第14話 よし、バックレよう
「ちょっと待ってくれないか?」
後ろからそんな声が聞こえてきた気がするがきっと気のせいだろう。
そう思い俺はそのまま立ち去ろうとしたが、俺についてきていた半魔人の少女に腕を引っ張られて仕方なく振り返る事にした。
「なんですか?」
「引き留めて申し訳ない。……君、誰かに似てないか?」
「いいえ、似てません。人違いです」
俺は俺であって他人の誰かではない。
だというのに聖鎧勇者は誰と勘違いしたのか俺の顔を凝視して呟いた。
「……いや、やはり似ている。似顔絵ほどの美男子ではないが、あのお方に」
イケメンじゃなくて悪かったな。
これでも転生前と比べたらかなりいい出来に仕上がってるんだぞ。
聖鎧勇者は呟いた後、少し悩んでから俺に更に言った。
「すまないが、私と一緒に来てくれないか? 確認の為にある人に会わせたいんだ」
(ある人? まさか俺の顔を知っている奴がいるのか?)
普通に考えれば100年も前の俺の顔を覚えている奴がいるとは思えないが、聖鎧勇者が嘘を吐くとも思えないし、可能性は0というわけではない。
仮に俺の顔を知っている者がいるとして確認でもされたら俺のニート生活はそこで終了だ。
最悪、転移魔法もしくは全力ダッシュで逃げ切る必要性も出てきたが、俺はその前にダメ元で賭けに出てみることにした。
「わかった。だが、すまないが連れを待たせているんだ。とりあえず事情を説明してきてもいいか?」
「あぁ、かまないよ。どのくらいかかるだろうか?」
「10分もあれば帰ってくるからここで待っていてくれ」
「あぁ、分かった」
俺はそう説明して半魔人の少女と共にこの場を後にすることに成功したのだった。
(……アホで助かった。とりあえず宿屋に戻って作戦会議だな)
そうしてバックレに成功した俺達は10分もしない内に宿屋に辿り着く。
「これで奴隷魔法陣を隠しておけ」
「えっ? はい」
半魔人の少女は少し驚いた表情を見せた後、俺が手渡したバンダナを奴隷魔法陣のある首元へと括りつけた。
俺は奴隷魔法陣が完全に隠れた事を確認してから宿屋四つ葉の扉を開く。
「おっ、早いお帰りで! ……ってその子はどうしたんだい?」
俺に気付いた店主が半魔人の少女を見て尋ねた。
「あぁ、知り合いの子を預かったんだ。いつまで預かるかは分からないが、泊まった分の料金はちゃんと払うから心配しなくていいぞ」
もしかしたら店主は別に意味の心配をしたのかもと一瞬思ったが、特にそんな様子もなく「あぁ、そうなのか。それならかまわんさ」と答えた。
そんなやり取りを半魔人の少女は驚いた表情で聞いていたが、店主には気づかれなかったらしく、そのままスムースに俺達は取っていた部屋へと入った。
よくよく考えたら1人増えるのなら部屋を変える必要があるのではと思っていたが、入った部屋にはベッドが2つ備え付けられていて、1人でも2人でも泊まれるようになっているようだった。
俺は部屋に入ると繋いでいた半魔人の少女の手を放して2つ横並びなっているベッドの1つに腰かけた。
「お前も座るといい。あんなダメ上司の下で働かされて疲れただろう」
俺がもう一つのベッドに座るよう促すと、半魔人の少女はおどおどしながらもゆっくりとベッドに腰かけた。
「……お連れの人は?」
ベッドに座った半魔人の少女は俺にそう尋ねた。
あぁ、確かそんな設定だったな。
ていうか聖鎧勇者との約束の10分などとうに過ぎているが、半魔人の少女にそう尋ねられてから気づいた。
「あぁ、アレ、嘘。あそこにはもう戻らないよ」
「えっ? 勇者様に嘘を吐いたの?」
半魔人の少女は信じられないといった表情で俺を見る。
(やっぱり無理にでも置いてきた方がよかったか? 俺に懐く気配がないな)
「勇者に懐いていたお前には悪いけど俺にも事情があるんでね。そういえば聞き忘れてたが、お前の名前はなんて言うんだ?」
「……エリン」
「エリンね。良い名前だ」
半魔人の少女改めエリンは決して俺に懐いているとは見えないが最低限俺とコミュニケーションを取るつもりはあるようだ。
まったく話しかけてくれないからツンデレさんか何かと思ったよ、まったく。
「俺の名はルート。勇者ではなくE級冒険者だ」
「……誰も勇者様だなんて言ってないけど」
うん、反応が冷たいね。転生前の地球にいた頃の女子みたいだね。