落ちぶれ神童と大器晩成型魔法使い
「お前は全然ダメだな。なんでそんなこともできないんだ?」
「そう言わないでくださいよ、殿下。今はダメでもいつか必ず殿下が驚くような魔法使いになってみせますから……!」
「妄想するのは勝手だが、そんな日は一生来ないと思うぞ」
幼い頃、交わした言葉をいつも夢に見てしまう。
自分を天才だと信じて疑わない自分。
頑張っている奴を馬鹿にして、嘲笑う愚かな自分。
――本当に、嫌になる。
俺は神童ともてはやされていた。
魔法の才に恵まれ、剣術も軽々と習得して、十歳にして一流魔術師と一流剣士顔負けレベル。
王族でありながら、強く望んで戦場を駆け回ってばかりいた。どうせ予備の予備でしかない第三王子だから、誰も止めやしなかった。
そんな最中、地方の伯爵領でそこの領主の息子に出会った。出会ったというよりは、襲い来る敵兵を一掃した姿を間近で見られていたというだけだが。
そいつは戦争に喘いでいた大勢の中の一人。そして身分がありながら何も行動できず、民の行き先を憂いていた無力な貴族の一人。
名乗られたが名前は忘れた。俺にとってそのくらいの価値しかない相手だった。
「僕も王子殿下のように強くなりたいです。どうしたらいいですか!?」
「知らん」
「弟子入りさせてはくださいませんか!」
「断る。俺は独りで充分だからな」
その時の俺はそいつに二度と会う機会はないだろうと思っていた。
なのに数年後、気づけばそいつは俺の隣にいて。
「僕、剣は扱えなかったので、見習い魔法使いになったんですよ!」
「じゃあ魔法使ってみろよ」
大した興味はないくせにそう言ってみたら、そいつは嬉々として魔法を使った。
ろくな火力のない、火付け石で灯したような小さな炎。俺はそれを見て、こいつはダメだな、と思ったものだ。
でも諦めの悪さだけはすごかった。
「僕は大器晩成型なんです、きっと!」
「早く諦めた方がいいだろ」
「お言葉ですが絶対に嫌です。殿下に追いつくのが僕の夢になりましたから」
そんなこんなで何年、成長の遅過ぎるそいつを笑っていたことか。
俺の力はどんどん伸びて、最強と言われるまでになっていたから、どうせ追いつくなんて無理だと見下していた。
神童特有の万能感に包まれていただけの俺は、努力も不屈の精神も何も持っていなかったのに。
だから、守れなかったのかも知れない。
俺が戦地に出ている間、敵国からの襲撃があった。
知らせを聞きつけて戻った時には王都が壊滅し、王族は皆、処刑されたあとだった。
俺を神童と称えた者のことごとくが死んでいた。
「辛うじて民は避難させましたが、城にまで手が回らず……。殿下、申し訳ございませんでした」
王都に残り、奮戦してくれたそいつ――俺が今まで馬鹿にしてきた彼が悪いわけではない。
何が神童だ。何が最強だ。
馬鹿だったのは調子に乗っていただけの俺だったのだと、やっと気づいた。
気づいたところで、もはやどうにもならなかったが。
――そして、二十年後。
俺は落ちぶれきり、人里離れたところに匿われている。
敗戦国の王族である故に、常に命を狙われる立場にある。誰かの負担になるくらいなら潔く死んでしまった方がずっといい。
そう思うのに、絶対に俺を見捨ててくれない奴がいた。
「殿下、今日もまた死のうとしてたんですか」
「悪いかよ」
「この小屋の中には不死の魔法がかかってるって、何度も言っているでしょう」
調理用ナイフを首に突き立てている俺を「仕方ないなぁ」という顔で見つめるそいつは、俺の手からナイフを取り上げた。
彼の言う通り、ここでは決して死ねない。俺の命を失わせまいと彼がそうした。
「びっくりだよなぁ、お前がここまでの魔法使いになるなんて」
「殿下のために頑張りましたから!」
まったく、余計なお世話だ。
「昔、大器晩成って言った通りだったでしょう?」
「と言ってもまだ大魔法使いにしては若い方だけどな」
「いや、僕より天才なのはゴロゴロいますよ。例えば、殿下とか」
そいつの瞳はどこまでもまっすぐだ。子供のような純真さのままで、俺が神童だと信じ切っている。
もはや腐り切ったオッサンでしかない俺には重過ぎる期待なのに。
いずれ彼は、このあたりで一番の魔法使いになるだろう。
そうなってからも俺は飼われ続けなければならないのか――ぼんやりとそんなことを考えていた最中のことだった。
二人で夕食を摂ったあと、本当に何気ない調子でそいつが言ったのだ。
「ねぇ殿下、一緒に世界を救ってみませんか?」
冗談かと思った。
だってあまりに唐突過ぎたし、ふざけているとしか考えられない発言である。
でも、俺は聞かされていた。
この世界中が今、戦乱に巻き込まれていること。相手はこことは異なる世界から飛来した種族であり、多くの剣士や魔法使いを動員してもまるで敵わないこと。
俺を養ってくれている彼が、最前線へ向かわされようとしていることも。
だが。
「俺がついて行ったところで、何になるわけでもないぞ。俺はもう二十年も戦ってない。お前が信じてるのは、昔の馬鹿な俺だ」
「違います。僕はただ、殿下と一緒に行きたいんです。神童じゃなくたっていい。最強じゃなくたっていい。だから、」
まるで騎士のように、そいつは俺の前に膝をついた。
「どうか僕の戦う理由になってください」
ああ、まったく馬鹿にも程がある。
どんなに強くなっても、この馬鹿さだけは昔から変わらないらしい。
「……こんなオッサンを希望にしていいのかよ」
「同い年でしょう。殿下がオッサンなら僕もオッサンですよ」
笑いながら手を差し伸べて、俺は。
俺は――。
「お前は全然ダメだな。俺なんかに頼ろうなんて」
「そうですよ。最初からたくましい殿下と違って僕はまだまだ成長途中ですから、弱いんです」
「仕方ない、ついて行ってやる」
初めて、そいつの手を取った。
俺は神童でも最強でも何でもなかった、ただの勘違い野郎だ。
しかし……いや、だからこそ。
この世から消えられないと言うなら、存在感を見せつけるしかない。
それができるのはきっと今だけだろうから。
「俺みたいなお荷物抱えてたら、元祖国に追われることになるかも知れないけどいいんだな?」
「追手にやられるような殿下じゃないでしょう?」
当たり前である。
「早速行きましょうか、殿下」
「おい本当に早速だな。剣の用意とか要らないのか?」
「すでに入手してございます」
用意が周到過ぎる。
俺は二十年ぶりに剣を握り、その重みを確かめた。
「俺は長年の引きこもりで足腰弱ってるから、労われよ」
「承知しました」
風の魔法でふわりと浮かぶ。
そのまま俺たちは旅に出たのだった。
口だけの自分が嫌だ。何も守れず、優しさに報えない自分が嫌だ。
だから行く。
世界を救えるかなんて、わからないけれど――。