#32 ツルギイカのフリット〜ゴンドラのエルフと堤防の釣り人〜(4)
「あなたが、エルメスさんですか?」
エリーゼに近くまでつけてもらった堤防には、確かに1人の男が釣り糸を垂らしていた。
まだ若く見えるその男には、犬のような頭に耳と尻尾が生えている。
コボルトの血が入っているようだ。
釣り人は、堤防から腰を下ろし、グラニスたちの方を向かずに答える。
「そうだが、鑑定ならやらないよ」
「まだ何も……」
先に断られてしまった。
「なんか無愛想な人っスね」
ミルカがぼそっとつぶやく。
「聞こえてるぞ」
エルメスの耳がピクピク動く。
「まぁいいが、こんな釣り人に話しかけてくる奴なんか、だいたい鑑定希望くらいだ。どこで噂を聞きつけたか知らないが」
「あんたが優秀な鑑定士だと聞いてトルキアまで来たんだ」
「うるさいうるさい! 魚が逃げるだろ、どこか行ってくれ」
エルメスは、邪険そうにシッシッとグラニスたちを手で払う。
どう見てもまだ一匹も釣れていなさそうだが。
「不思議なの包丁なんだ。食材に触れると、強化魔法の効果が……」
「みんなそういうのさ。『これはお宝なんだ!』『これはすごいものなんだ!』って。ただ高い鑑定が欲しいだけのくせしてさ」
ぼそっとつぶやく。
「そうだな……大物が釣れたら見てやるよ! お前の包丁とやら」
「じゃあ待ってればいいっスね」
「ああ、だがここにいるんじゃねぇよ! こっちは釣りで忙しいんだ」
「これのどこが忙しいんスか」
「……」
取りつく島もなさそうだ。
◇
仕方がないので一度諦めて、屋台の準備を始める。
大物が釣れた瞬間を見逃さないように、エルメスが見える位置の海岸沿いに構えることにした。
「夕日が綺麗っスねぇ!」
海に夕日が沈んでいく。水の都トルニカのカラフルな街が、このときだけは茜色一色に染まる。
「店主グラニス・ヨシノが命じる、開けヨシノヤ!」
傷まないうちに、ディメンションボックスに買い込んだ食材を入れ込んでおく。
今晩はせっかくなので、ツルギイカをつかうことにする。
まずは、危ないエンペラの剣の部分を切り落とす。
こうしてしまえば、サイズがかなり大きいイカという感じで、処理できそうだ。
「このつるぎの部分は、しっかり煮るとコリコリになっておいしいらしいっスよ」
なんだこいつのグルメ情報力は! そこまで知っているのに、料理が下手なのはなぜだ。豪快がすぎるのか。
足と内臓を取り外し、胴体の部分を筒切りにする。
輪切りのツルギイカに、クレナイ鶏の卵をといてからませ、小麦粉、パン粉をつけて、高音の油でざっと揚げる。
油からとって少し休ませれば、サックサクの「ツルギイカのフライ」の出来上がりだ。
ゲソの部分は唐揚げに。ツルギの部分は、醤油とみりんでやわらかく煮込んだ。
それぞれを皿に乗せ、カウンターに並べておく。
日もとっぷりと暮れてしまった。クリスタルのランプに魔石を入れて灯りにする。
街中も次々と明かりがつき始める。
「これが移動屋台ってやつかい」
「おい、なんでこの屋台浮いてるんだ!?!?」
「おうおう、もうやってるか?」
水上マーケットで世話になった魚屋のドルジが、漁業関係の仲間を連れてやってきてくれた。
「ああ、今ちょうどできたところだ」
「ほぉ、早速ツルギイカ尽くしだな! エールに合いそうだ!」
ドルジたちに釣られて、道ゆくお客さんも次々やってくる。
「えっ、このフライすんごいサクサクなんですけど!」
「うんめぇえええええええ!!!!!」
「おい、なんか俺今ならどんな奴でも一撃で倒せる気がする……」
「なんだそりゃ、ガハハハ」
「お姉さん、エールお代わり!!」
「順番に待つっス!!」
おかげさまで、初日から大繁盛だ。
エルメスも寄ってくれるかと期待したが、目もくれずにそそくさと帰ってしまった。