#10 歩き茸のピリ辛きのこスープ〜かわいい後輩はちょっとウザい〜(4)
グラニスは、日の暮れた寒空の下を疾走する全裸の女子をなんとか捕まえて、工房へ連れ戻した。
歩き茸のスープに唐辛子を入れて、耐寒効果が高くなるように思いを込めすぎたようだ。
ミルカにも事情を説明してやった。
「危なかったっス。街中を全裸で走っちゃ行けないんだよの罪で、捕まるところだったっス」
まだスープの耐寒効果が切れていないようなので、ミルカには、急ごしらえでロックミントのソーダを飲ませる。耐熱効果で、中和されるはずだ。
「愉快なちびっ子だな!」
ビルは、楽しげに笑っている。
「だから、ちびっ子じゃねぇっスから!レディですから!」
「レディは、全裸で街中に走り出さなないだろ」
グラニスは、ぐったりとしている。
「まぁまぁ、師匠。この可愛い後輩が来てあげたんスから、元気出してくださいよ」
「誰のせいで疲れてんだよ!」
「師匠のスープのせいでしょうよ!」
「……」
ぐぅの音も出なかった。
「そもそもミルカ、どうしてお前こんなところにいるんだ?」
「そりゃあ、師匠を追いかけてですよ!」
女の子はドヤッといわんばかりに、かわいく鼻高々にしている。
「よく、ここが見つけられたな」
「私は、王宮調理室のベテラン食材仕入れ担当スよ! 市場、交易商、いろんなところに私のネットワークは張り巡らされているんスよ!」
「それで、この『ヨシノヤ』の噂を聞きつけたって訳か」
「そうっス!」
ミルカは、王宮の下級料理人で、先王が崩御して以来、王宮内でグラニスのことを慕ってくれていた数少ない人物だった。
料理の腕はからっきしだが、食材を見る目は確かで、調理室では主に食材の仕入れを担当していた。
商人の家の末娘で、実家が食品の問屋をやっていた関係で、幼い頃から鍛えられているのだ。まだ若いが、ビジネスにも詳しい。
誰にも忖度せず、思ったことを口にしてしまう性格で、好かれる人にはとことん好かれるが、嫌われる人間にはとことん嫌われている。
「師匠、私もここで働かせてくださいよ!」
「いや、まだ試験営業中だ、人を雇うほどのことは」
「師匠に決定権はないっス! 私は、ここで、働きます!」
ミルカは、腕を組んでひとりでこくこくと頷いている。
「師匠のいなくなった王宮の調理場は、以前にも増して嫌なやつらばっかで、あんなところで働いてられないっスよ!」
「それでも、給料はそこそこいいだろ」
「金のためだけに働く人生なんてごめんスね!」
そこは、同意する。
まぁ、一人くらいならなんとか雇えるだろう。
簡単な作業は任せられるし、さまざまな食材に詳しいミルカがいてくれれば、バフ料理の研究も進みやすくなるはずだ。
「しばらくは薄給になるが大丈夫か?」
「任してください! こう見えて貯金ちゃんとしてるっスから!」