第9話 ニート、初めての買い物
宿屋の店主との話を適当にはぐらかした俺は町を見て回る事にした。
前にも言ったが俺は引きニートではなくアウトドア派のニートなのである。
働きはしないが、遊びはそれなりにやるが俺のモットーだ。
「まぁTVもなければゲームもないこの世界でニートをやるにはそれくらいしかないだけってのもあるけどな」
誰に言ったかは分からないがそういう理由もある。
一時期は廃ゲーマーになってあらゆるランキングを総なめにしたいなどという壮大な夢を見た事もあったが、そんな叶わぬ夢はとうの昔に捨てた。
俺はこの世界でできるニートを全うするのみ。
その為にもやはり金だ。
こんなTVもなければゲームもなくWIFIも飛んでいないこの世界でもニートをやるには金が要るのだ。
「まぁでも働くのは明日からだし今日は楽しむぞ」
そう意気揚々と食べ歩きに向かおうとした俺の前にそれは突然現れた。
俺が歩いていた道の脇の家から突然少女が飛び出してきたのだ。
結構な勢いで倒れこんだ少女の後に続いていかにも裕福そうに腹の肥えた男が出てきたかと思ったら突如喚き声を上げた。
「貴様何と言った! 働けないだと! 奴隷の分際で!」
「ごめんなさい! で、でも本当に今朝から体がとてもしんどくて!」
少女は膝をついたまま必死にそう訴えるが、男はそんな事は知った事かとばかりに更に少女を罵った。
「黙れ! お前を買うのに俺がいくら払ったと思っている!? 奴隷は黙って主人の言われた通り働いておればいいのだ!」
主人である男に罵声を浴びせられた少女は何も言えないのか黙ったまま俯いてしまう。
少女の身体を見ると至る所に無数の傷や痣があった。
恐らく主人である男に事あるたびに暴力を振るわれているのだろう。
だが、それでも少女はそんな男に体調不良を訴え出た。
確かに俺の目から見ても少女の体調は良いようには見えなかった。
俺はそんな男と少女のやり取りを見て、転生前の事を思い出していた。
男の姿は電話越しに体調不良を訴え出る部下に向かって、「嘘を吐け! やる気がないのならさっさと辞めてしまえ!」と怒鳴り声を上げていた頭のアレな上司の姿と重なって見えたのだ。
(……俺には関係ない。あの少女は俺の部下でもなければ俺の同僚でもないんだ。何も考えるな)
確かにこの国では奴隷は認められている。
俺の心情的にあまり気持ちのいい話ではないがそれがこの国の法なのだ。
俺は少女と男を避けるようにして通り過ぎようとした時、少女は男に訴えかけるように言った。
「明日からはちゃんと働きますから今日だけはどうか休ませてください。お願いです」
そんな少女に男は怒りの表情で拳を振り上げたが——。
結果的に少女に男の拳が届くことはなかった。
「……なんだ、貴様は?」
男が俺の顔を凄い表情で睨みつけている。
少女の顔に届くはずだった拳を俺は思わず受け止めてしまっていたのだ。
「あっ、いや」
(俺にこんな行動力があったとは。あのクソ上司にも一回も逆らわなかったのにな)
そんな事を思いつつ俺は深くため息を吐く。
俺はニートだ。
これまでは他人を養うつもりもなかったし、人を雇うつもりもなかった。
だが、それでもあの少女の表情を見て俺は黙ってみていることはできなかったということだろう。
「いくらだ?」
「はぁ?」
俺の言葉を男が意味を理解できなかったのか頭のアレなあの上司を彷彿とさせる顔で俺を睨んだ。
昔の俺だったら、何も言えず黙り込んでいただろう。
確かに俺はニートだが、既に100年以上の時を生きている。
別にもうそんなことで怯んだりはしないし、屈したりもしない。
だから俺は男を睨み返し言ってやった。
「そこの少女はいくらかと聞いたんだ? 俺が買ってやる」