第4話 勇者クレイ
エリオが消えた人間界のお話です。
残りの3勇者、クレイ、ガーディア、マリアナが登場します。
ここはエルクラウン王国の王都エルクラウドにある冒険者協会エルクラウン王国本部。
先の魔王ベルガーのエルクラウン王国侵攻では作戦本部としてここから多くの冒険者を送り出し、魔王の軍勢を撃退した事で知られ、今では勇気と実力を兼ね備えた冒険者達が最も多く集まる冒険者協会となっている。
その冒険者協会にある大きな会議室で今まさに怒号が上がっていた。
「バカな! あの男は何を考えている!?」
会議室の真ん中にある大きな長テーブルに拳を叩きつけながらそう叫び声を上げた初老の男はこの冒険者協会エルクラウン王国本部の最高責任者であるギルドマスター・ガウリ。
いかつい顔に黒の眼帯をかけたガウリの怒号は10人ほどが集まった会議室内に凄まじい緊張感を走らせていた。
そんな緊張感にある中、ガウリの対面に座る3人の男女は特に驚いた様子も平然とガウリを見ていた。
その中の一人の若い男が未だ興奮冷めやらぬガウリに質問した。
「それでガウリさんよ。いい加減俺達を集めた理由を教えてはくれよ。知っての通り俺達は暇じゃないんだ」
明らかに歳が上であるガウリにそんな言葉を投げかけた若い男の名はガーディア。
全世界に存在する冒険者の中でも最強の4人に与えられる勇者の称号を持つ4勇者の一人である。
そんなガーディアの言葉にガウリの隣に座っていたメガネをかけた事務職員の男が慌てた様子でガウリの前に置かれていた1枚の紙をガーディアの元まで手渡しにきた。
ガーディアは職員の男から紙を受け取ると、「へぇ?」と小さく呟く。
するとガーディアの2つ隣に座っていた女が「なによ? 私にも見せなさいよ」とガーディアから紙をぶんどり、その内容を確認する。
「なによ! これ!」
と大声を上げながら、女は紙をテーブルへと叩きつけた。
女が叩きつけた紙をガーディアと女の真ん中に挟まれ座っていた男が覗き見ると、見慣れた字でこのような事が書いてあった。
勇者やめます。探さないでくれ。
元勇者エリオ
男はたったそれだけが書かれた手紙を見て思う。
あぁ、やっぱりか、と。
思えばエリオはこの頃ずっと変だった。
失踪した元勇者リア=クリステアに代わり勇者として選ばれたというのにその役割を全うしようとはせず、何かを調べたり、隠れてこそこそとずっと何かをしていた。
それでもいつかはエリオが立派な勇者になると男はずっと信じていたのだ。
(リアさんが消えた辺りからか。エリオがおかしくなったのは)
「——クレイ殿、聞いているのか!?」
そんなガウリの声で男——クレイは思考を現実へと戻す。
「——すいません。聞いていませんでした。なんでしたか?」
素直にクレイは話を聞いていなかった事を認めてガウリに謝罪すると、ガウリは再度クレイに詰め寄るように言う。
「勇者エリオを勇者へと推薦したのはクレイ殿、あなただ。この責任をどう取るつもりだ?」
「……責任?」
クレイはただ前勇者であり師でもあったリアが姿を消した時、次の勇者として誰が相応しいかと問われたから兄弟子だった冒険者エリオの名を出しただけである。
他にも候補者の名前は数名上がってはいたのだが、当時既に名実ともに勇者最強として名を馳せていたクレイの案が採用され、エリオはリアに変わる4人目の勇者となった。
実際に勇者として相応しい力を有していたのはエリオだけだったとクレイは今でも思っている。
そんな事をクレイが思っているとクレイの隣に座る女が大きな声を上げた。
「なによ!? アンタまさかクレイ様に責任を取って辞めろとでも言いたいわけ!?」
「い、いや、そういうわけではないが……」
女に逆に問い詰められガウリはたじろいた。
仮にそんな事態になればクレイを英雄視する全世界の人々から冒険者協会へと批判が殺到するだろう。
それほどまでに人類の中でクレイの存在は大きく、先の魔王ベルガーの王国侵攻を阻止した事でそれは世界中に熱狂的クレイ信者を多数生み出すまでに至っていた。
ガウリに詰め寄った女——マリアナも4勇者の一人にしてそんなクレイ信者の一人だった。
「そういうわけではないが……なんなの? 言っとくけどクレイ様が辞めるなら私も勇者辞めるからそのつもりで!」
そんなマリアナの様子を見ながらガーディアは「盛り上がってんなー」と他人事のように呟いている。
「だけどよ、ガウリさんの言いたい事も分からなくはないぜ。正直エリオのやる気の無さは異常だった。俺が言うのもなんだけどよ。正直に未だアレを勇者に据えようと思ったのには理解できないな」
ガーディアが特に言いたかったのは魔王ベルガーのエルクラウン王国侵攻の時のエリオの対応についてだった。
エリオは再三に渡る魔王軍からの防衛の緊急要請を無視し続け、結局クレイ達3勇者と冒険者協会は勇者エリオ不在で事に当たる事を余儀なくされたのである。
結果、ベルガーの魔王軍を撃退することに成功はしたものの、エルクラウン王国と冒険者協会はかなりの人的被害と経済的損害を被ることになった。
ガーディアとマリアナがどう考えているかは分からないが、エリオがあの時駆けつけてくれたならあれほどの被害をエルクラウン王国と冒険者協会は被る事はなかったとクレイは思う。
「恐らくエリオにも訳があったんだと思う」
クレイとしてはそれ以外の言葉は見つからなかった。
エリオはクレイに何も教えてくれないのだ。
なぜ魔王軍との戦いに参加しなかったのか?
なぜ急におかしくなってしまったのか?
どれだけ考えてもクレイにさえその答えはまったく分からない。
「まぁクレイ、お前がそう言うんなら俺はそれで構わないけどよ」
ガーディアの言葉は納得とか理解とかそういう感情ではなく、そもそも勇者エリオには最初から期待などしていない。——そういう言葉だった。
エリオの強さを知っていたのは勇者クレイだけだったようです。
マリアナとガーディアはエリオが4勇者から抜けた事の重要性を今はまだ理解していません。