初仕事
それから早速トウガは入り口から少し離れた、例のヴェネツィア街の地下へ俺を連れて行くと俺を壁沿いに立たせてマジマジと見つめた。差し詰め、校舎裏に好きな子を呼び出した男子中学生とその相手、といった感じだろうか。
「な、なんですか…?」
「キョウスケは死神になるんでしょ?学ランなんか着た死神は流石に見たことないからね。死神としての新たな器と着替えを用意しようと思って」
俺はトウガの言葉に思わず目を見開く。この世界で肉体が手に入ってしまうということは、もう完全に死ぬことはできないのか____
途端にトウガは指を鳴らした。
「よしっ、これでどうかな?」
その声と共に黒い霧に包まれた俺は、霧が晴れていくと共に自身の身体が露わになっていく。
「ありがとうございます___ん…っ?」
俺はお礼を告げた後、妙な自分の声に違和感を感じながらも自分の身なりを確認する。
真っ黒のシャツに赤いラメがモヤのように装飾されたしっかりとくびれのある黒のタイトジャケット。超ミニのプリーツスカートからは良い感じで黒タイツが見えてて…って、え?
「ん_俺…って、え?え?…トウ、ガ…さん…?」
「ぷっ…あは、あはははははッ!!本っ当、可愛いね!オレ、君くらいの歳の子ホント好き。みんな純粋無垢でさァ!」
俺が自分の身体の異変に戸惑いを感じる中、トウガは可笑しそうに腹を抱えて笑う。今の俺としては怒る以前に、状況が理解できていない。
「キョウスケ、今どうなってるか知りたい?」
「え…や、…」
「こうなってるよ!」
そして、再び指を鳴らしたトウガは俺の前に全身鏡を出した。
やっぱ俺、女になってる。声も顔も格好も、女だ。ただ、俺の全部が消えたってわけじゃなくて、俺の面影はある。俺を女体化させたって感じ。それがどこか悪意を感じる。
でもちょっと…こうして冷静に見ると美形やな…。ちょっと重めの前髪とかも俺の前の雰囲気残してるし、ホワイトブロンドのツインテに赤のグラデーション入ってる所とかもなんか洒落てて良い。意外とこの格好も好きかも。
「キョウスケ、ごめんねえ!オレ可愛い女の子がそばに居ないと仕事のモチベーションが上がらなくって___」
「いいです」
「へ?」
「第二の人生、これでいいです」
「え、あ、うん…。そ、そう…?」
「せっかくなんで、これからは『キョウ』って呼んでください。俺自身も、一人称『私』に変えますんで」
「えっ、えっ…」
戸惑ってる。正直、俺自身も自分で何を言ってるのかよく分かってない。ただ、この先俺がどうしていくかを今の出来事、そして、死ぬ直前、直後の出来事で決めた。
俺はきっと、まだ死にたくないんだ。今の俺には未練がなんなのかはわからない。確かにやり残したことはなんだって聞かれればそんなの腐るほど出てくる。けど、それが未練かっていうとそれはまた違う。
だから俺はこの姿で、「死神」として俺の未練を探す。そしてそれをやり遂げよう。それまでは死ねない。死んじゃいけない。何がなんでも____
「ねぇ、分かった?」
俺は「美形の勢い」に任せてズイ、とトウガに迫る。
行けるか…?
「あ、うん…分かった、分かったから…っ!やめて、…反応、しちゃう…」
トウガは俺から目を逸らすと、手をひらひらと振った。これからは少し、俺が有利に立てそうだ。
それから俺…私たちはトウガの案内の元、本日の業務を開始することとなった。私の仕事は今日が初めてということもあり、まずはトウガの仕事を見ることから始まった。
死神の仕事にはマニュアルが存在しないらしく、大まかな仕事内容は一緒でも、個々によってやり方が少しずつ変わってくるらしい。
「えーっと。まず初めは現世に行って自殺志願者の魂の救出とデータ収集から始めるよ」
「はい。一つ質問なんですけど、魂の救出っていうのは私にしたようなことですか?」
「うん。あれと似たようなこと…まあいわゆる自殺しようとしてる人、または自殺後、魂消滅前の人の魂を助けるのが第一のオレたちの仕事。細かく言えば他にも色々あるけど…まずは行ってみようか」
「はい」
そして私たちは再び現世へと舞い戻っていった。
………
……
…
現世に着くと、そこにはどこか懐かしく感じる景色と空気が広がっていた。あの混沌とした世界に長く居すぎたせいだろうか。
「なんだろ…。なんかほっとする」
「やっぱそう感じる?オレも最初はそうだった。あっちの世界は全然慣れなくて、こっちの世界に入り浸ってばかりいたからすごい怒られたっけ」
「もしかして、トウガさんも私みたいに自殺して死神に?」
「うん。オレの場合は二十半ばくらいだったけどね。それでもこの業界ではかなり若い方で。当時はとにかく人手が欲しかったみたいだから、現世だろうが霊界だろうが、手当たり次第に留まった魂は無理やり死神にしてたみたいだよ」
「ひ、ひどい…」
「まあー、でもやる気ないやつはスッパリ切られてたから。文字通りね。けど、無理やり定職させられたヤツは、定められた期間だけでも仕事をきっちりこなせば、結果が出る出ない関わらず、転生の処遇は必ず希望が通る、かなり優遇されたものではあったんだよ」
「お、おー…。じゃあ意外と良いのかも?」
「うん。だからオレ、一応頑張ったんだ。それで今に至る。期間なんてもんはとっくに通り過ぎて、今では時期右腕候補なんて呼ばれてるけどね」
「右腕って?」
「セイロク様の、ね」
「えっ…!?あのさっきの!?じゃ、トウガさんって相当なんじゃ…っ」
トウガは誇らしそうに、それでいてどこか当然のように答える。しかし私はとんでもない事実と、目の前の見えない脅威に愕然としていると唐突に彼は翼を畳んだ。
「さ、ここだよ」
「あっ…はい。って、一軒家…?中は…まだ誰も居なさそう…」
「うん。でもよく見て」
トウガに言われて窓に近づくと、中を覗き込む。
これ、生きてる間にやってたら絶対一一○番されるヤツだな…。
中は可愛らしいピンクで纏められた女の子の部屋のようだが、見事なまでの荒れっぷりだった。しかしその部屋の隅には輪っか状に結ばれた結束紐と、その下に積まれた厚い本があった。
「あ、あれって…!」
「そういうこと」
私は目の前の光景にわずか数時間前の自分の光景を思い出す。方法は違えど、側から見るとこんなにも恐ろしく感じるものなのか。
「どうにかしないと…!」
「待って。オレたちは現世のものには触れられないよ。あの部屋の子が死んでからじゃないと、オレたちは動けない」
「そ、そんな…無慈悲な…!」
「当たり前でしょ。だってオレたち、『死神』だもん」
「!!」
冷徹な笑顔を私に向けると、トウガは再び羽根を広げた。家の壁を突き抜けると、彼は音も無く部屋に降りていく。
そこでは既にいつの間にか部屋に戻ってきていたあの時の私と同じ姿の女の子が虚な顔で首を吊ろうとしていた。
しかし今の私たちにできることは何一つとしてない。ただ彼女が死ぬのを、黙って見ているだけ____
彼女は目を瞑って分厚い本の上に乗ると、紐に手を掛けた。そして、ゆっくりと頭を紐にもたげる。結束紐がその柔らかな首に薄らと食い込み、微かに眉をひそめた。しかし、彼女は首をそのまま紐に引っ掛けると手を離し、震える足で分厚い本の上から足をゆっくりと下す。一歩。二歩。そして___
「…ッ!!」
思わず私は顔を背ける。その刹那。
「おっと、そんなことしたら危ないよ。どーしたの?嫌なことでもあった?」
トウガはいつの間にか彼女の背に周り、お姫様抱っこをするようにして助けていた。
初めは目を大きく見開いて驚いていた彼女だったが、自身の置かれた状況を把握すると一変。本気で心配していそうなトウガの様子に心を打たれたのか頬を緩ませ、瞳に薄らと涙を浮かべた。
「えへ…へへ…エミのこと心配してくれた人、久しぶり。優しいね。ありがとう…」
『エミ』と名乗った彼女はトウガの胸元をぎゅっと抱きしめると、穏やかな笑みを浮かべたまま束の間に深い眠りに就いてしまった。
「よし。次、データ収集行こっか」
「え、え!?この子は?」
「少し、眠ってもらう。だいぶ疲れてるようだったからね。帰ってまた様子を見てみよう。オレがおぶっとくから、キョウはそのまま着いてきて!」
「あっ、はい…!」
そして、次に向かったのは渋谷駅。の上空。
私みたいな陰キャはそもそも学校以外で東京に行くことなんて無かったし、ましてやインドアだったから外に出ること自体ほとんど無かった。
現世の人に見えてないとはいえ、こんなデッカい交差点をこれだけたくさんの人が歩いていて、その上空に私が浮かんでいるって考えると、なんだか動悸が____。
「ここにはいろんな人が来るから、情報をキャッチしやすいんだ。来る人の心境のデータをスキャンして、それを霊界に持って行く。それで向こうの担当のコに渡して、この一つ一つのデータに含まれた細かな怨念や恨みを調べてもらうって仕組み。その怨念や恨みの詳細もデータに含まれてるから、それを辿れば自殺志願者に繋がるってわけ」
「お、おぉ…難しい…」
「要はここで情報収集して、霊界でその処理。処理後に自殺志願者の特定ができたら、その日時に合わせてオレたちが出向く。それだけ!」
「なるほど。結構事務的なんですね」
「うん、でもその難しい作業は専門のコがいるから。そのコたちに任せちゃってるよ」
「なるほど…」
そうこう話しているうちに、俯いていたトウガは顔を上げると晴々とした笑顔を見せた。
「よし。これで今日の仕事は終わり。帰ろっか!」
「えっ!?もう終わったんですか!?」
「うん。データ収集って言ってもそんな難しいものじゃないんだ。まあ…説明が難しいんだけど、死神が現世に出向いて特定の場所を一定時間眺めておけばそれでオッケー、みたいな?」
「なんじゃそりゃ…」
「まあそのうちわかるよ!キョウも死神になったんだから」
「はあ…」
「じゃ、今度こそ帰ろっか!」
トウガは改めて私に向き直ると、私の手を取って飛び立った。
霊界に戻ってくるとトウガと現世に行く前とは違って何かウニョウニョと気味の悪い音が聞こえてきた。「どこから」とかではなく、霊界全体に響いているのだ。
なんで急に…。
「トウガさん…。この音なんです…?このウニョウニョ音…」
「ああ、そっか。死神の肉体が定着したから聞こえるようになったんだね。それはね、転生が行えずに現世と霊界を彷徨う事になった魂の未練の叫びだよ」
「魂の未練の叫び?」
「うん。さっき、オレたちが魂を浄化して新しい器に移すって話はしたでしょ?」
「はい」
「でもその話には裏があって、浄化する時に一度ふるいにかけられるんだ。その魂は浄化に値するか否か。まあ簡単に言えば浄土宗の十王のイメージかな?誰でも知ってる神様?で言えば閻魔様とか。でも、さすがにオレたちもあんなに厳しくやってたら身体もたないし面倒だから、慧眼使ってサクッと終わらせてるよ。それで弾かれた人が今漂ってるってわけ」
「どんな人が弾かれてるんですか…?」
「そりゃあ決まってるでしょ!」
「殺人鬼みたいな…?」
私は恐る恐るトウガに訊ねると、彼は怪しげに顔を歪めた。
「ヒミツ。いずれ分かるよ、君もこの仕事に就いたんだからね」
またそれか…。
「それじゃ、この子も大丈夫そうだし、送った後データの提出に行ってくるよ。キョウは先に戻ってて!…あっそれと」
「なんですか?」
「このウニョウニョ音は、ある程度の呪力の持ち主なら力の制御で聞こえなくすることができるんだ。簡単に言えばノイズキャンセリングみたいなもんだね」
「…ほう?どんな風にやるんです?」
「んー…。耳に力を入れるとブワワワワって音がすると思うんだけど、その音に乗せて呪力を流し込む感じ…かな?いやでも本当にこれは危なくて、失敗すると難聴になる可能性も____」
知ったこっちゃない。私はもう死んでるんだ。例え耳が聞こえなくたって、目が見えなくたって、全身不随だって、なんの不自由もない。最悪どうにかなったって、この人が居るんだしなんとかなるでしょ。
トウガが言い終えるよりも早く、私はやり方も分からずに耳に手を押し当てて身体の中を巡る熱い「何か」を耳に流し込んだ。途端に辺りは鎮まり返り、目の前は真っ暗になる。
え、まさかの失敗?めちゃくちゃ自信あったんだけど。いや、なんとかなるって思ってたけど、実際マジでこうして目も耳もってなると超怖すぎ。外界の状況が何も____
「__ウ…キョウ?」
「ヒィッ!?」
私は声のした方に身体を向ける。闇雲に手を動かすと、何かが手に触れる。
これは____布?トウガさんのジャケット…?
「まさか本当に成功するなんて…」
「成功じゃないですよ、目が…見えないんです…!!」
「あはは、大丈夫大丈夫!それは呪力の副作用。すぐ治るよ」
すると、ピシッと何かが私の額を弾いた。
「ヒッ!?な、な、何!?」
「あはははッ!!」
刹那、モヤが掛かりながらも視界がゆっくりと開けていく。少しすると完全に視界は晴れ、元の私の視界よりもより鮮明に、広く感じるほどになっていた。
「なんか…目も耳も良くなった気がする…」
私は辺りを見渡しながら、最後に視線をトウガに移す。するとそこには、必死に笑いを堪えるトウガの姿があった。
「…さっきの、トウガさん?」
「…い、いや…?なんの…こと…?」
めっちゃ目逸らしてるし視線が私のおでこってことはきっと赤くなってるんだろう。
…人がビビってるトコを笑うとは…。いい性格してんじゃねえの。
「ねえ、トウガさん?」
「はい…?」
私は静かにゆっくりとトウガに迫ると、その襟元を強く引き寄せた。
「…ッ!ち、近い…っ」
その顔は文字通り目と鼻の先。さて、ここからどうしてやろうか。
「このままどうして欲しい?」
「は、はひッ…!?」
「キミの好きなようにしてあげるよ」
最後までお読みいただき、ありがとうございました
⸜(*ˊᗜˋ*)⸝
「エミ」はどうして自殺したのか?キョウに迫られたトウガはどんな反応を見せるのか?見どころですね(˶ᐢωᐢ˶)
それでは、次回もお楽しみに!!