表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/14

骨董アパートと呪いの市松人形・前編

 まだ20代も前半だった頃、私は自分が住んでいた安宿(やすやど)骨董(こっとう)アパートと呼んでいた。


 骨董アパートはとにかくオンボロで、あと10年もすれば下町の九龍城(くーろんじょう)と呼ばれ()ねない恐るべき物件である。

 私の部屋など廃墟と見分けがつかない有様で、よくもこんな部屋を月3万で貸すものだと勤勉(きんべん)過ぎる資本主義の権化(ごんげ)たる、不動産業者の商魂(しょうこん)(たく)しさには頭が下がる思いであった。

 2階にある私の部屋は、天候に関わらず四六時中(しろくじちゅう)隙間(すきま)風が吹きこんでいた。

 趣味が練炭(れんたん)自殺の人なら良いが、私のような寒がりにとっては辛い環境である。


 そんな骨董(こっとう)アパートの話を書く。

 その日は馴染みのラーメン屋で夕食を済ませた帰りで、ふと見上げたアパートの階段に奇妙なモノが落ちていた。


「ひゃぁ!?」


 と私が声をあげたのは、そこに落ちていたのが赤い着物を身に着けたオカッパの市松(いちまつ)人形だったからである。

 なんと不気味な!

 私はコイツは呪いの人形なんじゃないかと、疑ってかかっていた。

 それほどまでに目の前の人形は気味が悪く、髪の毛でも伸びそうな姿をしていたのである。


 人形だてら顔は整っているのだが『顔はいいけど性格はダメな女の典型』みたいな(つら)をしていて、さらに『無口だけど災いの元』みたいな目つきで私を睨んでいるのだから、偏見を持たれても仕方がない。

 さらに階段の段差からは頭がはみ出た人形は、見下ろす私へ「落とすなよ」と言うような顔を向けていた。

 そんな目で見られるまでもなく、私に人形を蹴り落とす度胸などない。


 それに、もし本当にコイツを下へ付き落とそうものなら、井戸をよじ登ってきた貞子よろしく、階段を()い上って「この怨み晴らさでおくべきか」と呪い殺すくらいの事は平気でやってのけそうであった。

 その気になったらテレビ画面からだって普通に飛び出して来そうでもある。


「それにしても誰がこんなモノ……」


 変態の巣窟(そうくつ)と呼ばれる我がアパートの住民へ、新たに小型の(いわ)く付き粗大ゴミが居候(いそうろう)として加わるかもしれないと思うと身の毛がよだつ思いである。

 

 出来れば関わりたくないと言う気持ちも強くある一方で、階段に置き晒しにしておくのは可哀想と思わないでもない。

 かと言って持ち帰って部屋に飾ろうなんて、気持ちはまるで沸いてこなかったが。


 とりあえず私は対策は練ることにした。

 もちろん、この市松(いちまつ)人形が悪趣味な住民の落とし物という線も考えられたが、万が一本当に呪いの人形だったらと思うと、どうしてもやれるだけの事はやっておかないと不安でならない。

 自分に送られてきたチェーンメールを嫌いなクラスメイトに送って、少しでも安心を得ようとする保険の心理である。

 そもそも私は呪いの人形と顔見知りでありながら、ノーガードで夜を過ごせるほど神経が図太い人間でもないのだ!

 

 そこで私は盛塩(もりじお)を作ることにした。部屋の中の材料で作れるものと言ったら盛塩ぐらいなものだから、私に取れる選択肢など最初から他にないのである。

 しかしここで人形の奸計(かんけい)が入ったのか、私は手に持った塩を盛大に引っ繰り返して大量に玄関へとぶちまけてしまった。

 サァァァァァーっと言う音を立てながら袋の中の塩は(こぼ)れ、気付けば私の玄関にはアフリカ辺りで見られる蟻塚(ありづか)のような立派な山が出来ていた。

 目の前に爆誕(ばくたん)した塩の山を見ると調味料を無駄遣いしまくった罪悪感が凄まじく、改めて呪いの強さに(おのの)き震えた。


「ま、まあこれだけ塩を使えば大丈夫だろう」


 ナメクジ数十匹分の致死量が(とう)じられて出来た盛塩なので、効果もテキメンでなければ作った私が浮かばれない。

 ともかく、こうして私は対人形用の防御態勢を整えながら「今日は郵便配達が来ませんように」と神へ祈りを(ささ)げ、駄目押しのチェーンロックをかけたのである。


 しかし、この時の私は完全にトラブルの影を見落としていたのであった。

 私をあざ笑うかのような悲劇は、夜中の3時になってから前触(まえぶ)れもなく始まった。


 それは歌声であった。

 隣の部屋から突然、下手くそな酔っ払いの歌声が鳴り響いたのである。


CHA-LA(ちゃーらー) HEAD-(へっ)CHA-LA~(ちゃらー)、何が起きても気分は~ヘのヘのカッパ~!」


 隣人の声だとすぐに気づいたが、なぜこの時間に隣人はドラゴンボールのOP(おーぷにんぐ)を歌っているのだろうか。

 それにコッチは人形が頭から離れず眠るのにも一苦労したと言うのに、そんな私へ『何が起きても気分はへのへのカッパ』とはどういう了見(りょうけん)であろうか。

 これほど神経を逆撫(さかな)でにするフザケタ選曲(せんきょく)があっていいものだろうか。


 しかし私の怒りとは裏腹に隣人のカラオケは延々と続いた。

 それでも布団を被ってやり過ごしている内に、いつのまにか朝になっていて、

 

 ……そこから今度は第二次騒音問題が勃発(ぼっぱつ)した。

 

 次の敵はスマホのアラームであった。

 別の隣の部屋からアラームが鳴っていた。

 アラームが鳴った当初、私は「もう朝か……」と気怠(けだる)い体を起こしてスマホを見たが、時刻は午前6時である。つまり私が起きる時間より1時間も早いのだ。

 

 なんでスマホを持っている奴は、揃いも揃って同じ音でアラームをセットするのだろう。

 私は他人のスマホに起こされるたびに、度々同じ文句を感想に持つ。


 この感覚はテレビやパソコンからインターホンの音が鳴り「誰か来たのか?」と勘違いさせられた挙句「なんだドラマかよ」と、無駄足を踏まされた腹立たしさに似ている。


 しかもこの時、早起きな方の隣人は起床時刻の30分前から5分置きに連続でアラームを鳴らす、迷惑な目覚ましの掛けた方をしていた。


 「ふざけんな」と枕を壁に叩き付けた私は、両隣の隣人から受けた迫害による寝不足で攻撃的な人格になっていた。


 私は反撃に出る決意を固めたのである。

 時刻は午前7時45分!

 私は出社する前に人形が昨日と同じ場所に捨てられているのを確認し「この恨み晴らさでおくべきか」と危険物を回収した。

 呪物を手に入れた事で私は無敵になった気分であった。


 報復先、目的地は隣人の郵便受けである!!!


「ちゃーらー、へっちゃらー」と昨日聞いた歌を口ずさみながら、私は隣人の郵便受けを開けた。

 そしてその中へと人形を()じ込んだのだ! 


 その後、私はこの人形がどうなったかは知らない。

 (ゆえ)にこの話にはオチがない。

 しかしどういうわけか、それから2週間ほどして隣人は引っ越していった。



 彼が引っ越す少し前に実は人形絡みでもう1度()めたのだが、その事については次の機会にでも話そうと思う。

後編に続きます。

なお、公開1、2週間の間は告知なく本文が変更される事があります。

ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ