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その3 ヤタの独白「まるで僕の絶望を演出しているようだ」

公園の公衆便所から戻ると、ナミが僕のスマホを壊していた。

「ナミ、君、いったい何をしているの?」


 僕の彼女が何をしているって、僕のスマホを噴水の石積みの上に置き、路傍にあったテニスボールぐらいの大きさの石で、その液晶画面をバッキバキに叩き割っているのだけれど。それは誰が見たって一目瞭然の光景なのだけれど。

 いや、違う違う、そーでなくて。この場合の「何をしているの?」はそういった意味での「何をしているの?」ではなくて。いわゆるひとつの「どうかしちゃったの?」と同義語の「何をしているの?」なのだ。


 恐る恐るナミに近づく。足元がふらついている。十七歳にして初めて立ち眩みの感覚を知る。胃を鷲掴みにされ揉みくちゃにされているような不快感。喉元まで胃酸。さっきここに来る前にコンビニで買って食べた焼きそばパンの味。


 僕の問いかけに気付いたナミが、僕のスマホを水戸黄門の印籠のように僕に突き付け、金切声を上げる。うわあ、液晶画面、バッキバキ。見るも無残な有様。


「あなたの為! これは全てあなたの為なの!」


 くわっ。生あくび。生あくびって過度のストレスによる脳の酸素不足を解消するため、上がり過ぎた脳の温度を調節するために出るらしいよね。


「この際だからハッキリ教えてあげる! あなたは真性のスマホ脳!」


 くわっ。生あくび、ふたたび。


「でも安心して! 私があなたをスマホから救ってあげる!」


 くわっ。生あくび、ハットトリック。


「ねえ、ナミ、一旦深呼吸しようか。少し落ち着こうか」


僕は、まあまあまあ、のジャスチャーで、人里に迷い込んだ野生の猿を捕獲するみたいに、ゆっくりと慎重にナミとの距離を縮める。


「私は落ち着いています!」


 そう雄叫びを上げ、野猿は、また黙々とスマホを石で連打し始めた。


「ちょ! ちょ! ちょっとおおお!」


 さすがにこれはマズイでしょう。僕はナミを羽交い絞めにして、ナミの手から僕のスマホを奪い返そうとした。ナミが懸命にそれを阻む。阻むナミを僕が阻む。阻むナミを阻む僕をナミが拒む。


「こんなもがあるからいけないのよーーー!」


 秋の始まりの夕暮れ、僕のスマホは綺麗な放射線を描いて宙を舞い、トップンという音を立て噴水の池の中央辺りの水面に呑み込まれて消えた。


「はあ」という僕の落胆の溜息と同時に、公園内に午後5時を告げる音楽が流れる。音楽に合わせて噴水が天高く噴射する。水たちが乱舞している。淡いピンクや紫のイルミネーションが迫り来る夕闇に輝く。


 まるで僕の絶望を演出しているようだ。


「謝ってよ」


「え?」


「ヤタ君、私にちゃんと謝ってよ」


 何故に? 何故にスマホを壊された僕が謝罪をせねばならぬのだ。この女は、さっきから何を言っているのだ。この女は、狐狸物の怪のたぐいに取り憑かれてしまったのではないのか? ああ、興味本位でこっくりさんなんかするんじゃなかった。いやいやいや。違う違う違う。僕たちは、こっくりさんなんてしていない。もう本当に訳が分からない。もういい加減にしてくれ。馬鹿にしやがって! コケにしやがって! 舐めてんのかこのアマ! 草食系男子をいつまでも舐めているとどうなるか思い知らせてやろうか、おおう!


「……ごめん」


 おーーーーーーい、自分!


「ヤタ君、分かってる?」


「は?」


「私が何で怒っているか、分かっている?」


「……分かってるよ」


「分かってない! ヤタ君、全然分かってない!」


……どーせいちゅうの? ったく。


「帰って! 顔も見たくない! 出て行って!」


 お前の家かよ。公園っすけど。


 瞳にいっぱい涙をためているナミをその場に残し、僕は乗って来た自転車に跨って公園を出た。さあ、もうすぐドラッグストアのバイトの時間だ。急がなきゃ。それらか家に帰って、お風呂に入って、今日の晩御飯はカレーだってお母さんが言っていたな、カレーは大好きだな、楽しみだな。


 煙草の自動販売機の角を曲がって、緩やかな坂道を立ち漕ぎで下った。


 ナミのやつ、今にも泣き出しそうだった。て言うか、泣きたいのはこっちだよ。


 やぶ蚊が前方から勢いよく僕の左の眼に飛び込んで来る。まぶたの裏側に違和感。涙が出た。


 あーよかった。涙を流すもっともらしい理由が出来た。


 緩やかな坂道を立ち漕ぎで下りながら僕は、悔しいやら、悲しいやら、恐ろしいやら、我ながらそんな正体不明の涙を流し、向かい風の中でめざめと泣いた。



次回は、同刻同場所にいたナミの独白。

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