異世界踊り子見習いの聞き語り ふわふわなツクモ~魔輝石探索譚異聞~
ウィアはリビエラ姉さんの踊りに惚れた。とことん惚れた。
だから見習い兼子守りになり住み込みでついて行く。そう心の中で情熱的に誓った。
ウィアは10歳になってから家の仕事である、酒場の裏方や給仕を仕事見習いとして始めた。特に特技も無かったし勿論、三歳の時受ける石授の儀で魔石を内包することもなかった。
もともと真面目に酒場兼、宿屋である家の手伝いをしてきたけど、親の仕事は兄さん達が継ぐ。
遣りたいことは、 “ここ以外の何処かに行くこと” だけど何も持ってない自分には行く当てもない。
そんな普通過ぎる日々の中、酒場の舞台でやる踊り子リビエラに出会った。
背中に大きな傷のあるおばちゃん。
最初見た時はそう思った。
彼女達の一座は年に一度ディレットの街にやって来る。去年まで店の中では働いたことが無かったウィアは初めて見かける一座だ。
他にも踊り子のいる団は見かけた事はあるが、若い綺麗なお姉さんがバーンでボーンな感じ以外特に特徴もなく気にもならなかった。
リビエラの一座がやって来た日の客層は何だか普段と違う。
『絶対うちの酒場じゃあ飲まないでしょ?!』
そういう感じの、思わず心の中で突っ込みを入れたくなるような高級感溢れる人達まで店に入って来た。
「あのおばちゃんって何?」
あまりにもいつもの様子と違っているので、舞台が始まるのを待つ常連のおいちゃんにウィアは聞いてみた。
「はっはっあ、ウィアはまだ見たこと無かったんだな。見れば分かるよ!」
何人かに聞いたがみんな同じことを言う。
「見てみるのが一番さ!」
父さん母さんも兄さん達までもが口を揃えて言う。
『そんなに言うんなら見てやろうじゃないか!』
この歳で既に勝ち気なウィアは何だか誰に挑まれた訳じゃないけど挑まれた様な気がした。
『此を受けなきゃ女が廃る!!』
10歳のウィアは肩で風を切る気分で受けて立つため舞台影に座り込み待ち構えた。
既に客は席に着いている。
酒場のザワつき感はまだ残るが、照明が落ちると少しずつ静まっていく。
音合わせの弦をはじく音が聞こえる。
単調で落ち着く音。
その中で更に耳を澄ますとステップを踏みしめる音も聞こえてくる。
直前まで続いたそれが消えると一瞬の静寂が訪れる。
そこから、何処かで聞いたことの有るような旋律が加わり、踊り子が一人出てくる。
シルエットのみの踊り子は静かに音に乗りリズムを合わせ表へ出てくる。
そこには色々な国の物語や景色が広がる。
大きい街には魔石を使った幻想奇術と呼ばれるものを見せる一団もあるようだが、この団は多少魔石で照明の光を出したりする程度は遣るようだが、基本は躍りと音楽のみだ。
それなのになぜ景色が見えるのか分からない。
その切り取られた幻想の中で生活する人たちの物語が、リビエラの躍りと一緒に頭の中に浮かび上がる。
煌めく幻想が浮かび上がり消え…何度も繰り返す。
そして次第に激しく燃え上がるように舞い踊り…いきなり消える。
始まりとは別の、コトリとも音のしない静寂がじんわりと広がっていた。
その後の鳴り響く拍手と掛け声。一気に場が興奮と称賛の熱気に包まれた。
ウィアはなかなか気持ちを戻すことが出来なかった。
『完敗だ…』
心のなかに夢が出来上がる瞬間だった。
その日からリビエラに張り付いた。弟子入りするために。
まずは最初に見た後。直ぐに舞台袖に行き目を輝かせて伝えた。
「私を弟子にしてください!」
子供でも容赦なく返事が帰ってくる。
「オトトイおいで…」
暫くウチの宿に滞在しつつ舞台に立つと聞いたので、機会は山ほどある。自分で言うのも何だが、ウィアの自慢は諦めの悪いことだ。
「リビエラ姉さん、オトトイは来られないから今日また来ました!」
朝イチの爽やかな風を部屋に入れ清々しい気分で挨拶したら拳固をもらった…。
ある日は給仕をしながら躍りながら姉さんの食事中に飛び込んだ。
「貴女の躍りに惚れました」
「常識身に付けてから来るんだね」
リビエラ姉さんは、なかなか落ちてくれない高嶺の花…といった感じだった。
ある日、いつものようにリビエラに申し出た。
「弟子にして下さい。貴女の踊りを一生のモノにしたいんです」
いつものように素気なく断られると思ったが少し時間に余裕が有ったのか、質問が返ってきた。
「あたしがアンタに教える報酬は何さね…」
リビエラの質問に間髪入れずに答えた。
「身体で払います!!」
その返事に一瞬固まったあと、リビエラ姉さんの爆笑が響き渡った。
「アンタの身をあたしが貰ってもねぇ~ハハッハッ!」
意外に笑い上戸なのか中々笑いが止まらなかった。
「記憶に刻み付けられるような劇的な出来事なんてほんの数分、数時間のうちに起こる変化でしか無いんだよ。人生にとっては一瞬でしか無い出来事さ…それが一生引きずるモノだとしてもね…」
何だか難しい話をしてくれたリビエラをポカンとして口を開けて見ていると、更に真面目に答えてくれた。
「アタシ達の一座はこのヴェステをあちこち旅して、1年かけてグルリと回っている。だから次来るのも1年後だよ!」
ちゃんと話してくれるのは初めてだったのでいつも以上に真剣に聞く。
「アタシが言ってやれるのは、まずアタシじゃなくて話を通すのはアンタの父さん母さん…家族から説得しなきゃダメだろ!」
すっかり忘れていた家族のことを持ち出され、家族の事を失念していたことさえ忘れてたのを思い出した。
「もし1年後来たとき、ソレが出来てて気持ちが続いてたら考えてやるよ!」
もちろん諦めの悪い…情熱を持ち続けるウィアは即日でシッカリ親を説得した。
リビエラ姉さんの出す条件をクリアするため、あの辟易とする…もはや精神攻撃魔力か!!と言っても良いぐらいの諦めの悪さで無理矢理許可をもらい、次の公演を待ち続け再挑戦する。
「リビエラ姉さん、是非私を弟子にして下さい」
ウィアは勝ち取ったその自分の根性を心の中で褒め称えた。
当たり前かもしれないが、リビエラ姉さんには家族がいた。
一見、孤高の踊り子…って言う感じにも見えるのだが、家族の前ではウチの母さんと変わらぬドタバタ母ちゃんの様だ。
ウチの店に公演に来たときは子供をみかけなかったけど、一番下の双子がまだ小さかったので他の街で知り合いに預かってもらっていたらしい。
それまでは家族も連れて旅をしてたようで、今年からは再び一緒に行く。
そしてウィアは踊り子見習い兼、子供たちのお世話・雑用係として一座に加わることになった。
「はいはいっ!もう湯あみが終わった子は歯磨きしてください!!」
ウィアは言うことを聞かせるため精一杯大人っぽく号令をかけてみる。
「もっと遊びたい~姉ちゃんのいけず~」
サファルが早速悪態をつく。
「この時間に寝るって早くね?」
ニウカが理路整然と文句を言ってくる。
「おねえちゃん~のどかわいたあ~」
スティアがごねる。
「トイレいきたい」
ディアが主張する。
「お姉ちゃんディア漏らしちゃったみたいだよ」
ディアは主張してくれた時既に遅かったようだ。ルマは教えてくれるが決して面倒を見てくれるわけではない。
「……焦らず慌てず一つづつっ」
8歳男の子ニウカ、5歳男の子サファル、4歳女の子ルマ、2歳双子の男女ディアとスティア…5人のお世話係になって、2の月ほど。少しは慣れたと思ってもまだまだ朝晩は手一杯である。
家にいる頃、手伝いをして楽しかったのは旅人や旅芸人が話す知らない世界のお話を聞ける事だった。
小さい頃から聞き集めた様々なお話。自分がワクワクしたそんなお話を寝るときに話してあげる。
支度が終わるとサファルがねだってくる。
「そろそろお話ししてよ」
「今日は支度に時間がかかりすぎたから短めだよ」
ウィアは素っ気なく答える。
「この前話してくれた寂しいマルチカンがいい!」
「嫌だよ! この前話したばっかだし噛みついてばっかしだから寂しいんだよ!」
ルマの希望にサファルが文句を言う。
「うん。アレちょっと長めだからまた今度ね~」
中々決まらないが希望は止まない。
「じゃあ月土竜が見る夢の話は?」
「アレハ水浸しな話だから聞いてると便所行きたくなる」
ニウカが怖いことを言う。小さい子は途中で目覚めないと翌日大惨事…。
「それは困るね! じゃあ今回はツクモの話をするよ」
ウィアの提案に皆おとなしく頷いた。
「前に旅人から聞いたお話だよ。森っていう木がイッパイ繁ってる場所があるそうなんだけど。その近くに住んでる猟師が、ある日森のなかの木の上で震えている一匹の小さなフワフワで弱々しい獣の子供を。見つけたそうなんだ。とっても小さかったし弱っていたし角も生えてなかったので家に連れ帰ったそうなんだ」
ヴェステには森は無かった。少なくともウィアが知る限りでは見たことが無かったので子供達にも説明してみた。
スフィアはあくびをしながら続きを聞こうと頑張っているが、もう座ったままゆらゆら揺れている。
ウィアは小さい子達がそのまま寝てしまっても良いように寝床を整え続きを話す。
「その狩人は連れ帰って大層可愛がったそうなんだけど、1日経つ毎に食べ物の減る量が増えてってたのだけど、よく食べる獣なんだ…ぐらいにしか思ってなかったそうだ。そして1の週がすぎる頃には角付き猪…これは大岩蛇の大きい個体ぐらいあるそうなんだけど美味しいらしいよ」
夕食はしっかり食べたけど未知の食材に食欲をそそられるのは皆一緒だ。下の二人はもうしっかり夢の中のようだ。寝入った子供に上掛けを掛けてやり話を続ける。
「その獣が来てから1の週で2メル……家の扉位の大きさの狩りで得た獣が骨も残さず無くなるのはおかしいってことで、その猟師は小者な盗賊が日中押し入って狩の獲物をくすねて行くんじゃ無いかと思い、仕事に行く振りをして日中家に帰ってみたそうだ」
下から3番目の子は結果だけは聞いてから寝るぞと意気込み、眠い目をシパシパさせながら頑張る。
期待に応えて先を続けた。
「猟師はそーっと家に帰ると、獲物の置いてある部屋でガサガサ音がするので、盗賊が何人かで来ていることも考えてまず偵察してみることにしたそうだ。扉の下の木が欠けている所から覗いた。すると…薄暗い室内で無数の赤い光る点が蠢いている。寒気がした猟師は少し後ずさってしまい、持っていた短剣をコツンと床にあててしまった。するとドアの中で不規則に動いていた赤い点が全て此方に向いて止まった。赤い点は…」
あまり興味無さそうに本をみながら聞いていたニウカまで此方を真剣に見て聞いていた。
勝てた気分になれたウィアはちょっと偉そうに続けた。
「動かなくなった赤い点は一気に扉に向かって襲ってきた。猟師は家から走り出て後ろを振り返ると、あの震えていた弱々しいフワフワの獣が何千と扉に詰まって出られなくなりそうな位溢れていたそうだ。あの獣はその地域には滅多に居ない様な魔物であり、集団で狩りをしていく手合いだったらしい。たまたまその一匹を招き入れてしまいたまたま猟師の家だったので餌も豊富だった。ただ、もしそれが無ければ餌にされていたのは…」
ウィアはニッとちょっと怖い感じで笑うとテキパキと動き始めた。
「さぁ、今日のお話は終わりだよ!」
「…ちぇっ、ショボい話!」
口の悪い8才のニウカが言う。
「まぁよく知りもしない怪しいモンは家に入れるなってことじゃない?」
「当たり前の事じゃん!!」
ニウカはひとしきり悪態をつくとポソリと言う。
「ウィア、何か歌ってよ。話も踊りも今一だけど歌だけは良いからさっ」
『いやっ、あんた達がさっさと寝てくれないから姉さんの公演をいつも半分しか見られないんだから覚えらんないんだよ!』
心の中で盛大に反論するが、ウィアは数少ない忍耐力を心の中から引っ張り出し、カチンとする言葉を受け流して子守唄を歌いはじめる。
皆のモゾモゾしていた動きが落ち着き静かな寝息が広がっていく。
「…ウィア」
まだ起きているニウカが呟く。
「若し、リビエラに追い出されても…」
またまた、地味に聞き捨てならない嫌なことを言う。
「…俺が一生雇ってやるから待ってて…」
そう告げるとクルリと反対を向き寝たふりをした。
なんだか可愛いい事を言ってくれるニウカの頭をぐるりと撫で、一日分の元気を補充させてもらった。
子守しながら、踊りの勉強をして雑用もするのは大変だけど、好きなことなら何だって遣ってやると思うのだった。
そして、見返せるぐらいの踊りと楽しいお話を用意してやるぞと頑張る事を誓うウィアなのであった。