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給食の鬼と因果応報

 6歳になった私はピカピカのランドセルと両親から義務教育の責務(せきむ)を背負わされ、ロクデナシが(そろ)い並ぶと有名な近所の小学校へ入学させられた。


 昨今の教師共が起こす不祥事(ふしょうじ)にも負けず本気で友達100人作ろうと考えており、後に甘い考えと思い知らされる私は身の程知らずの()(もの)である。

 数えるほどの友人と数えきれないほどの劣等感(れっとうかん)によって苦しめられるとも知らず、幼き頃はサクラ舞い散る公園へ出没する露出狂が(ごと)し、人との繋がりを求めて彷徨(さまよ)天真爛漫(てんしんらんまん)な子供であった。


 近所では愛くるしいと評判で、ジジババが喜ぶものだから調子に乗って全方位へ愛想を振り撒く内に『友好的に接すれば仲良くなれる』と嘘吐(うそつ)きな侵略型宇宙人の戯言(たわごと)のような、あられもない勘違いを植え付けられたのは今にして思えばいい教訓である。

 

 そんな私を出迎えたのは『給食の鬼』と呼ばれる老婆が根城(ねじろ)にする(まな)()であった。


 入学したばかりの私は当時の担任を面倒見がよく子供の好きな鬼婆(おにばば)だと(わり)かし好意的に(とら)えていたが、学校給食が始まって間もなくして鬼婆の真の顔がより(ひど)い鬼婆だったと知り絶望した。

 我がクラスの担任は給食を少しでも残すとナマハゲみたいに怒りだすのである。

 

 彼女が掲げたノー・ザンパン、ノー・ライフを鉄の掟と従い、完食するまで食事の時間を無期限に延長させる通称エンドレスランチは、学校給食開始と同時にクラスの半数近い児童達を巻き込む観測史上最悪の学級問題へ発展した。


 我々の年だけで20名近い犠牲者が出たと言う事は担任の年齢やキャリアを元に逆算すると、間違いなく満員電車1車両分の人数に匹敵する被害者が産み落とされた計算となる。この驚くべき人数はバチカン市国の総人口、その約半分にすら匹敵する恐ろしい数字だ。



 給食が好き過ぎるのか、それとも残飯に親を殺されたのか、勿体無(もったいな)いオバケに呪われた一族の末裔(まつえい)なのかは定かではないが「絶対に給食を残すな」と妥協(だきょう)なき完食を求める姿勢はまさに給食の鬼そのものである。

 クラスに少なからず居た小食の(たみ)は給食中は人権を与えられず、その悲しみは()して知るべしであろう。


 そんな聖職者の皮を被った我らが鬼婆に何度か私も煮え湯を飲まされてきたわけだが、小学1年生ともなればクラスに1人か2人は狡賢(ずるがしこ)い奴が現れるものである。

 その中の1人を本作では卑怯者の代名詞として仮に『藤木』と呼ばせてもらう。


 藤木は嫌いな食べ物を飲み込んだと見せかけトイレに流した罪で、鬼婆から要注意人物として扱われている男であった。それにクラスでも目立って食が細く、給食時間を延長する通称『居残り組』の常連であった。


 海中に沈めれば(ただよ)うワカメと見紛(みまご)う見た目をしていて、高学年になった彼に付けられたあだ名は『鶏ガラ』そして『即身仏(そくしんぶつ)』である。

 顔が不細工な上に愛想も愛嬌もないから誰からの同情も得られず、いつも1人で孤立している。『金星から引っ越してきた住人』だとか『小型エイリアン』だとか、地球外生命体にまつわる雑なニックネームも少なくない。


 「地球の食事は口に合わない」と言わんばかりに「野菜はマズい」「魚も嫌い」「牛乳も出来れば飲みたくない」と我儘を言う藤木の面は、いつ見ても雑食生物のホモサピエンスにあるまじき憎いアンチキショウである。


 今にして思えば彼がトイレに給食を流そうが流すまいが、素行をどれだけよく暮らしたところで人間の片隅(かたすみ)にも置けない彼が給食の鬼から目を付けられるのは必然であっただろう。



 そんな学校給食にも慣れ、すっかり時間内に給食を食べ切るペース配分を体が覚え出した頃の事だ。

 私達にとって海兵隊の訓練教官みたいに藤木の(そば)仁王立(におうだ)ちして腕を組み監視する鬼婆と、エリア51のエージェントが捕獲してきた小型宇宙人みたいな藤木の姿は、すっかり見慣れた光景になっていた。

 感覚が麻痺していたのだろう。藤木と鬼婆の2人が作り上げる『この世の終わりみたいな地獄の給食風景』ですら我々にとってはツマラナイ見世物(みせもの)に過ぎなかった。

 だがそうなるよう我々を洗脳していった鬼婆の手腕は紛れもなく名教師のソレである。

 一方で狂わされた我々の感覚は義務教育の賜物(たわもの)であると同時に現代教育の敗北と言えるからあまり素直に喜べた話ではない。



 鬼婆の鬼婆による鬼婆の為の教育の甲斐(かい)あってか、いつしか私達は時間内に給食を食べ終えれない藤木が悪いと言う意見がクラスの総意として大半を占めつつあった。

 しかし『栄枯盛衰(えいこせいすい)(ことわり)をあら()す』と古文にある通り、やりたい放題給食を食べさせていた鬼婆の教育にもメスが入り、遂に終止符(しゅうしふ)が打たれる時が来たのである。


 発端(ほったん)は昼休みに鳴り響いた校内放送から始まった。

 突然天井の校内放送スピーカーからけたたましい音が鳴り響き、すぐに何の冗談か『地震が発生しました』と揺れてもないのに訳の分からない説明が始まったのである。


 そう、避難訓練である。それも抜き打ちの。よりにもよって昼休みを無理矢理中断する形でおっぱじめたのだ。災害はいつ何時(なんどき)襲ってくるかわからないと言う口実の(もと)行われた犯行であったが、我々一般生徒の感覚からすれば、昼休みを中断させた避難訓練こそがまさに災害であった。

 現に体育館にいた私は「なんで今なんだ」と幼心に反骨心(はんこつしん)芽生(めば)えたのを覚えている。

 このままサボタージュしてやろうとも考えたが、指定された避難先は我々がいる体育館であった。


 避難訓練はつつがなく行われていった。

 5分ほどして逃げる気が微塵(みじん)も感じぬ顔が続々と集まってきたのである。しかし一向に藤木の姿が見えないのはどういう了見(りょうけん)であろうか。私は疑問に耐え切れなくなり、近くに居た男子生徒を捕まえて聞いた。


「アイツなら教室で給食食べてるよ」


 彼はそうあっけらかんと私へ言った。しかし私の抱いた衝撃といったらなかった!

 机の下に隠れながら給食を食べ続ける藤木の姿を想像し「なぜそんな面白い場面を見逃したんだ!」と後悔したりした。


 しかし鬼婆がやらせた避難訓練ボイコットはやはり問題になったのだ。

 避難訓練と言うのは、暇でやる事のない教師が「逃げ遅れた生徒は居ないか?」と校内をほっつき歩いて回るらしく、教室で1人給食を食べてる阿保なんてのが居たらすぐに見つかる仕組みになっていた。


 見つかった藤木は引率され、そのまま我々の元へ戻ってきたのだがあの時の光景は今でも忘れる事が出来ない。


 本当に私は驚いたのだ。

 なんと、先生に付き添われて訓練の途中から参加した藤木の手には給食のパンが握られていたのである。

 そしてソレをさも当然のように、校長の話を聞きながら食べ始めたのだ!


 私は何が起こっているのか理解出来なかった。

 藤木を見つけた校長も一瞬言葉を詰まらせ、驚いたように私のクラスを見つめていた。

 「なんであの子は、私の話を聞きながらパンなんて食べているんだろう」きっと、こんな疑問を持ったに違いない。そして彼の長い教員生活でも初めての経験だったのではないかと思う。

 かく言う私も校長の話を聞きながらパンを食べだす生徒を見たのは、後にも先にも藤木ただ1人だけであった。



 ちなみに後日談だが、今回の一件で注意されたのか鬼婆はそれほど厳しくなくなった。

 時間内に食べ切れなかった給食はラップに包んで持ち帰らせると言う方針へシフトしたのである。

 藤木は片っ端からトイレに流していたが、これで我がクラスから無駄な争いで涙を流す者が根絶されたのだから良い変化と言えよう。


 その後も鬼婆はいろんな事を私達へ教えてくれた。

 そのほとんどが今の感覚からすれば『間違い』や『問題』として取り上げられかねない内容である気もするが、全ては良い思い出である。


 今回の話を書いた理由も鬼婆が昔に言っていた『人の嫌がる事は率先してやりなさい』の教えを固く守った結果に他ならない。

 私は書きながら昔を振り返りながら改めて、教育の大事さを思い知らされた気分であった。


 ……恐らく、私の抱いた感想は間違いではないのだろう。

お疲れ様です。

今回はちょっと読み辛かったかもしれません。

次回はもう少し改善いたしますのでご容赦頂ければ幸いです。

なお、場合によっては公開中に一部変更する場合がございます。ご了解ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一気に読んでしまいました。 文章でこんなに笑ったのはいつぶりだろうか、というくらい久々に大笑いしました。 面白かったです!
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