①「夜の歩き方」
いつからだろう。この苦しさ。
単純で何も変化のない日常。そんな「セカイ」に嫌気がさして、僕は家族のみんながアンゼンに寝ている家を飛び出した。
こんなことをするのは決まって夜であって、なおかつなすべきことがわからなくなった日曜日である。公園のブランコは昼の雨で濡れていて、冷たかった。子供みたく遊ぶ気分ではないのだけれど今日はなぜかそこに座ってしまった。しばらくこうしているとナミダが出そうになる。誰もいない公園で涙を流さなかったのは、誰も来ないということを知っていたからだ。「慰めてほしい」、「ブランコよりあそこのスベリダイがい」。そんな願望が、僕をこんなふうにしたのだろうな。
時間がたつと、気分は一般的という平凡な気持ちへ元通りになった。何で悩んでいたのか、なにをすべきなのか。そんなしょうもないことは忘れてしまっていた。スベリダイを堪能してから僕は公園をでた。
公園から僕の家への道のりというのは、トンネルとか、細い道とか、明るい大通りとかだ。「見慣れているはずの、美しくないはずの道のり」なのだけれど、今日は妙であった。人が道を歩くのはあたりまえだろう。だから僕と進行方向が同じ人がいても何もおかしくはない。なのだけれど、トンネルとか、細い道とか、明るい大通りだとかをこの時間に歩く人間が僕以外にいるだろうか。「僕だけが知っている住宅街の隙間を利用した近道」を通ったあたりでようやくきずいた。
「つけられている」
ソイツは誰も知らないその近道を僕に続いて使ったのだ。過去の現象と組み合わせ、それを確信した。僕は怖いというより、怖かったのだけれど、とてもとてもうれしかった。この気持ちは何だろう。子供のころに味わった、まるっきりのそれだ。訪れないと思っていたこの気持ちは離したくない。家に帰ればどうなるのだろう。僕に追いついたらどうなるのだろう。とりあえず撒くのはやめた。そんなつまらないことはしない。やるんだったらこの三択だ。
①「気づかないふりをしてソイツとすれちがう」
②「そのまま家に帰る」
③「ソイツと話す」
僕は日常が嫌いみたいなことを話したが、安全でないことが好きというわけではない。リスクに興奮するみたいなそんな酔狂じみた人間ではない。よって僕①の「気づかないふりをしてソイツとすれちがう」を選択した。これから始まる非日常の偵察という意味も込めて一番ふさわしい選択ではないだろうか。
灰色ではない。黒の地面に白の線があるだけでそう見えていたのだ。いやもしかしたら砂とかその他の汚れで灰色になっていたのかもしれない。その灰色という街灯に照らされた道に二人はいた。ユタカの後ろ50メートルほど離れた位置にソイツはいる。ユタカは角を曲がるかと思いきや、進行を逆転させ、ソイツの方へ歩き出した。ユタカは下を向いた。これから起こるうるあらゆる現象を妄想していたからこらえきれなかったのだろう、クスクスと笑いながら歩いた。徐々に二人の距離は縮む。10メートルあたりだろう。
「とまれ!」
漫湖は驚いて立ち止まった。
漫湖の背後からだ。後ろへ振り替えると、そこには、警察の格好をした男がいた。こんな時間に笑いながら歩いていたから不審に思って声をかけたのだろう。漫湖はいっきに元のセカイへ戻されたような気分であった。荷物の検査、質疑応答。5分程度で職務質問は終わったが警察は家までついてくるという。最悪だ。ふとさっきまでの出来事を思い出し周りを見渡したがソイツはどこにもいなかった。僕の非日常はその警察によって奪われた。