秋の終わりの刻の中の。
よく晴れた日のこと。
少しだけ風が強かった。当たる陽は強く、寒くなってきたこの頃にはありがたいものだ。風さえなければ素晴らしい一日になること間違いなしだ。
とまあ、そんな秋の終わり間近という今日、俺は何をしているのかと言えば、大学の授業時間を勘違いし、電車の数も多いとは言えない地域に住んでいるため、絶望を全身で浴びていた。
いや、嘘だ。絶望なんてしちゃいない。実際はサボって寛ぐ午後の一時を楽しんでいた。要するに俺はクズで、そんな俺でも単位をギリギリ落とさず(一、二個は落としているが誤差だろう)進級もできている。世の中とか人生とかそんなものだろう。
舗装された川岸のベンチでそんなくだらないことを考えていると、いよいよ本来の授業時間も終わり、絶妙な解放感と満足感に似た感覚が背筋を這う。
風がさらに強くなってきた。散髪代を惜しんで伸びている前髪が風を巻き込んで顔を叩きつける。俺の前髪だというのに、やたら反抗的なものだ。それとも俺が俺自身を嫌いだと感じているからだろうか。
「くだらねぇ」
そう呟いてベンチを立った。すると突然、斜め右後ろから声が聞こえた。
「よ」
声だけで分かった。幼い頃からの腐れ縁なんだ、当然だろう。
「久しぶりだな」
そう言いながら振り替えると、随分と派手な金色に染めた髪をした、橋本がいた。
高校の頃と比べ物にならないほど明るい空気を纏っている、というわけではないが、そこはかとなく大学生活を楽しんでいる(あるいは楽しもうとしている)ことが伝わってくる。彼は元々明るい性格だ、大学でも苦無くやっているのだろう。
「派手だなぁ」
特に遠慮はいらないので思ったことをそのまま口に出す。
「これでも色落ちしたんだけど」
そう言いながら隣に座って、手に提げていたビニール袋から缶コーヒーをひとつ手渡してきた。
断る理由もないので素直に受け取る。冷たかった。
「冷えてんじゃねぇか。貰うけど」
はは、と橋本が笑う。変わらない笑い声だった。そのことにどこか安心した自分がいる。
「んで、今日は授業取ってないの?」
「いや、サボりだよ」
「お、やるねぇ。単位はダイジョブなのか?」
「一、二個落としたって、来年拾えばいいだろ」
「お前も落としたのか……。俺もしっかり二つ落としたよ」
しばらくの間くだらない話をした。落とした単位の授業はクソだとか、新作のゲームの批評だとか、大学周辺の飯屋が旨いだとか、あるいは俺たち二人ででっち上げた世界終末予想の話だとか。
そうこうしているうちに、陽の傾きが世界の色を変え始めた。いつの間にか風は止んでいた。橋本と別れ家路を行く。
人なんてものは案外簡単には変われないようで、橋本も俺も、大学に進学したからといって大きな変化はなかった。内側は変わらないのだから、きっと俺は、また授業時間を勘違いするし、ゲームが好きなまま年を取るし、単位は落として、そのくせくだらない話ばかりするのだろう。
けれど、今はそれでいい。
赤い世界のなか、また風が吹き始めた。