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これからボクは、

作者: 矢宵羽鷺

 まだ、寒さの残る三月。

 ツライ受験戦争を勝利でかざったボクは、卒業式までヒマを持て余している。

 家でゴロゴロすれば親がウルサイし、友達と遊びに行くには、フトコロが心もとない。つまるところ、今日もこうして学校の屋上でボーッとしている。

 三年生はすでに自由登校だ。だから、登校するのは、進路が決まったやつが報告に来るか、決まって無いヤツが泣きつきに来るか、だろう。

 晴れた空を望む。遠くには富士山が半分だけ見えている。もう半分は、駅前の商業ビルに隠れている。

「入学した時は、ちゃんと見えたのになぁ…… 」

 練習している野球部の掛け声が、ここまで響いて来る。

 そういえば、部活もろくに出ないダラダラの中学生活だった。その割には友人がたくさんできたし、悪友ともなると一緒にイタズラしまくった。

 職員室に呼び出されることは当たり前で、生活指導でみっちり説教され、親まで登場したことも両手に余る。

 ま、ボクの青春の1ページは、充実した日々、輝けるアオハルだったかな。

 ルル、ルルル……

 ケイタイが鳴った。この着メロは母さんだ。すぐに出ないと、何を言われるかわからない。

『シュウ? 今どこよ』

「…… ンだよ。ガッコに決まってンだろ」

『鉄砲玉のアンタが、どこにいるかなんて、わかりっこないでしょ!! 』

 すでに口調が不機嫌だ。これはマズイ…… 、帰ってからのお説教が長くなる。

「用があったんだろ、なに、なに? 」

『あ、そうそう。アンタ学校にいるなら、高橋先生のとこ寄って、書類を返してもらって来て。いつでも良いって言ってたから。』

「わーった、わーった、じゃ」

 それ以上、何か頼まれないうちにとケイタイを切った。

 めんどくさいな…… と、思いながら、不精不精に立ち上がって、ズボンを軽くポンと叩いた。

 少し冷えた体に両腕を回して、屋上を後にした。


「おい、シュウ。お前なくすんじゃねーぞ。ちゃんとカアチャンに渡せよ」

「へーい、シツレーしまぁす。」

 高橋先生は「いつでも」の言葉通り、職員室にちゃんといて、難なく母さんのミッションコンプリート!

 職員室のせいか気分も盛り下がり、学校にいるのも飽きた。フラフラして先生の予言通りに、この書類を失くして、叱られるのも本意ではない。

 しゃーない、帰るか……。

くるっと昇降口へ方向転換しようとした時、廊下を走っていた野球部の下級生に思いっきり体当たりを食らった。

 「…… ッ痛! 」

 手に持った茶封筒が吹っ飛んで、中に入っていた書類が紙吹雪のように散乱した。

 「ぅわっ! せ、センパイ、すみません、あぁ、まて、うわぁ…… ! 」

 広がった書類をあわててかき集めると、深々と頭を下げて「シツレイしましたっ! どうぞ」と、書類を渡してくれた。その姿が、なんとも清々しい「野球少年」で、笑ってしまった。

「いーよ、いーよ。大丈夫だから」

 ホントにスミマセンでしたーー ! と、振返り謝りを繰り返し、前方不注意気味で走り去る後ろ姿が、危なっかしくて、また笑ってしまった。

 さてと、拾ってくれた書類を茶封筒に入れようとした時、変な文字が視界とよぎった。ギクリとして、その書類を広げると、住民票の写しだった。

 父の名前、母の名前、次にボクの名前。そして、ボクの名前の側には『養子』とはっきり記されていた。


 気づくとボクは公園にいた。

 夕日はとっくに沈んで、町は夜の装いを始めていた。いったいどのくらい歩いたのか、どこをどうしてココに来たのかも分からない。

 周囲に目をやると、見覚えのある恐竜の形をしたスベリ台があった。

 そうだ、小さい頃に父さんと、キャッチボールをした公園だ。あの砂場で母さんとトンネルを掘ったんだ。

 今の恐竜は、あちこち塗装が剥がれていて、みすぼらしく寂しげに見えた。

 そして、ボクの手の中には、クシャクシャになった住民票があった。

ルル、ルルル……

 さっきから、ケイタイが鳴っている。

 あぁ、母さんだ……。『母さん』でいいのか?

 顔を両手で押さえて、涙を隠した。ボクはどうしたら良いんだろうか?

 もう、何も考えたくない……!

ルル、ルルル、ルル、ルルル

 途切れなく鳴り続ける着信音は、考えるヒマも心を鎮めることも許してくれない。ついに絶えきれなくなって、通話ボタンを押した。

『いったい何時まで、ほっつき歩いてんのよ、シュウ!!! 』

 いきなりの怒鳴り声。いつものように悪まれ口で返そうとしても、のどが詰まって言葉にならない。自分の口から漏れるのは、嗚咽だけ……

『…… シュウ、どうしたの? 』

 ボクの様子がいつもと違うと気づいた母さんが、心配そうに問いかける。その声を聞くと、さらに涙があふれて止まらなくなる。

『シュウ…… ? 』

「ど、どうして、教えて、く、くれなかったんだっ!? 」

『…… え? 』

 母さんは聞かれていることが、全くわかっていないようだった。

『なんのこと言ってるのよ? 』

「くっ…… 、ボ、ボクは母さんと父さんの子供じゃないんだろっ!? 」

『?? イヤだ、なに言ってるの? あたしたちの息子に決まってるじゃないの。どうした、ん? 夢でもみた? 』

「…… ざけんなっ! 住民票に『養子』って書いてあるじゃんかっ……! 」

『………………!! 、ああっ!!! わ・す・れ・て・たっーー !!!』

 ようやくボクの言葉の意味を理解した母さんが「忘れてた」と言い放った。

 養子であることを『忘れていた』と言ったのだ。それほどに、ボクらは親子だったんだ。

 血の絆がなくても、一緒に積み重ねた時間が、新しい絆となって、ボクらを繋げていたんだ。


「おおーい、ここにいたのか、シュウ」

「と、父さん、どうして? 」

「おまえが夕食の時間なっても戻らないから、お母さんに探しに行けって追い出された。せっかく晩酌にビールの栓を抜いたのに…… 」

「受験が終わったからって、だらしない生活をするんじゃない」とゲンコツをふたつ食らった。母さんと父さんの分だと言った。

「おっ、あのスベリ台。シュウ、覚えてるか? おまえ、恐竜がコワイって大泣してさ、それを母さんが、『虎は子虎を谷に落とす』って無理やり滑らせたんだ。そしたら頭から滑って、顔じゅう擦りむけてさ、ガハハハ!!! 」

 ボクのシリアスな気持ちと真逆で、思い出し笑いが止まらない父さんに、「ボクって、養子なの? 」と聞いて、住民票を渡した。

「は? 寝ぼけてんのか、シュウ。 ん、なんだこれ」

 父さんは興味なさげに、住民票をボクに返して来た。

「さ、帰るぞ。母さんにシメられる、おっと、連絡連絡、ホウレンソウは大切に! あ、オレオレ、見つかったから今から帰るねーー 、え、どこって? ほら南町の公園、そうそう、恐竜のいるところ、ん、ん、んんんっ!? ぁわおおお、そっかそっか、そうだった、そうだった! 忘れてた、え、なに、お前も?? うひゃひゃひゃwwww、了解了解、後ほどーー 」

ボクはなにを思えばいい?? 父さんも「忘れていた」ことが明白になった。

「シュウ、せっかくだからスベリ台、すべってく? 」

 ボクは開いた口が塞がらないまま、苦笑いしている父さんの後に続いた。スベリ台は、恐竜の背中から階段を登り、長い首の部分をすべり下りる。

「お、せっまいな、シュウは大丈夫そうだな。こんなにハゲても現役なんて、子供たちに愛されてるんだな。シュウ行け、さあ! 」

 それが子どもたちに愛されている証拠ーー

 こんな能天気な両親に育てられたボクも、相当に能天気な息子に育った。そして、こんな忘れっぽい両親を相手に、ひとりで混乱したり落ち込んだりするのが、バカバカしくて面倒になった。

 そう、それに、ボクは両親を愛してるんだ。


 桜舞い散る春ーー

「シュウ、忘れ物ない? 」

「ったく、うっさいなーー 、いててて」

「この口か、口答えするのは、この口だな! 」

「オイオイ、朝っぱらから賑やかだな」

 いつもと変わらぬ朝、そして今日は高校の入学式だ。

 両親そろって式典に出席なんて、断固阻止しようと、あの手この手を尽くしたけれど、ついにこの日になってしまった。

「なんで一緒に行かないのよ、向かう場所は同じなのに」

「ふつう、高校の入学式に親は来ないし、ってか、来たら変だし。その後の学校生活のマウンティングに不利だし…… 」

 ボクの微力の抵抗むなしく、父さんと母さんは完璧に式典モードだ。

「いいこと、あまり文句ばかり言ってると、スマホ買ってあげないわよ」

 スマホと聞いて、ボクは途端に物分かりのいい息子になる。高校の入学祝いに、ガラケーからスマホへの昇格が約束されているのだ。


 これからもボクたち家族は、一緒の時間を過ごし、思い出を積み重ねる。ほんの少しずつ違う毎日を重ねて。だけど、ここには変わらない絆と、安心と幸せが約束されている。

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