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阿保な青春と都市伝説

 インターネットで有名な怪談の1つに『くねくね』と呼ばれる胡散臭(うさんくさ)い話ある。

 『くねくね』とは目撃者に有無(うむ)を言わせず被害だけを生み続ける放射性物質のような妖怪で、怪談が(まこと)であれば呼ばれてもないのに参上するため、(がん)細胞のように厄介な存在として知られている。


 そんな『くねくね』と私は過去に出会った事があった。高校3年の頃である。


 私の母校は大層立派な変人が場所選びに全力を出してしまったせいで、意味もなく山の方へ建てられていた。品行方正(ひんこうほうせい)な新入生ですら半年も通えば下界に広がる市街地を『娑婆(しゃば)』と呼び出し、周りが自然に囲まれているのに何故か心が(すさ)んでいく、なんとも不思議な(まな)()である。

 そんな特殊な環境での生活は、絶えずクマ、ハチ、ヘビ、テングの恐怖に(さら)されていた。今の若者の感覚からすれば、ど田舎以外のなんでもない。

 学校の前を農作業に駆られるトラクターが走り、携帯は圏外(けんがい)で繋がらず、最寄(もよ)りのコンビニは車で30分の距離にある。それが私の通っていた母校なのだ。


 そんな登校拒否児の味方をしたくなる場所に学校がおっ建てられてるものだから、毎日の通学を生徒達はバスに頼らなければならない。

 車酔いが激しい人には毎朝が地獄と化すものの、バスが嫌なら自転車に乗って片道2時間を超える距離を通わねばならず、これはどう考えてもまともな代替案(だいたいあん)と呼べる代物等(しろものなど)ではない。

 辺境(へんきょう)の地までの道のりの大半が上り坂である為、私を始めとする虚弱体質はバス以外の選択肢を選べないのが実情であった。


 そんな立地の学校であったから「チャリできた」と友人から聞かされた私は、少し引き気味に驚いたのを覚えている。

 その無駄な労力と通学時間を少しでも勉学へ()ければ、学業の成績も少しはマシになっていただろうに「青春っぽいから」と謎の理由で自転車通学を選ぶあたり、やはり阿呆の頭の中は我々常人とは異なるカオスな宇宙が広がっているらしい。


 そんな水星の如く現れた阿保の自転車の荷台を借りて、その日は一緒に下校する(はこ)びとなった。

 行きと違って帰りは下り坂なので、ペダルをこがずとも自転車は勝手に進むのである。

 

 これも全て今ほど自転車マナーに厳しくなかった当時だから出来る芸当である。

 2人乗りが青春映画やドラマや漫画で当たり前に(えが)かれ、社会に黙認(もくにん)されている部分が少なからずあった。

 だが、やはり社会マナーに反した行動と言うのは何かしらの罰が当たる風に世の中と言うのは出来ているらしく、何かしらの痛い目を見るのは当時も今も同じである。



 友人の提案で普段とは違う道を通る事になった我々は、気付けば周囲に田んぼが広がるのどかな風景の中を突っ切っていた。

 察しの良い人はピンと来たであろう。

 そう、ここで『くねくね』の話と繋がるのである。


 初めに気付いたのは自転車を運転していた友人であった。


「あれ、くねくねじゃね?」と私に(たず)ねる声に「ついにコイツは首から上が使い物にならなくなったか」と侮蔑(ぶべつ)の念を抱いたりもしていた。


 視力も悪く、花粉症で鼻も利かない。イヤホンを使って大音量の音楽を聞くから耳だって遠い。

 乾燥シイタケを「マジックマッシュルーム」と騙してハイになった過去を持つぐらいなので、頭の中は一周回って人間国宝へ選ばれるぐらい阿呆一色に染まっている。容姿の方は生まれながらにしてハンデを背負っているので初めから救いがない。

 意味もなく体力だけはあるのものの、まだ若いのに帽子の置台(おきだい)としての価値しかなくなった頭を(おもんぱか)ると、同級生として、いや1人の友人として、お()やみ申し上げる他かける言葉が見つからない。


「いや、ほら、あそこ」


 と暗闇に浮かぶUFOでも指さすように友人は言ったので、私は「どれどれ」と顔を向けた。

 そして目の前へ広がる光景にギョッとさせられたのであった。

 

「く、くねくねだ……」


 本当にくねくねした謎の存在が、田んぼに立っていた。

 その姿はネットで見聞(みき)きする情報通り白いモヤのようであった。半透明なところが如何にも幽霊っぽく見え、私は恐怖の余り自分の周りの景色が後ろへスーッと遠退(とおの)いて行く感覚に包まれた。もっとも自転車は走り続けているので、どの道私の通る景色は後ろへスーッと遠退いて行くのだが……。


 時にこの『くねくね』と呼ばれる化け物は、実は見た者の精神を病むとさえ言われている。

 何かしらの怪電波を発しているのか、姿を確認すると狂人となり自身も同様に『くねくね』と動き出すので、熊や猪以上に遭遇したくない存在と言える。


 そんなモノにまだ日も高い時間に出くわしてしまったわけだから、堪らず私は「し、死にたくねぇ」と悲鳴を漏らしていた。

 友人は「本物だろ、あれ」そう語っている。

 『本物』だと思うのならば、ブレーキをかけるなり、道を引き返すなりしてもらいたいところであるが、目の前の阿呆は何故かガシャガシャとペダルを強く漕ぎだしているので、早くも憑りつかれたのではないかと気が気ではない。


 自転車はびゅんびゅんと風を切り、飛び降りようにも難しい速度に達し、私は絶体絶命であった。

 運転手である友人は「くねくねだー!!!」と乾燥シイタケでラリった時以来のハイテンションでペダルを回し始め、ブレーキが壊れた暴走機関車のように田んぼ道を『くねくね』に向って爆走している。


「とまれ、とまれ! ちょっと待って!!」


 そう私が言っても、奴の耳には届かなかった。

 そして次の瞬間、私はついにあの『くねくね』の正体を間近(まぢか)で確認したのであった。


「えっ……」


 と、その時は予想外の展開に声が(そろ)ったのを覚えている。

 自分の中で(たかぶ)っていた興奮も冷や水を浴びせられたかのように収まり、自転車も静かに速度を落として止まった。


 振り返った先には、まだ『くねくね』が田んぼに立っていた。

 その上空には1台のラジコンヘリが飛んでいる。


「くだらねぇ……」


 我々が見たものは都市伝説の『くねくね』ではなく、ラジコンヘリが田んぼへ散布(さんぷ)する農薬であったのだ。

 それが風に揺られて、くねくねと動いて見えていただけであった。

 振り返ってみると、なんて阿保らしいオチであろうか。

 しかし世の中の怪談なんて意外とそんな物なのかもしれない。まさに幽霊の正体見たり枯れ尾花(おばな)である。


 結局私達は自分達の身の安全の代償に、都市伝説と言う名の夢を1つ失ったのであった。

 私達が去った後も『くねくね』は元気にくねくねとしていた。

 それは次に通りかかった人を脅かすような、実に立派な都市伝説の姿であった。

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