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その6 ナミの独白「この街の騒音に無を感じて」

ヤタのスマホを壊した日、自宅に帰ったナミ。

「ちょっと、ナミ!」


 母が怪訝な表情で、私の肩を掴んで呼び止めます。


「あ、ママ。何? 痛い、痛い、肩痛い。引っ張らないで」


「何じゃないわよ。お帰りなさいって、私、三度もあなたに言ったのよ。返事ぐらいしなさい」


「ただいま」


「何かあったの? 様子が変よ」


「別に。何もない。強いて言うなら、生理二日目」


「そもそも今何時だと思っているの!」


「ごめんなさい。チャコと遊んでた」


 ぶっきらぼうに嘘を吐き捨て、私は自室に籠ります。


 なるほど、家だ。ここは私の家。私は家に帰っていました。あれからどこをどうほっつき歩いてたのかよく憶えていないけれど、真っ直ぐに帰路に就いていないのは確かです。母に叱られて時計を見たら夜の8時でした。

 

 制服から部屋着に着替えようとして、その気を失ってやめる。来週に控えた国語の自由発表の作文を書こうと机に向かい、その気を失ってやめる。


「電話出来る?」


 親友のチャコにラインをする。


 既読。追ってチャコから着信。


「うぃーっす。お疲れっち。どうしたあ?」

 

「チャコ、相談したいことがあるの」


 私とチャコは、中学からの親友。実は私とヤタ君が付き合うきっかけを与えてくれたのも、このチャコでした。彼女は高校に入学してから他校のキュースケ君という生徒とお付き合いをしていた。そのキュースケ君の親友というのがヤタ君でした。チャコとキュースケ君のライングループに私とヤタ君がいたのです。ラインでトークをしているうちに意気投合して出逢い、私たちは付き合うことになりました。

 それから、チャコとキュースケ君と、私とヤタ君の四人で、何度もダブルデートをしました。ヤタ君と付き合ってから三ヵ月が経ちましたが、私たち四人は相変わらず親密な仲でした。


「実は私、今日ヤタ君のスマホを壊しちゃったの」


「げげ、マジっすか。ヤタ君、ヤバくない? 常軌を逸しちゃったんじゃない? あんたにこんなこと言うのも何だけでど、あんたの彼、重度のスマホ依存症だもんね。てか、あんた、わざとじゃないんでしょう?」


「うーん、きっかけは、うっかり。でも結局は故意、かな」


「はあ?」


「このままじゃ、ヤタ君の脳味噌のしわの隙間に詰まった垢までスマホに犯されてしまうような気がして……」


「気がして? 気がしてどうした?」


「石で叩き壊して、池に捨てた」


「ちょっと、怖いんですけどー。で、あんた、ヤタ君にちゃんと謝ったの?」


「何か、向こうが謝ってた。ごめんって」


「おいおいおーーい」


 ちなみに、私は極めてスマホに疎いのです。先日もチャコのスマホの着メロが私の大好きなミュージシャンの曲で、私もその曲を着メロに設定したかったのだけれど、私はダウンロードとかさっぱり出来ないので、チャコにお願いして同じ曲を私のスマホの着メロに設定してもらったばかりです。

 チャコは、ヤタ君のことをスマホ依存症だと言ったけれど、ここだけの話、私から見れば、チャコだって、立派なスマホ依存症です。いわゆるスマホ脳と揶揄されるに属する部類の人種のように思えます。そのことを踏まえた上で、私はあえてチャコに相談をしました。


「ねえ、チャコ、スマホって私たちの生活に、そんなに必要なものかな?」


「はあ、必要に決まってんじゃん」


「でも、これ、ただの家電だよ」


「ちょ、ちょ、ちょ、何言ってるの? 」


「これ、物理的には、ただの鉄とガラスのカタマリだよ」


「あんた、変だよ。ストップストップ!」


「人に害を及ぼすような家電なら、叩き壊せばいいじゃん」


「ストップだってば!」


 いつも冷静なチャコが、珍しく感情剥き出しの大声を上げた。


「あんた、スマホのマイクに向かって間違ってもそんな暴言を吐かないほうがいいいよ。知らないの? 私たち、人工知能に四六時中監視されているんだよ。あんた、下手したら時代に逆らう危険分子としてピックアップされるよ。グーグルやシリが何らかの手段であなたを抹殺に来るよ。あんた、人工知能に殺されちゃうよ」


「はい?」


「私は、スマホのことをたまたま体内に埋め込まれていないマイクロチップだと思っているよ。私たちは、管理され、操作さている。だから? 何か問題でも? 上等じゃん。超ハッピーじゃん」


「……チャコ、変だよ」


「嗚呼、人工知能様、私は何も失言をしておりません。人工知能様を侮辱したのは私の友人です。友人に代わってここに謝罪致します。お許し下さい。お許し下さい……」


 チャコがスマホの向こうで半笑いでじゃべり続けている。冗談か本気か分からないチャコの発言を聞いていたら、底知れぬ恐怖が込み上げてきて、私は思わず途中で通話を切りました。


 スマホなんて、ただの鉄とガラスのカタマリだ、と言った私。


 人口知能に、お許しください、お許し下さい、と許しを請う友人。


 変なのは、やっぱり私なのかな。


 私にスマホを壊されたヤタ君は、明日からどうやって生活をするのだろう。


 学校で友達にから仲間外れにされたりするのかな。


 私のせい。


 私の罪。


 部屋にあるドライフラワーを差した花瓶を手にする。花瓶を胸の高さまで持ち上げる。手を放す。花瓶が床に落ちて砕け散る。


 罪悪感の上書き保存。


 砕け散った花瓶の破片。今これに手を触れたら、私、きっと怪我をする。指先から血が流れる。


「どうしたの? すごい音がしたけど?」


 物音に気付いた母が、私の部屋のドアを開ける。


「ママ、ごめん、うっかり花瓶を割っちゃった」


「わ、あなた、手を怪我しているじゃない! 血が出ているじゃない!」


 母に止血をしてもらう。リビングで食事をして、また部屋に戻る。突然けたたましい騒音。今夜も家の外で水道の夜間道路工事が始まった。家の全面道路の交通量が減ったこの時間から連日続いている。


 建設機械の作動音。作業員の怒号。クラクション。


 ベッドに横たわり、耳をつんざく騒音に身を委ねる。


 指先の包帯に滲む自分の血液を、いつまでも見ていた。


 無。


 私は、この街の騒音に無を感じていました。




次回は、スマホの無い生活を始めたヤタの独白。

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