#5 ホロホロ牛のサンドイッチ〜移動する屋台とバフの覚醒〜(3)
「俺をこの店の一人目の客にしてくれ。あと俺が行った時はタダにしてくれ」
「いきなり2つ条件があるが」
「細かいことは気にするな! そして、無理だと言わないってことはお買い上げ確定ってことだな?」
「……ああ、ありがとうな」
「そんじゃ、早速なんかつくってくれや! 1週間ぶっ通しで走り回って作ったもんだから、はらぺこなんだ」
「食材はあるのか?」
「ボックスの中に市場にあるもんは適当にぶちこんどいたよ」
ディメンションボックスは、ものを思い浮かべて手をいれると、それが入っていれば取り出せるというものだ。
ビルは魔法大工。魔法を絡めた仕事とはいえ、力仕事が中心だ。何か塩気の多いものがいいだろうか。
「肉は好きか?」
「もちろん!」
「がっつりしたのを用意しよう」
「おう、楽しみだ!」
カウンターにどかっと座ったビルは、太い指をくるくるさせながら楽しそうに待っている。
自分の料理を楽しみにしてくれる人がいるだけで、こんなに気持ちになる。
王宮では、現ルイス王は常にぴりぴりとしており、食事の間もただただ緊張感が漂っていた。なんでもおいしそうに食べてくれた先代の王の時代を思い出す。
「さて、入っていればいいが」
グラニスは、ディメンションボックスに腕を突っ込む。
そして、ホロホロ牛を思い浮かべる。
手に大きな塊が乗っかった。
取り出してみると、大きな肉の塊。
ほどよくサシが入ってうまそうだ。
「おお、あるじゃないか!」
「ああ、ホロホロ牛だな! 高級なやつじゃないが、勘弁してくれ」
「他にはどうだ…」
王宮で使うような珍味や超高級食材はやはりはいっていないようだが、ビルの言葉通り、市場にあるようなものはだいたい揃っていた。
キャベツと辛味噌、塩、オリーブ油にバター、そして堅焼きのパンを取り出す
「もうできたか?」
「食材を取り出しただけだ、焦るな焦るな」
まな板の上に、師匠からもらった包丁を置く。
この包丁も不思議な包丁だ。見たことのない金属でできており、白銀色に光り輝いている。
そして、この包丁を握ると、どんな食材でも思い描いた通りに切ることができるのだ。
まずは、ホロホロ肉の塊を薄くそいでいき、軽く塩をふっておく。
キャベツは1玉を半分に切って、千切りに。
堅焼きのパンは半分に切って開き、内側にバターをたっぷり塗っておく。
「火をつけたいんだが薪はどこだ」
「ああ、薪はいらねぇんだ」
「それでどうやって火をつけるんだ」
「そこのレバーをひねってみろ」
指示されたレバーをひねる。
と、丸く開いた穴から火が吹き出てきた。
「火の魔石に空気が当たって火が出る仕組みだ」
「天才か」
「そうだ、俺は天才なんだ」
ビルは、カラカラと笑う。
グラニスは、見たこともない仕組みに驚きながらも、さらに2つの穴から火を噴き出させ、その上に大きめの鉄板を置く。
鉄板があったまったところに、オリーブオイルをたらし、左半分にさきほどのホロホロ牛の薄切りをざっと乗せる。
ジュゥゥ!
音ともに、煙が立ち上り、肉の焼ける匂いが広がる。
簡単に炒めつつ、バターを塗った堅焼きのパンも鉄板の右半分に乗せる。
今度はバターの匂いが広がる。
「おうおうおう!! いい匂いさせるじゃねぇか!!」
パンからじゅわじゅわと音を立てながら、バターが溶け出してく。
火が通りきらないうちに、ホロホロ牛の焼肉の方には辛味噌をたっぷりとからませる。
「そろそろか」
カリッと仕上がったパンを鉄板からとって皿の上に乗せる。
片方のパンにキャベツをどっさりとのせ、その上にさらに辛味噌味の焼肉をたっぷりと。
そして、もう片方のパンで上からぎゅっと押しながら、サンド。
パンから溢れ出た具材が食欲をそそる。
なんの変哲も無い、王宮では絶対に出さないカジュアルな料理だ。
「お待たせ、ホロホロ牛のサンドイッチだ」
「なんだ肉がはみでてるじゃねぇか! うまそうだ…」
カウンターで今か今かと待っていたビルは、大きな手でむんずとサンドイッチをつかみほうばる。
「うめぇええええええええええええ!!!!!!」
ものすごい大声だ。ご近所さんがびっくりして、怒りの突撃に来てしまうのではないか。
「グラニスさんよぉ、こりゃうますぎるぜ! なんか混ぜたか?」
「しいていうなら、愛情かな」
なんの変哲も無い料理だ。昔、田舎にいたとき師匠がよく作ってくれた。
「うまいだけじゃねぇのよ! なんか力がみなぎってくんのよ!」
確かに、ただでさえ筋骨隆々だったビルが、さらにひとまわり大きく見える。
「この感覚……覚えがあるな……バフ魔法か」