#1 バトルシュリンプのビスク〜追放された料理人〜(1)
「この料理をつくったのは誰だ!」
食卓を拳で叩きつけながら、ルイス王は叫んだ。
声は、豪華絢爛な夕餉の間に響き渡り、ビリビリとガラスが揺れる。
目の前には一杯の真っ赤なビスク。
最高級のバトルシュリンプを贅沢に使った逸品であり、王の大好物である。
食卓のそばには、10数名のコック帽を被った料理人たちがずらりと並んでいる。
そして、一人の料理人が、意を決したように一歩前へ出る。
「はっ。私、王宮料理人第一位のグラニスでございます。お口に合いませんでしたでしょうか」
激昂したルイス王は、ビスクの入ったスープ皿を腕で薙ぎ払い、床にビスクが血しぶきのように飛び散る。
「グラニスめ! なんだこの味は! 私を愚弄するのか!?」
王は、グラニスを睨みつける。
グラニスは混乱する。もう何十回とつくっている料理だ。
思い出しても調理工程にミスはない。味見もした。
一体どういうことか。
「失礼いたします」
グラニスは膝をつき、床に飛び散ったビスクを人差指でとり、なめた。
「まずい......」
明らかに、味見した時とは違う味だ。
魚介のうまみをかき消す、圧倒的な苦味が口いっぱいに広がる。
「先代からの恩も忘れ、王宮料理人第一位の座にあぐらをかいたか?もうよいお前はクビだ!出て行け!」
料理を運んだ者が、何か仕込んだに違いない。
ずらりと一列に並ぶ料理人たちは困惑の表情を浮かべているが、何人かは、少し薄ら笑っているように見える。
こいつらか。
「いや、ルイス王、これは......」
「聞こえなかったか? お前はクビだ。いますぐに王宮から、いや、この王都から出て行くがよい!」
王は席を立ち、自室へと向かう。
「なんと気分が悪いことか。夕餉は終わりじゃ、他の料理人どもも下がれ」
「はっ!」
ぞろぞろと料理人たちは、夕餉の間を後にする。
「ふっ、グラニスもこれで終わりだな」
「貴族の血もないのに、王宮料理人というのが不相応だったのだよ」
「違いないな」
「さて、次の第一位は誰になるのやら」
料理人たちは、わざと聞こえるように耳打ちしあった。
「残念だったがあんたも腕が落ちたようだな。あとは任せときな」
王宮料理人第二位のルメールが全く残念がっていない嫌味な笑顔を向けてくる。
「ああ、そうだな」
呆然とするグラニスの耳には届かなかった。
調理室に戻ったグラニスは、コック帽を生ゴミ入れにぶち込み、まな板の上に使い慣れた包丁を置いた。
昔、師匠からプレゼントされ、王宮料理人の道をともに歩んできた一振りだ。
気がつくと、グラニスは泣いていた。
「なんだこれは...一体、なんなんだ...」
王宮料理人は、王国の料理人の頂点にあたる存在である。
休みも少なく激務ではあるが、王族の生活を支える存在として、給料面等での待遇は非常によかった。
王の意向により、順位づけされており、第一位はそのトップを意味した。
王との面会機会も多く、時に功績により爵位までもらうこともできる重要職であったため、そのチャンスを伺い、家を継げない小貴族の次男、三男などが料理人の半数以上を占めていた。
グラニスは、庶民の出であるが、師匠である元王宮料理人の推薦でキャリアをスタートした。
調理場の手伝いからスタートしながらも、すぐに頭角を現し、先代の王に贔屓にされたことで、現在の第一位の地位を手に入れていた。
しかし、スピード出世は当然周囲の反感も買いやすく、先代の王が死んでからは贔屓の目もなくなり、特に貴族の血を引く他の王宮料理人からは疎まれていた。
「おいしくつくったのになぁ...」
ため息をつくグラニス。
調理室に、衛兵たちがずかずかと踏み入ってくる。
「グラニス・ヨシノ。いつまでここにいる。王命である。即刻、荷物をまとめここから出よ」
「言われなくても」
グラニスの、王宮料理人としてのキャリアは突然終わりを告げた。
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