回転寿司と罪の味
よく自分の周りに変人ばかりが集まると嘆く人がいる。
私はそんな変態を友に持った覚えはないが、一緒に過ごす時間が長いこともあって友人達の変わった一面を垣間見る機会は多々あった。
仮に彼等を変人と呼ぶならば、
……私は変人と一緒に回転寿司へ出かけた事があった。
もう何年も昔、今にも雨が降りそうだった日曜の昼の話になる。
「寿司は最初に何を食べるかで、その人の性格がわかる」
そう豪語する友人は、1つ年上の先輩である。
高校時代に某妖怪回転寿司チェーン店でアルバイトの経験を持つ人物で、学生時代の私は「あの店は河童に加えてヌリカベも雇い出した」と陰口を叩いた覚えがある。
ちなみに過去形なのは、このヌリカベ先輩が3ヶ月でバイトをクビになったからである。
……首なんてないのに、クビにされたのである。
「普段なにから最初食べる?」
そう先輩は唐突に尋ねた。
この一言から察せるように、私の先輩は面倒くさい輩である。
あれこれと色々考えた末に「マグロ」と答えたのは、私の両目に写った横顔が、海を泳いでマグロを追いかけてそうな面構えに見えたからであった。
「マグロぉ?」と先輩は笑った。「ハンッ」と鼻で笑う、いちいち癪に障る態度である。
まるで「マグロばっか食ってる奴はダメだな」と言いたげな表情に感じ、かつて学生だった頃を思い起こす呼び水となった。
変人が見せた顔は、私の成績表を見た時に担任が浮かべた物と同じ表情であったのだ。
嗚呼、なんて嫌な思い出なのだろう!
閑話休題。
回転寿司に着くと、外気を遮断する冷房の効いた部屋に体が冷やされ生き返った心地であった。
ただしそこは無法地帯であり、子供達のユートピアと化していた。
子供達のユートピアと書けばネバーランドを思わせる楽し気な遊園地的楽園のイメージが彷彿とさせられるものの、残酷な現実はあまりにも理想とかけ離れている。
かつて学級崩壊していると言われていた我がクラスメイト達ですら、彼等の前では慎ましいと言わざるを得ない。
それにしてもなぜ彼等は、あそこまで元気なのだろう。
背丈こそ私の腰元までしかないのに、声量は私の3倍はある。
もし地球に大量のUFOが飛来し、訪れた小型宇宙人達の間で日本食がブームになった折には、恐らくコレと似たような光景が日本各地で見られるに違いない。
ゾッとさせられる光景である。
店員から席へ案内された私は、さっそく先輩のエスコートに身を任せた。
今日は自称寿司通の妖怪が『いろは』を教えてくれるらしい。はてさて、どのような采配を取るのか見物である。
そう踏ん反り返って椅子に座っていると、頭上のレーンに皿を乗せた新幹線が停車した。
この店では注文した皿が新幹線を模した模型に連結され運ばれてくるシステムを取っているのである。
どうりに子供受けがいいわけだ、そう納得した私ではあったが……新幹線に積まれた皿を見て少なからずムッとした。
「なぜマヨコーン?」
そこには寿司から遠くかけ離れた物体が乗っていた。
マヨコーンとはトウモロコシにマヨネーズを絡めただけの軍艦巻である。
軍艦巻きと呼べば聞こえはいいが、炭水化物に炭水化物を乗せただけのゲテモノである。
「これが1番美味いから」そう言った先輩に「だからお前はヌリカベなんだ」と言う目で私は見た。
受難は続いた。
2度目の新幹線が到着した時、今さっき腹の中に収めたはずの奴が再び舞い戻ってきたのである。
その光景を隣に座る先輩は気にも留めず、皿を受け取るなりパクパクと食べていく。
そうしているうちに新しい新幹線が来る。乗せている皿は決まってマヨコーン。
来店して十数分。私は自分が何を食べに来ているのかわからなくなった。
昼間っからビールで酔っ払っている隣のオヤジですら、エビだのホタテだのハマチだのと食べているのに我々の卓には黄色い軍艦巻きが6皿だ。
別にマヨコーンに罪はないのだが、こうなってくるとだんだん家畜のエサでも食ってる気分になる。
しかし流れてくる新幹線には必ずマヨコーンが乗ってくる。
計算するとマヨコーンだけで800円も消えていた! これには野口英世も苦笑いだろう。
私だってウンザリしている。
なんで寿司を食べに来たのに、次から次へとマヨネーズ味ばかり食わにゃいかんのだ。
なんでもいいから早く解放されたい!
そんな目で先輩を見ると、目の前をウニやカニが乗った寿司が通過した。
隣のオヤジが頼んだ品である。なかなか羨ましいものを食べている。
私なんてさっきからずっと、ニワトリのエサの原料しか口にしていない。
「先輩、そろそろ……」
私の物欲しそうな目を見たヌリカベは「わかってるよ」と言うような表情で頷いたが、この変人に他人の気持ち等わかるはずもない。「ああ、これでやっと黄色い粒から解放される」そう安心した私がバカだった!
次に運ばれてきたのはかき揚げだったのだ。
とうもろこしのかき揚げ、である。
炭水化物に乗ってた奴が、今度は金色の衣を纏いて野に降り立ったのである。
(嫌がらせか?)と私は妖怪を睨んだ。だが妖怪トウモロコシは気にも留めず平らげていく。
トウモロコシ+寿司の組み合わせに嫌気がさしていた私にとって、かき揚げは最初の一口こそとても美味しく感じたが、
咀嚼を繰り返すにつれて「やぁ、また会ったね」と顔を覗かせるトウモロコシ独特の甘さが、ストーカーのように付きまとうので悲劇でしかなかった。
来店する前にはあったはずの食欲は、今やどこか遠くへ行ってしまっている。
せめて普通の野菜を使ったかき揚げならば気分も違っただろうに。
しかしかき揚げを完食すれば、次に来るのはマヨコーンだ。
とにかく、この妖怪は茶でもすする感覚でマヨコーンを食べるのだった。
おかげでこの日は、結局トウモロコシだけを食べ続ける一日になった。
私はエスコートされる側だったため、昼食代を奢って貰えたのだが気分がまるで晴れないと言うか、ちっとも嬉しくない。
むしろ「奢ってあげる」と言われた時「当たり前だろ」という感情すらあった。
ともかく、そう言う経緯があった。
それ以来、彼女とは回転寿司には言ってないが、これでは私だけが損をしたような被害者感があって癪なので、私は後輩と回転寿司へ出かけた時は先輩の真似をしてトウモロコシだけを頼むようにエスコートしている。
大抵は嫌がられるのだが、その後輩も私と同じ事をそのまた後輩にしてると思うと不思議とマヨコーンが美味しく感じる。
多分あのとき、先輩がマヨコーンばかりをパクパクと食べていられたのも嫌がらせと言う最悪の調味料に味をしめていたからなのだろう。
人の不幸は蜜の味とは、よく言ったもんである。
「寿司は最初に何を食べるかで、その人の性格がわかる」
最初にマヨコーンを注文する奴がいたら、どうかみなさんも気を付けて貰いたい。