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キッカケ


「燈芽、今日はいよいよ入学式だね!」


「うん…。なんか緊張するな…」


「大丈夫だよ!そんな時はほら、笑って!」


「えっ」


橙里は燈芽の目線に合わせると、彼の口元の両端に指を起き、その口角を上へ押し上げた。


「これ、おじいちゃんから聞いたんだけどね。緊張する時とか辛い時、怒りたい時こそ笑顔になると良いんだって!そうすると頭が勝手に『今自分幸せなんだ〜』って勘違いして、自然と気持ちが落ち着くらしいよ!それで、ここからはママの勝手な思い込みなんだけど、どんな時もねずーっと笑顔でいればいつか幸せの神様が私たちの所に来てくれるんじゃないかなって思ってるの。だからほら、笑って!」


橙里は柔らかく微笑むと、今度は自身の口角に触れ、にっこりと笑顔を作った。その言葉に燈芽は一瞬目を見開くものの、すぐに顔いっぱいに笑みを浮かべると首を縦に振った。




燈芽は無事入学式を終え、どこか浮いた気持ちでクラスに入ると、どこか異様な空気に辺りを見渡した。クラスメイトたちが燈芽のことを避けているかのような、何かの噂話をしているような、そんな感じがするのだ。特段、入学式で彼がなにかやらかした訳ではない。つい先ほどから、ずっとこんな様子なのだ。


燈芽は意を決すると、クラスの片隅で噂話に花を咲かせている女子グループの一団に声を掛けた。


「あ、あのー…」


「あ、有名人だー」


「ホントだ〜」


「何しに来たのー?」


「…僕、避けられてるような気がするんだけど…気のせいかな?それと、さっきからなんの話してたの?」


「君の話に決まってるじゃん、有名人。アンタ、あの今井いまい兄弟の弟なんでしょ?」


「えっ…?」


「アンタのお兄ちゃんとお姉ちゃんのことよ。成績もトップを取り続けてて、運動能力も抜群。なのにプライベートの話を聞けばグアムとかシンガポールとかパリとか…。この学校はね、定期試験で一定基準の成績を取ることが出来れば通学しなくてもいいのよ。けど、その点数は九十五点。もちろん、全科目、スポーツでもよ。国、算、英、理、社に加えてプログラミングや経済なんかもあるわ。それなのにあのお二方はこの学校に通学しない幻の存在…!!それなのに、こんな出来損ないの弟がいるなんて…。信じられないわ」


燈芽は静かに目を伏せると、ふと考え込む。


確かに兄弟は自分と比べると少しばかり勉強はできる方で、昔の自分と比べると体力もある。しかし、この難関校でそんなことが可能なのだろうか…。なにか父ぐるみで不正をしているのではないだろうか…。


燈芽はゆっくりと瞳を開けると、目の前でひたすら話し続けるクラスメイトから、自席へと視線を移した。


「____それにアンタ、体力テストも知能の試験もギリギリで入ったそうじゃない。お二方に失礼だと__」


「ごめん、ありがとう」


燈芽はクラスメイトの話を遮ると自席へと戻った。彼には考えがあったのだ。 


………


……



当時五歳だった頃。


父と女に仕返しをして以来、女は案の定家に来なくなった。しかし父は反対によく橙里に金をせびるようになり、燈芽と母が共に過ごす時間はより短いものになってしまっていた。


以降燈芽はそれとなく橙里に頼れる人物を聞き、その相手、ユッカに協力を得て夜な夜なおもちゃを質屋に売りに行くようになった。


初めのうちは大した金額にはならなかったものの、父や双子がいないタイミングを見計らって彼らの使っていない衣服やアクセサリー、おもちゃなども売りに出すようになった。中には未使用品もあり、三人のものはどれもブランド品がほとんどだという理由からか、少量で燈芽の予想を遥かに上回る金額へと膨れ上がった。


「____でも燈芽くん、本当にいいの?パパやお兄ちゃんお姉ちゃんに怒られない?」


「うん、大丈夫。三人とも飽きっぽいから。新しいものばっかり買ってね、古いものはどんどん埋まってっちゃうの。パパなんかは買うだけ買って使わないものもたくさん!だからこうしてボクがまたお金に戻してママに返すの。…今はまだしまったままで見せられてないけど」


「…へえ。よく見てるっていうか、しっかりしてるっていうか…。まあ、よく考えつくね。こんなこと」


ユッカは感心したような気を飲まれたような顔をすると、行きの道よりもズッシリとしたキャリーケースを「よいしょ」と車に乗せた。


「それで、今日はどうすればいい?」


「えっと、この間パパがお金取って昨日キャリーケース引いて出て行ったから…今日は持って帰っても大丈夫!」


「わかった。じゃあお家まで送るね」


ユッカは快く頷くと、燈芽を自宅まで送って行った。




自宅に着くと、その頃には既に日が登り始めていた。


燈芽は橙里が起きないようにと静かに玄関に上がり、いつものようにユッカに別れを告げようと振り返る。


すると、リビングの奥の寝室から獣の唸り声のようなイビキが響いてきた。


「えっ…!?今日パパ居ないはずじゃ…!」


燈芽は慌てて両手でここ最近の父の外泊の日程を計算する。しかし、何度計算し直しても出てくる答えは同じだった。それに加え、暗くてよく見えなかったものの、広い玄関の入り口には父の靴と双子の靴が散乱していた。


「なんで…」


「もしかして、急に予定が変わったとかじゃ…。パパ、一人で行く予定だったの?それとも誰かと?」


「いつもの人だよ」


「じゃあきっと、向こうに何かあったんだよ。それで急に帰ってきたんだ」


「そんな…。どうしよう……」


燈芽は口を結んで荷物に目をやると、ユッカは静かに口を開いた。


「手伝うよ。中に運ぶの」


「えっ…でも」


「流石に今この状況でキャリー引いたら、パパを起こしちゃう上に全額没収されて何されるか分からないてしょ。だったら、一か八かでも一緒に運んだ方がまだ安心だよ。私だって、燈芽くん応援したいんだからね?」


「…ありがとう。じゃあ手伝ってもらってもいい?」


「うん!もちろん!!」


「いくよ、せーの…」


そして二人は静かにキャリーケースを持ち上げた。暗闇の中、二つの影が密やかに進んでいく。しかし、その刹那。


「あっ____!」


ユッカは足を滑らせ、キャリーケースから手を離してしまう。途端に僅かの間宙に浮かんだキャリーケースは束の間に「ドンッ」と大きな音を立てて床に落ちた。


すると先ほどまで聞こえていた獣のような唸り声も止み、刹那の静寂の後、怒気を帯びた足音が近づいてきた。


「誰だッ…!」


リビングへと繋がるドアが勢いよく開かれる。絶体絶命、そう思われたが____。


「…ん…?」


父が扉を開けた先には誰一人としておらず、そこに数枚のお札が落ちていた。


「なんでこんな所に…。ショーベン行く時にでも落としたのか。…ふぁーあ。変に気ィ張って疲れた…さっさと戻るか……」


再び父は寝室へと戻っていくと先ほどと同じようにイビキをかいて眠りについた。


それを見届けた燈芽は開きかけのキャリーケースを抱えながら、玄関側のシューズインクローゼットから顔を出した。


「…危なかったね。よかった、パパが単純で」


「…もう燈芽くんが恐ろしいよ……」


燈芽はキョトンとした顔をするものの、すぐさまキャリーケースに手を潜り込ませると、今度は慎重に彼の自室へと運び込むのだった。

おつかれでちゅ!

ボクでちゅ!ジェイでちゅ!!


久しぶりに出してもらえたでちゅ!嬉しいでちゅ!!

それにしても、トウガ様の少年時代はこんな子供だったんでちゅね。

なんだか新鮮でちゅ…。それに、なんだかあったかい気持ちになるでちゅ。

ボクはただ、トウガ様を敬愛する従魔であって、トウガ様の過去やこれからに対しての一切の干渉は許されていないはずなんでちゅけど…。

でも、なんでか分からないけど知ってたんでちゅ、トウガ様のこと…。記憶を見る前から…。

…トウガ様には話していないんでちゅけどね。これ、君とボクとの間のヒミツでちゅよ?


それじゃ、みんなにこのことがバレないうちにおしまいにするでちゅ!

では、また明日もお楽しみにでちゅーっ!

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