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独り焼肉と新型コロナウィルス。

 私が独り焼肉デビューを果たしたのは、7月の頭の頃である。

 空は雲一つない晴天で、初夏の爽やかな風が吹いていた。

 外でBBQを興じれば楽しい一日になること請け合いの午後、私は店内唯一の客として人望のなさを噛み締めながらシイタケを焼いていた。

 それはとても贅沢な時間にも思えた。そうでも思わなければやってられないのだ。


 私の周りに居たはずの友人の数は年々減る一方である。


 

 3年にも及ぶ同棲(どうせい)生活を衝撃的な単独ソロゴールで締めくくった私は、愛も金も職も失い逃げるようにして東京を後にした。残ったのは下っ腹に溜まった贅肉(ぜいにく)だけである。田舎へ敗走する様はまさに歩く生活習慣病と言った有様であろう。

 不健康の権化(ごんげ)万年(まんねん)健康診断(けんこうしんだん)要精検(ようせいけん)、それが私という人間である。


 人生における辛酸(しんさん)を舐めながら揺られた新幹線では「三回の裏終了!」と野球中継ばりの実況が響く幻聴に悩まされ、後部座席からは齢一桁才(よわいひとけたさい)と思しき少年が『太鼓の達人』ゴッコと称して座席を叩きまくるので眠る事すらままならない。


 川端康成(かわばたやすなり)は著書『雪国』でトンネルをくぐると雪国であったと書き記していたが、私の場合はトンネルをくぐる前も後も、アマゾン辺りに住む(たけ)り狂った原住民の祭典を思わせる騒々しさから抜け出せずにいる。


 この無慈悲な展開はどういう事なのか。

 なんの罪もないはずなのに、何らかの罰を受けている気分である。


 そして地元に帰った私へ、更なる受難が降り注いだ。

 焼肉でも食べようかと友人と連絡を取り合っていた、そんなある日の事である。


 予想だにしない妨害であった。私の予定は狂い、影響は株価にまで及んだ。


 ――そう、新型コロナウィルスが来襲したのである。


 私は発狂した!

 抗おうとしても田舎特有の監視社会が私の動きを見張っている!

近所の同調圧力が私の悲願(ひがん)を許さなかった。焼肉を彼岸(ひがん)彼方(かなた)へ追いやった。

 ……いや、ダジャレなんて言ってる場合ではない。

 近所の腰の曲がった年寄りが『焼肉焼いても家焼くな』の某企業CM広告を口ずさんでいたが、なんと陰険(いんけん)な脅迫であろうか。


 聡明な諸君らのことである、私が多少大袈裟に騒いでいるだけと勘ぐっているかもしれないが、

 しかし現に岩手県では家が炎上するニュースが報道されたではないか!

 用心するに越したことはない!


 そもそも田舎社会の排他的かつ閉鎖的な環境は、諸君らが思っているほど寛容でなければ牧歌的でもない!

  


 それにしても薄く切った肉を焼いてみんなで食べる、そんな旧石器時代の原始人達ですら当たり前に行っていた食事を封印されるとは。

 それもロケットが月まで行った頃より半世紀も進んだ現代で奪われるとは、一体全体誰が予想出来たであろう。

 

 そうこうしている内に、(くだん)の友人は県内初の濃厚接触者になっていた。

 「何をしているんだ、お前は」と連絡を取り合う相手が二週間の強制隔離生活を余儀なくされている!


 嗚呼、なんてことだ。神はいないのか!


「お前本当にコロナなのか?」


 そう電話越しに尋ねた私は『PCR検査が受けられない』と噂通りの現実を耳にした。

 こうなるともう焼肉なんかに誘っている場合ではない。

 


 仮に無理やり焼肉屋へ連れ出したとしても「あ、味がしねぇ……」なんて言葉を吐かれた日には、我々は絶望である。凍り付く私と店の従業員は『焼肉焼いても家焼くな』の見せしめとされるであろう。


 私は実家をバスターコールから守るべく、身を焦がすほどの焼肉欲を必死に耐えた。



 畢竟(ひっきょう)すると、コロナによるアクシデントが重なり外食自体が疎遠となった事こそが、独り焼肉へ至る最大の経緯(いきさつ)であった。

 緊急事態宣言が撤回された後も会食は控えるべきだと風潮が残り、私を孤独な肉食の道へと駆り立てるのである。


 しかし予想に反して独り焼肉は悪くなかった。むしろ最高であった。

 あにはからんや充実した時間を過ごせる、そう! 焼肉は独りで食べる方が美味しいのだ!!


 以降、私は焼肉は独りで食べるものだと考えるようになった。

 確かに大勢で食べる焼肉は楽しいかもしれないが、純粋な焼肉の味を競うならば独りで集中して焼いた肉の魅力に勝るもの等ない。


 そうして今日も私は独り店で肉を焼くのである。

 そんな私を店員は「早く帰れ」と鬱陶しそうな視線を向けていた。




 

 




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― 新着の感想 ―
[良い点] 全て
[一言] コロナは辛い、わかりますよ〜(´;ω;`)
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