4 薬師ともふもふ認められる
もふもふ成分少なめ。
結婚の約束をして、一晩が過ぎた。わたしとイルマリは離れ難くて、ソファで寄り添って眠った。
まずはわたしの両親に挨拶という話になって、イルマリはためらう様子をみせた。
「僕は半獣だけど、大丈夫かな。君の伴侶として嫌がられないかな」
このヒルシュ国では半獣はほとんど見ない。民族として知ってはいても、一生見ないで過ごす人の方が多いだろう。
半獣は、イルマリの国である北のキウル国と、南のミローネ国に多いと習った。キウル国でも、ほとんど北部に住んでいると聞く。
イルマリの住むカンガス領は、キウル国でも南の端だ。そのあたりでは珍しいのかもしれない。彼は先祖返りだと言っていたから、一族でもめったにいないのだろう。
彼のことを嫌悪する人もいるのだろうか。
このグリュ町では、イルマリは目立っていたが特別扱いはされていなかった。耳やしっぽを見ても、あるんだと、ただそれだけだ。
背がちょっと高すぎる人が最初は二度見される、そんな感覚だ。
この町の人たちのおおらかさもあるのだろう。小さな町だが、市が立ち他所から人が来るような往来の要所だというのも関係しているかもしれない。
もしかしたらもっと大きな街や閉鎖的な町は違うかも。
そう思ったところで、考えるのをやめた。イルマリが気にしているのは、わたしの家族だ。
わたしの両親は、骨董品や魔道具を扱っている商人だ。
珍しいものが大好きだ。価値観が、役に立つとか一般的とかよりも、綺麗や珍しいに振り切れている。
父は若い頃、国内外をあちこち旅して歩いていた。さまざまな人や物に触れるのが楽しかったと言っていた。
母は、わたしを薬師にしてくれたあの祖母の娘だ。祖母ほど「普通」に当てはまらない人はいない。母も同じだろう。
祖父はどんな人だったのだろう。わたしが祖母に会ったときには、もういなかった。
兄は、学校を卒業してから見識を広めると、やはり国外に行っている。店の商品の一部は、兄が見つけて送ってきたものだ。
父の両親は、父の兄と一緒に別の街で暮らしている。ひ孫も一緒に暮らしている。
三男の娘のわたしとは、誕生日にお祝いを贈り合う程度の間柄だ。
今は、祖父の誕生日には老化予防にもなる滋養強壮の薬を、祖母の誕生日にはいつまでもお肌がみずみずしく保たれる美容薬を贈っている。
子どもの頃にたまに遊びに行くと歓迎してくれたから、嫌われてはいないだろう。
親戚一同見回しても、獣人だからとイルマリとのつきあいを嫌がる人はいない。むしろ、珍しい人と親戚になれたと喜ぶ顔ばかりが目に浮かぶ。
国境は単なる目印と考えている人たちだ、隣の国に住むと言っても気にしないだろう。
両親は、ずっと独り身の予定だったわたしが結婚する気になったことに、大喜びするに違いない。
イルマリは、わたしの考えがまとまるまで待っていてくれた。わたしは彼を安心させるように笑いかけた。
「親戚一同、大歓迎よ。だれも反対しないわ」
ほっとしたイルマリの顔を見て、続けた。
「もしかすると、耳やしっぽを触らせてくれ攻撃に合うかもしれないけれど」
「勘弁して」
イルマリの眉毛が下がった。
「君の耳を触られると想像してみて。あまりいい気持ちではないよね。それに」
彼はためらったが、小さな声で続けた。
「しっぽを触らせるのは……女性が胸をさわらせるのと同じくらいの親密さになる」
「それって」
わたしとイルマリは、二人で赤くなった。
「それは失礼なことを」
それ以上言葉が続かない。
わたしって、最初からしっぽを触らせてもらってたよね。彼も先っぽならって許してくれてた。
「いや、僕は君に一目惚れしてたから、嬉しかったんだ。
君を目にする前に、匂いでそこに伴侶がいるってわかった。だから、魔イノシシに追われている君を見つけられたんだよ。
君を見て、触れて、やはり君だって確信した」
匂い! うっわぁ
わたしは複雑な気分だった。
そっかぁ、匂いで決められたのかぁ。
そう言えば、わたしも彼がいないときに、彼の匂いに包まれて眠ったんだった。他人のこと言えないわ。
「うん、みんなに会うときに伝えるね。お触り厳禁って」
「ありがとう。
アウロラは、いっぱい触ってね」
イルマリのしっぽが、またわたしの背中をさわさわと撫でた。
* * *
両親の住む街は、ここから国境と反対方向になる。
わたしたちは、まずわたしの両親に結婚の報告と挨拶をすることに決めた。
イルマリの両親の住んでいる街にわたしが移住することになるので、彼の両親への報告と挨拶は最後だ。
オラジュ街で両親に会ったあと、一旦ここグリュ町に戻り、町の人たちに挨拶をしてから、キウル国の国境へと向かう。
国境を越え、イルマリの家族が住むカンガス辺境伯領のヴィルコイ街に行って、そのままそこで結婚の準備をする。
行ったり来たりだけれど、それもまた楽しそう。
移動は、イルマリの白馬タハティ頼りだ。イルマリの魔法鞄があるので、荷物の心配なしに移動できる。
長距離の乗馬に慣れていないので、体が固まってしまうのが心配だったけれど、とりあえずはタハティで行ってみようということになった。
わたしの両親とは、月一往復程度、手紙のやりとりをしている。半獣と知り合ったことは、すでに伝えてあった。
彼らからは「羨ましい、自分たちも会ってみたい」と、返信があった。
まさか本当に連れて行くことになろうとは。
「父のガウナ・クーシと、母のユリカです」
「はじめまして。キウル国のイルマリ・カンガスです」
わたしの家族は、店舗の上に住んでいた。そこの応接間でわたしたちは向かい合っている。
窓側のソファーにイルマリとわたし、扉側に両親。
隣り合っているわたしたちに、両親は何か感じたようだったが、わたしが言い出すのを待っている。
イルマリの耳やしっぽに両親は目をキラキラとさせたが、さすがは大人の対応だ、何も言わない。
触りたいと思っているに違いない。母の指先がぴくぴくと動いてる。
「キウル国のカンガスさまと言うと、辺境伯でいらっしゃいますか」
父の問いかけに、イルマリが肯定している。
「カンガス辺境伯は、半獣の血を引いて武力に優れ、また魔法も優れている家系でいらっしゃるとか」
「そのように言われていますね。だからこそ辺境伯として国境を任されています。と言っても、このヒルシュ国とは何百年も友好関係で戦などないのですが。
今は主に魔物討伐で便利に使われています」
「それではイルマリさまも」
「はい。剣と魔法で戦います」
初めて聞いた。戦うことさえ、魔物の大発生で騎士と一緒に行くときに聞いたばかりだ。
わたしはこの人について、何も知らない。
チリチリと胸が痛む。
なぜ教えてくれなかったのかという気持ちではない。なぜ知ろうとしなかったかのか、自分で自分を責めているのだ。
「ふむ。アウロラは魔女の孫だから、相性はいいだろう」
え、お父さん、結婚についてはまだ何も言ってないのに、それ言っちゃいます?
ってより、魔女の孫って何?
わたしがよっぽど間抜けな顔をしていたのだろう。母に口を閉じろと目配せされた。
わたしは慌ててぽかんと開いていた口をつぐんだ。
「わたしの母ネルケは、先見の魔女でした」
母が口を開いた。
へ? そんなこと初めて聞くんだけど。
先見の魔女って、未来を見る魔女よね。おばあちゃんって、薬師じゃないの?
はてなマークがいっぱいのわたしを置いてきぼりに、母の話は進んだ。
祖母は夢で先見をする魔女だった。夢なので必要なものが見れるわけではなく、降りてきたものをただ拾うだけらしい。
なので普段は薬師をしていた。調合にも祖母の魔法が生かされているのだそうだ。
わたし、魔法は何も教わってないけれど。
ヒルシュ国民の義務の魔力検査をわたしが受ける前、祖母はわたしの先見をした。
魔法学校でわたしがつらい目に遭って絶望している夢だったらしい。その後、魔力が暴走する事故が起こり、わたしは命を失うと。
「だから、あなたがこの町の学校で婚約破棄させられたと聞いて、学校を変えても回避できなかったのかと、ちょっとゾッとしたわ」
え、お母さん、つらい目って婚約破棄のこと?
まあ確かに一ヶ月部屋から出ないくらいには絶望したけれど、家族がいてくれたから徐々に浮上できたわ。
あれが、首都にある魔法学校の寮で一人の部屋に閉じこもっていたと思うと、自分の精神がどうなってしまったか、考えるだけでわたしもゾッとする。
祖母はわたしを魔法学校に入れない方がよいと考えて、手を尽くしたらしい。
魔力があるものは皆、ヒルシュ国立魔法学校に入る義務がある。なので、魔力があるのを誤魔化すか、あるけれども入らなくてもいいようにするかのどちらかだ。
祖母はまず、わたしの魔力検査を神殿の個室で我が家だけで受けさせた。本来は何組か揃えて行うものだが、「魔女の家族だから」と祖母は押し切ったらしい。
わたしの魔力があったときに関係者以外は内緒にするためだ。
やはり魔力は魔法学校に入らなければいけないほど強かった。そこでさらに祖母はゴリ押しした。
魔女の弟子は特例して、魔力があっても魔法学校に入学する義務がない。もともとの魔法学校への入学義務が、魔力保持者の保護と事故防止だからだ。
わたしは魔力学校で魔力を暴走させて事故を起こすらしいけどね。
魔力の扱いを習わないと危険があるために、ヒルシュ国では魔力のあるものを探し出して魔法学校に入れている。
魔女の弟子は、そのまま魔女のもとで修行するか、魔法学校へ行くかを選べる。
祖母はそれを使ったらしい。
わたし、祖母の弟子になったのって、学校を出てからだったはずなんだけれどな。
わたしの怪訝な表情に、母が答えをくれた。
「あなた、お母さんのところに行くたびに、森に連れていかれて採取していたでしょう。薬草の見分け方も教わっていたでしょう。それが弟子って認められたのよ」
そういえば、小さい頃はよく祖母のもとに行って遊んでいた。
そうか、あれも修行だったのか。
「母があなたを自分のもとに呼んだのも、先見をしたからって言ってたわ」
卒業後、タイミングよく祖母に呼ばれた。
父か母が手紙を出して相談したのかと考えていたが、そうじゃなかったのか。
「というわけで、アウロラは先見の魔女の孫で、魔女の血を引いています。
薬師としても独り立ちさせたと言っていたので、どこに行っても役立つと思います」
父が始めた話を、母がまとめた。
「そうなんですね。調剤に魔法を使っていたので、不思議に思っていたのです。本人は気づいていないようだったので、よけいに」
え? 魔法を使っていた? いつ?
わたしはイルマリを見つめたが、にっこりとされただけだった。
記憶を遡る。
そういえば、大量に薬を作った最後にまとめておまじないをかけたところを、見られたのだった。いつもはイルマリが宿に帰ってからするが、あのときは時間がなかったのだ。
『これは一人でいるときにするんだよ。より働きがよくなるためのおまじないだからね』
祖母はそう言っていた。
そうか、あれは魔法だったんだ。わたしは魔法を使っていたんだ。
なんかニマニマと頬が緩むのを止められない。
そんなわたしに、イルマリは優しく微笑み、両親は残念な子を見るような目で見た。
「でもわたし、特に魔法って教わってない。それ以外はないんじゃないかな」
「私が教えますよ」
僕ではなく私というイルマリも、両親の前だからと丁寧語で接するイルマリも、なんとなくこそばゆい。
慣れてくれば、いつも通りになってくれるだろうか。
「ということで」
イルマリが、改まって言った。
「私はアウロラさんと結婚したいと考えています。我がカンガス家の次代辺境伯夫人になって欲しいのです。
クーシ氏、クーシ夫人、許していただけますか」
真剣なイルマリに、両親も居住まいを正した。
「我が国には貴族制度がない。町娘として育ち、貴族としての振る舞いは教えていないが、それでも良いでしょうか」
父の言葉に、母も追加した。
「行き遅れの娘です。カンガスさまは、まだお若い。いくつも年上のうちの娘でいいのですか」
両親の言葉に、イルマリは身を乗り出した。
「ぜひ、アウロラさんと結婚したいのです。アウロラさんしかいません」
熱のこもった彼の言葉は、わたしの胸を熱くした。
「アウロラ、いいのね」
母の最終確認に、わたしは「はい」と答えた。
「どうぞ娘をお願いします」
両親はイルマリに頭を下げた。イルマリも同じくらい深く頭を下げてそれに応えた。
夕食にはご馳走がこれでもかと並んだ。思いもかけない婿の出現に、両親が盛り上がった結果だ。
父はイルマリに地酒を勧めている。居間に飾ってあった魔道具を二人で見ているから、その話で盛り上がっているのだろう。
母とわたしは、祖母の小屋と薬師のことについて話していた。
できれば誰か薬師に来てもらいたいが、旅をして一ヶ所に留まらない祖母に相談する手段がない。
「心配しなくても大丈夫よ。ネルケおばあちゃんが、きちんとしてくれるから」
母の話だと、いままで祖母に関することで困ったことがないらしい。いつもはふらふらしているのに、大事なときにはきちんとその場にいるのだそうだ。
「もしかしたらあなたたちの結婚式にも現れるかもね」
ちょっとそれ怖いかも。でも、おばあちゃんならありうるかも。
わたしは複雑な気持ちだった。
兄には連絡をとって家に来てもらうらしい。兄が早く気づけば、結婚式に間に合うだろう。
今後の話し合いのために二日泊まって、わたしはイルマリと小屋へと帰った。
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=覚え書き=
・ガウナ・クーシ アウロラ父、骨董品店経営
・ユリカ アウロラ母
・フランツ アウロラ兄
・ネルケ・タンネ アウロラ祖母、魔女、薬師