#3 ホロホロ牛のサンドイッチ〜移動する屋台とバフの覚醒〜(1)
1週間後、グラニスは酒場から20分ほど歩いたところにあるビルの工房にいた。
巨大な倉庫にみたことのない道具がガチャガチャと転がっている。
そして、驚いていた。
「ビル、これは...」
「ああ、俺の持てる魔法大工の技術を全部注ぎ込んだ最高傑作だ!」
「最高傑作?」
「魔法駆動式移動屋台だ!」
ビルの工房にはぽつりと、小さな木製の箱があった。
行商人が両肩で背負うようなベルトのついた木箱だ。
「さっき"屋台"って言ってなかったか? なんだこの箱は?」
「これが屋台なんだよ」
どこからどう見てもただの木箱だ。
「ビル…この小さな箱で野菜を売るところから出直せってか?」
「違う違う! これが屋台なんだよ」
にわかには信じがたい。
「まぁ、お前さんになら騙されてもいいと思ったが、王都から出てけって言われてんだぜ。いまさら屋台なんか」
「普通の屋台じゃない、魔法駆動式移動屋台だ!」
「ま、魔法…屋台…?」
「おう!魔法駆動式移動屋台だ!」
ビルは鼻を鳴らし、自信満々のようだが、どう見ても普通の屋台に見える。
「お前さんが、旅に出るってんで、旅しながら料理できるよう、移動する屋台を作ってみたんだ」
「屋台が移動するわけないだろ」
屋台は屋台だ。王都の市場でも、干物や簡単なスープなどを出す木造の屋台は出ている。出てはいるが、簡易的といっても建物だ。壊す、組み立てるならまだしも、そう簡単に動かせるものじゃない。
「まぁ、聞けって。俺の師匠は、異世界から来たって言い張る不思議なおやじだったんだが、その親父の世界では、なんでも”ふーどとらっく”という屋台のバケモンみたいなものがあって、お昼時になるとどこからともなく他の街から集まって来るんだとよ。聞いた時は、また夢の話をしてんだろと思ったが、今回そのアイデアをちょびっと使わせてもらったわけだ」
「異世界か…」
グラニスの料理の元王宮料理人の師匠も、田舎でのんびりと小料理屋を営んでおり、異世界出身と語る不思議な人だった。
"すてーたす"や"れべる"といった謎の言葉をよくつかっていたが、彼の「愛情を込めろ!料理は愛だ!」という姿勢は今でもグラニスの基礎になっている。
「じゃあ、早速お前さんを登録しよう。店をやるんだったらどんな名前にするか考えたことあるか?」
「突然なんだ?」
「料理人なんだろ? 一度くらい、自分の店を持った時の妄想はしたことはないのか?」
昔はあった。王宮料理人になってからは、戦いの毎日で考える暇もなかったが。
師匠の店は『マツヤ』という名前だった。
本名のマツに、ヤというのは、異世界でお店のことを指す言葉らしい。
だから、自分の店の名前も……
「『ヨシノヤ』だ」
「『ヨシノヤ』か!いい響きだ!グラニス・ヨシノの名を世界に轟かせる店名だな」
「で、登録ってなんだ」
「ああ、この箱に手をかざしてくれ」
言われるがままに、木箱に向けて右の手のひらをかざした。
「そして、こう言ってくれ『店主グラニス・ヨシノが命ずる。ひらけ、ヨシノヤ!』」
「て、店主グラニス・ヨシノが命ずる。ひらけ、ヨシノヤ!」
そういうと、手から若干の魔力が放出される感覚とともに、木箱が……開いた。
開いただけではない、パタパタと広がっていき、ついには立派な屋台に変形した。
そして不思議なことに、少し浮いていた。