その7 ヤタの独白「がんばれ、僕の頭、狂うな、僕の頭」
あの日から、一週間が過ぎた。
ナミにスマホを壊され、公園の池に投げ捨てられた日から、一週間が過ぎた。
あの日から、僕はナミと一度も会っていない。
「ヤタ、昼休憩に弁当喰ってからでいいからさ、図書室に来てくれ。話があるんだ」
一限目の授業を終え、小便をして外へ出ると、トイレの前に親友のキュースケがいた。待ちかねていたかのように僕に近づき、こっそりと耳打ちすると、廊下の果てに足早に消え去った。
やっぱり、か。いよいよ、か。十中八九、僕と絶交するという申し出であろう。辛い。いつだって肩を組み合って遊んだ僕の親友が、今はこそこそと僕に話しかけてくる。人目をはばかっているのだ。
親友のキュースケ。今日からは旧友のキュースケと呼ぶべきか。彼とは中学からの付き合いだ。彼は文学青年で、無類の読書好きであり、自分で小説を書いて無料サイトに投稿などもしている。「面白い小説のネタが転がってねえかなあ」というのが、日常生活における彼の口癖だ。
スマホの無い生活を始めてから一週間になる。たかが一週間。されど一週間。僕にとってはこれまでの自分の存在意義を念頭から覆される、地獄の一週間だった。僕は、この一週間で、奈落の底へと下る階段を3段飛ばしで駆け降りた。
まず、リア友がいなくなった。友達が友達たるには何かしらの媒体が必要だ。例えば部活動のサッカーを媒介しての友達。アニメなどの共通の趣味を媒介しての友達。殴り合いの喧嘩を媒介しての友達。そう、僕の友達はみんなスマホを媒介しての友達だったのだ。至極当然の流れでスマホという媒体を消失した僕は友達を失った。みんなスマホの無いクラスメイトにあえて係る必要性など、どこにもないのだ。致し方のないことだ。ただそれだけの友達だったのだから。
言わずもがなであるが、ネット友達も消滅した。
「おい、ヤタ、お前のツイッターのフォロワー、一気に200人減ってるぞ」
「おい、ヤタ、お前のインスタ、更新が途絶えた途端、むちゃくちゃ悪口を書き込まれているぞ」
「おい、ヤタ、グループラインで、お前の誹謗中傷大喜利、大盛り上がりだぞ」
たまったもんじゃない。ネッ友の消滅どころか、ご丁寧にキュースケが、そんな報告を毎日つぶさにくれるのだ。
孤独。僕は今、高校生活という大海原で、遭難して漂う一艘の小舟だ。
スマホが欲しい。
スマホをこの手で操作したい。
誰か僕にアクセスしてくれ。
僕をフォローしてくれ。
僕に「いいね」を下さい。
飢餓感で、気が狂いそうななる。
麻薬中毒者が、ドラックを絶たれた時って、こんな感じなのかな。
今夜、両親に正直に言おう。「恋人が乱心して僕のスマホを壊してしまった。勉強いっぱい頑張るから、新しいスマホを買って下さい」きっとそんな訳の分からない恋人とはお別れしなさいと言われちゃうだろうな。いいじゃないか、もう、それならそれで。もとはと言えば全部あの女が悪いのだ。新しいスマホを手にして、かつての生活を取り戻そう。自分の存在意義を取り戻すのだ。いいじゃないか、ナミのことなんて、もう一週間も会っていないし、このまま自然消滅してしまえば……。
渡り廊下ですれ違う女子の集団が、明らかに僕を避けるようなモーションで通り過ぎる。
ついこの間まで、授業中にラインやメールを回して一緒に遊んだ女子たちだ。
ガラパゴスにも値しない、恐竜の化石のような高校生には、関与したくないのだ。
そよそよと吹く秋風にさえ、今の僕の頭は吹き飛ばされてしまいそう。
僕は渡り廊下の真ん中で、頭を抱えてうずくまった。自分の頭をも守った。
孤独! 孤独! 孤独! 孤独! 孤独! 孤独! 孤独! 孤独!
がんばれ、僕の頭、狂うな、僕の頭。
昼休憩になった。
僕はキュースケの待つ、図書室に向かった。
次回は、キュースケの待つ図書室にて、ヤタの独白の続き。