってるのかはわかんないし、燈芽くんがどのくらい大変な思いをしてるのかもわかんない。でも、お話聞くぐらいだったらわたしでもできるよ!」
芽彩は春の陽だまりのような温かな笑顔を燈芽に向け、「えへへ」と笑った。そんな彼女の顔に、思わず燈芽も強張った顔を綻ばす。
「…ありがとう。じゃあこれからは色々相談させてもらおうかな…」
「うん!待ってるね!」
芽彩は満面の笑みを浮かべると、燈芽に手を振り自席へと着席した。
「…って、え?」
「ん?」
燈芽は隣の席を凝視すると、その光景に思わず目を剥く。
「お隣さんだったねえ、燈芽くん!改めて、これからよろしくね!!」
「え…あ…」
「あ、そうそう!それとしばらくはこの席で授業受けるみたいだよ!わたし、燈芽くんとだったら頑張れる気がするな!一緒に頑張ろうね!」
満面の笑みを浮かべた芽彩は、燈芽の手を取った。芽彩の柔らかくも温かな温もりがじんわりと燈芽の手を包み込む。
「へぇ…っ!?あ…っ…あ…」
ずっと気を張り続けていた燈芽は、度重なる芽彩の花のようであり、宝石のようでもある可憐でひたむきな笑顔に負け、遂には気を失ってしまった。
燈芽は目を覚ますと、見慣れない天井が眼前に広がっていた。彼はふと、先ほどのことを思い出す。
「…ぁ」
「あっ!起きた!燈芽くん、大丈夫?もう元気?」
芽彩は燈芽の手を取り、うんと顔を近づける。そのあまりの顔の近さに思わず燈芽は顔を背けた。
「…なあに?元気じゃないの?」
「…いや、…近い…」
「…だって、ちゅーした方が元気になるって聞いたんだもん」
「!?!?!?!?!?」
予想を遥かに上回る芽彩の発言に、燈芽は布団を蹴って飛び退く。しかし、芽彩はそんな彼を前にしてもモジモジとした様子で言葉を続けた。
「わたしのママとパパは看護師さんとお医者さんなんだけど、毎日行ってきますの前にちゅーしてるの。そうすると、幸せな気持ちがいっぱいになって頑張ろうってなるし、身体も元気になるんだって。『いがくてきこんきょ』もママとパパで出てるから、燈芽くんもちゅーすれば元気になるはずだよ!」
「ま、待って、それは芽彩ちゃんのママとパパの好き同士でするからそういう結果になるのであって、急に芽彩ちゃんから僕にされても僕は____」
「わたしからちゅーされるの、イヤ…?」
芽彩はしょんぼりとした顔で俯き気味に燈芽を見つめる。
燈芽は必死に頭を回転させ断り文句を探したが、今の彼にはその言葉を探し出すことはできなかった。
「…イヤじゃ…ない、けど……」
彼が顔を逸らすと同時に、芽彩は途端に顔を明るくさせた。刹那、彼女は上履きを脱いで、興奮気味にベッドの上へと上がってくる。
「してもいいってことだよね!?」
「…逆にまだ断っていいの…?」
「だーめ!」
「そうだよね…」
「するね」
芽彩は燈芽の両頬に手を添えると、静かに目を瞑り、ゆっくりと顔を近づけた。
僅かの間の静寂が二人を包み込み、微かに響く二人の鼓動だけが保健室に響く。燈芽も芽彩に倣って目を瞑ると、必死に高まる鼓動を抑えつけた。
彼女の前髪が燈芽の髪に触れ、それぞれの顔の近さに肌で熱をふわりと感じる。その刹那、互いの柔らかい唇が触れ合い、じんわりと馴染む。
初めのうちは拒絶していた燈芽も、その柔らかくも温かく、心の臓から絆されてしまいそうな感覚に魅了されてしまっていた。
芽彩は初めての甘くも魅惑的なその感触をじっくりと楽しむと、そっと唇を離し、眼前の燈芽の瞳を見つめた。そして、複雑な表情で笑みを浮かべる。
「…イヤ…だった?」
「…ううん。…その、なんて言えばいいのか分からないけど、芽彩ちゃんの言う通りだったのかもしれないね」
「ふふ…なにそれ」
燈芽は目を逸らしながら一つ一つ慎重に言葉を選びながら答えた。しかし、彼の中ではある一つの思いが高まっていく。
「ねえ」
「ん?」
芽彩はまだ顔を赤らめながら、優しい笑顔で燈芽の顔を見つめる。
____我慢できない…
その一つの思いが彼の心を支配し、燈芽は再び目を瞑ると、芽彩を強く抱きしめ、共にベッドに倒れ込んだ。
「わっ____!!」
芽彩は唐突な出来事に目を丸くするものの、燈芽の腕の中の温もり、匂い、肌で感じる鼓動に驚き以上の喜びを感じ、彼を静かに受け入れた。
「…大好きだよ、燈芽くん」
「えっ」
燈芽の腕の中で、心地良さそうに目を閉じている芽彩。燈芽はそんな芽衣の様子に、遂に笑みを溢してしまった。
「…僕、も…」
そうして幼い二人の、拙くも儚い恋愛は幕を開けたのだった。
おつかれさまですっ!!⸜(*ˊᗜˋ*)⸝
そして初めまして!芽彩です!
ねえねえ聞いて!!
さっき燈芽くんとちゅーした時、最初は燈芽くんじっとしてたのに、気づいたらわたしのことぎゅってしてくれてて…!!
ねえ、これって燈芽くんもわたしのこと好きって考えていいの!?いいんだよねっ!?
あぁぁぁぁぁ…っ(/// ^///)
でもやっぱりいきなりすぎたかな?いきなりすぎたよね……。燈芽くん、引いてないかな…引いてないといいなぁっ…。燈芽くん、燈芽くんか…。
嬉しいなぁ…。
あっ、そろそろみたい…。じゃあこの辺で…!
燈芽くん…じゃなかった、また明日も、お楽しみに〜!!❀.(*´▽`*)❀.




