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その2 ナミの独白「危惧の念を抱き始めていたことは確かです」

これは、前回のヤタの独白の、同刻同場所にいたナミの独白です。

 このままでは、彼の頭がおかしくなってしまう。

  

 そこはかとなく、そんな危惧の念を抱き始めていたことは確かです。


 私の彼の名前はヤタと言います。ヤタ君は出会った頃から、暇さえあればスマホを見ている男の子です。


 ヤタ君と付き合い始めた頃なんて、ファミレスで二人でお茶をしている時も、彼は私から話しかけない限り無言でずっとスマホの番をしているのです。マジ笑っちゃうぐらい、ずっとずっとスマホを見ているの。


 そうかと思うと、目の前に私がいるにも関わらず「ボチボチお店出ようか?」なんて、ラインで私にコメントを発信したりする。いや、しゃべれよ! テメーのカノジョさん目の前にいんだろ!

 

 ヤタ君の話題はいつも、ヤフーニュースの記事とか、ツイッターやインスタやユーチューブの話ばかり。例えば私が友人関係の悩みや将来の進路の悩みを相談しても、スマホで適当な解答を検索して、さも自分の意見のように述べたりする。


 それでも私は、誰に対しても優しくて物腰の柔らかい彼のことが大好きだし。彼も私のことをきっと誰よりも好きでいてくれている。私のことを世界一大切な人だと想ってくれている。何故かそんな根拠のない自信だけはふんだんにあって、まあ、今日に至る訳なのですけれど。


 長い酷暑を終え、やっと涼しくなりました。秋の始まりの心地よい風が顔を撫でては吹き去ります。


 鳥の綿毛が空から降ってくるので見上げると、病気の鳩が夕空をクルクルと痛々しいほど病的な飛行法で飛んでいます。


 干からびた軍手って気持ち悪いのよね。だって地上に這い上がりかけて死んだ地底人の手みたいなんだもの。


 スマホ画面を凝視しながらベビーカーを押す金髪のママが、不機嫌そうに私たちの前を通り過ぎて行く。ちょっと、ママ、ベビーカーで赤ちゃんが泣いているじゃない。スマホなんか見てないで、あやしてあげなよ。


 でも、赤ちゃんの泣き声って、何だかいつまでもずっと聞いていたい気持ちになるから不思議ね。癒しの音色。


「これ、見てよ、決定的瞬間。爆笑不可避。」


 噴水の石積みのいつもの定位置に並んで座り、ヤタ君がスマホで撮影した写真を見せてくる。楽しい時間。幸せな時間。人見知りで口下手だったヤタ君の口数が、最近段々と増えてきたことが、私は素直に嬉しい。


「何これ、マジうける。ずっこけているの、これ誰? キュースケ君? だはは、仰天するとは文字通りこの表情、あはははは」


 私はいつも精一杯のリアクションでハチャメチャに笑ってみせる。そうすれば、もっともっとヤタ君が私に話しかけてくれる気がするから。


「ナミ、今度の日曜日どこ行く? たまには電車で遠出をしてみるかい?」


 ちょ、ちょ、ちょ、ちょいと神様聞いた? あのヤタ君が、私を小旅行に誘ってますけど。


「おお、いいっすね。私、景色が綺麗なところに行きたい。海とか見たい」


 平常心、平常心、こういうサプライズには、逆に素っ気なく対応したほうが、相手にとって過度の負担になるまい。


「名古屋港水族館とか行ってみる?」


 きゃーーーーーー!


「ほら、見て、イルカのショーの演出とかハイテクで凄いってみんながコメントしているよ」


 違うよ、ヤタ君。そうじゃないよ。SNSのコメントなんて関係ないよ。僕、水族館に行きたいんだ。ナミ、僕に付いてきてくれ。ただそう言って笑ってよ。ヤタ君の行きたい場所が、私の行きたい場所なんだよ。


「ほら、どの口コミも高評価だよ。楽しいこと間違いなし。今週の日曜に行こうよ」 


「嬉しいっす! ヤタ君、私、テンション上がるっす!」


 とかなんとかウジウジ考えながら、でもやっぱり嬉しさを堪えきれず、ヤタのスマホを横取りして画面をノリノリでスクロールしてしてしまう私。


「ナミ、僕、ちょっとオシッコさんに行ってくるね」


「うぃーーっす」


 ヤタ君が公園の果てにある公衆便所に走って行く。漏らすなよ少年。


 ポロロン。

 

 ヤタ君の後ろ姿を見送ると、私のスマホにラインの着信音。おや、誰だろう。あ、親友のチャコからだ。私はヤタのスマホを噴水の石積みの傍らに置き、自分のスマホの画面を確認した。


 チャポン。


 あら、世にも不吉な音色。


 そう、私はヤタ君のスマホを噴水の石積みの傍らに確かに置いたつもりだった。でも、それは私の希望的観測であって、現実的かつ物理的な状況としまして、スマホは噴水の池の中に、無慈悲に水没していたのです。


 私は慌てて水の中からヤタのスマホを救出した。液晶画面は漆黒の闇の如し。やっばい。どうしよう。祈るような気持ちで水浸しのスマホを起動させる。まるで反応なし。ご臨終。ああ、終わった。私の恋愛、本日をもちまして閉店ガラガラ。命の次にスマホが大事と言っても過言ではない。そんなヤタ君のスマホを水没させてしまった。

 

 謝ろう。うっかり水没させちゃった、ごめんね。そう正直に誤れば、優しいヤタ君のことだ、きっと許してくれる。

 

 わ、わ、わ、公衆便所でオシッコさんを終えた彼が、こちらに向かって走ってくるのが見える。

 

 あわわわわわわわわ、どうしよう、どうしよう、ヤタが来る。奴が来る。いやいや、どうしようも何も謝るしかないでしょう、あーた。今更何をおっしゃっているのよ、あーた。さあ、ほら、ヤタ君が戻って来たわよ、あーた。さあさあさあさあ! 地面に頭を擦りつけて謝罪なさい! 



 このままでは、彼の頭がおかしくなってしまう。


 そこはかとなく、そんな危惧の念を抱き始めていたことは確かです。



 気が付くと私は、ヤタ君のスマホの液晶画面を、路傍にあったテニスボールぐらいの大きさの石で叩き割っていました。


「ナミ、君、いったい何をしているの?」


 今にもこの場でゲロリと嘔吐しそうな顔面蒼白のヤタ君が、恐る恐る私に近づいてくる。


「あなたの為! これは全てあなたの為なの! この際だからハッキリ教えてあげる! あなたは真性のスマホ脳! でも安心して! 私があなたをスマホから救ってあげる!」


 私は、無我夢中で金切声を上げていました。



 私たちの怒涛の物語は、すでに幕を開けていたのです。


 


次回は、ナミの奇行を目撃したヤタの独白。

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