②③
黒い泥が覆い被さっていたからか、かなり古く木が傷んでいたことは知っていた。
だが、まさかこんなことになるとは思わずに呆然とする。
(小屋の中にいる時に崩れたら死んでしまう……あ、もう死んでいるんだったわ)
いくらアンデッドだとしても木が降ってきたら、ひとたまりもないし抜け出すのも大変だ。
『グルルゥ……』
「あなた……またアンデッドになってしまったの?」
鳴き声が聞こえたため、ヴィヴィアンが後ろを振り向くとドロドロと皮膚が溶けた体が見えた。
申し訳なさそうにヴィヴィアンに擦り寄ってくる。
ヴィヴィアンは白銀の光で体を治すと、そこから狼が現れた。
すると口元の牙の部分に何かが引っ掛かっているのが見える。
それをアピールするように唸っていたようだ。
ヴィヴィアンが気づいて手のひらを出すと口を開けて手元に落としてくれた。
「これって……わたしがモネにプレゼントした髪飾りだわ。やっぱりこの森にいるのね!」
ヴィヴィアンは真っ黒な泥を拭って髪飾りを手で握る。
そして膝をついてから狼を抱きしめて頭を撫でた。
「ありがとう。わたしがモネやマイケルを探しているのを見て探してくれたのね」
そんな様子を見て動物達もヴィヴィアンに寄り添うように集まってくる。
「みんなもありがとう」
そんなヴィヴィアンの様子を見てさすがのキーンも口を閉じていた。
狼はサミュエルの前で頭を下げると元気よく走り去っていく。
狼を追いかけるように動物達もついていく。
どうやらこの森でリーダー的な役割を果たしているらしい。
ヴィヴィアンが力を使い、動物達を治すと恩を返すように役立とうとしてくれているようだ。
それにグログラーム王国の動物達よりも毛色が違ったり、カラフルだったり、頭がよかったりと不思議である。
皆、意思を持って動いているように思えた。
狼を見てわかる通り、どうやら黒い泥に触れ続けるとアンデッドに戻ってしまうらしい。
しかしこの場所にいれば姿はそのまま保てるようだ。
(でもわたしはアンデッドのままなのよね。どうしてなのかしら)
ヴィヴィアンは自分の青白い肌を見てからギュッと掴んだ。
今、動物達に使っているのは治療する力とよく似ているような気がしたが自分に力を使うのは恐ろしい。
(わたしは……ただの死体に戻ってしまうということでしょう?)
ここの動物たちは生きているうちに黒い泥に触れてアンデッドになったと仮定しよう。
だからこうして元の姿を取り戻している。
だがヴィヴィアンはジェラールに殺されてからアンデッドになった。
そう考えた瞬間、ゾワリと鳥肌が立つ。
これ以上、このことを考えたくなくてヴィヴィアンは後ろを振り向いて砕け散った小屋を見た。
折角、サミュエルからここに住んでいいと許可をもらったのにも関わらず、その小屋が大破してしまったことに内心では焦りを隠せなかった。
ヴィヴィアンが困惑していることがわかったのか、サミュエルが「大丈夫か?」と声を掛ける。
心配をかけてはいけないと無理矢理笑みを浮かべた。
(そういえば、いつもこうやって無理ばかりして笑っていたっけ……)
自分がアンデッドになってまで力を使わないと落ち着かない。
動物達を治療することも、こうして無理をして笑い続けるのも、なんだかもう癖になってしまっていた。
自由になったとしても、どう動けばいいかヴィヴィアンにはわからない。
『ヴィヴィアン、真っ直ぐに前に進み続けなさい。そうすればきっと報われる日が来る。心から笑顔になれる日が来るさ』
ヴィヴィアンを引き取り、育ててくれたラームシルド公爵はそう言っていつもヴィヴィアンの頭を撫でてくれた。
大きな手と優しい笑顔を今でも思い出すことができる。
『何があってもボクはヴィヴィアンの味方だよ。キミを信じている』
失敗しても、間違えても、裏切ってもヴィヴィアンに向き合い続けてくれたのはラームシルド公爵とマイロンだけだった。
王太子の婚約者になり、民のために尽くす。
そうすれば二人への恩返しになると思っていた。
実際、ラームシルド公爵家には様々な恩恵があり、二人はヴィヴィアンを育てたことに民達からも感謝されている。
それがヴィヴィアンの大きなモチベーションとなっていた。
『ヴィヴィアン、無理をしてはいけないよ』
『自分を犠牲にし過ぎてはダメだ。たまには息抜きしろよ』
もう大好きな二人に会うことはできないのだろう。
そのことがヴィヴィアンの唯一の心残りだった。
ジェラールとベルナデットはスタンレー公爵を使い、ラームシルド公爵に毒を盛り、マイロンを追い詰めると言った。
その毒を治療することすら許されない。
(お父様とマイロンお兄様がどうか無事でありますように)
どれだけ祈っても不安は拭えない。
アンデッドを治療していたけれど、心は満たされるどころか軋んでいく。
今まで前を向いてきたけれど、ふとした瞬間に不安が襲う。
(わたしはこれから、どうすればいいの?)
涙が溢れそうになって、ヴィヴィアンは急いで三人に背を向ける。
誤魔化すように足元に転がっている瓦礫を拾い上げる。
「今から頑張って直さないと!それまで野宿ですかね」
孤児院で育ったヴィヴィアンにとっては野宿でも問題ないではないか。
あの場所より最悪なところなどありはしない。
そう言い聞かせて、周りにバレないように涙を拭った。
(大丈夫……ずっと一人だったじゃない。元に戻るだけよ)




