第13話 さっさとここを去りたい
「10金貨でいいみたいですよ。理解が早くて助かりますね」
聖鎧勇者は膝を付き戦意喪失している頭のアレな上司もどき男から俺に目を移して10金貨を払うように促した。
勇者ともあろう者がクソみたいなやつだとはいえ市民を脅してもいいのだろうか。
まぁ俺としては聖鎧勇者の評判がどうなろうとも構わないのだが、その取引ちょっと待って欲しい。
「俺よりもアンタが買った方がいいんじゃないのか? その子は俺よりかアンタに懐いているみたいだぞ」
いつの間にか頭のアレな上司もどき男から離れた半魔人の少女は聖鎧勇者の傍で俺ではなく聖鎧勇者の事をまるで恋する乙女のような表情で見上げていた。
まぁそりゃそうだろう。
勢いよく出てきて「俺が買ってやる」とかカッコつけたくせに100金貨も払えず諦めようとしていた低ランク冒険者についていくよりかは頭のアレな上司もどき男を一瞬で黙らせた勇者についていきたいと思うのが普通だ。
(それに俺は別に奴隷が欲しかったわけじゃないし、ぶっちゃけ10金貨も惜しいといえば惜しいしな)
俺は社畜時代の後輩の事を思い出して衝動的に半魔人の少女を助けようとしただけで、別に頭のアレな上司もどき男から半魔人の少女が解放されればそれで問題はないのだ。
すると半魔人の少女の視線を気づいた聖鎧勇者は鎧の上から頭をポリポリと掻いて呟いた。
「困ったな。私は奴隷を買うわけにはいかないんだ」
だろうな。奴隷の少女など連れ回していたら勇者の沽券にかかわるからな。
奴隷には反抗を防ぐ目的でほぼ例外なく従属魔法が施されている。
この半魔人の少女の場合は首筋に人のこぶし大サイズの従属魔法陣がされてあり、それによって契約された主人に逆らえないようにしてあるのだ。
首筋なら隠そうと思えば隠せなくもない部位だが、かといって隠し通すのは難しいと言える部位でもある。
寒い時期なら首筋を覆い隠せるほどの厚着をしていても不自然ではないが暑い時期だとかなり不自然な隠し方をしないといけないので、ある程度奴隷の知識がある者にはすぐにばれてしまうのだ。
「分かった。俺が買えばいいんだろ? 最初はその予定だったしな」
「そう言ってくれると助かるよ」
そうして半魔人の少女は結局俺が頭のアレな上司もどき男から買い取る事になった。
聖鎧勇者ではなく俺が買い取り手に決まったのを見て半魔人の少女は露骨に残念さと不安の入り混じった表情になったが、ニートである俺はそんな事は気にしない。慣れているからな。
「あの、従属魔法を解除するには私と一緒に奴隷商の所に行って魔法使いに破棄してもらわないといけないのですが——」
俺がなけなしの10金貨分の金を払うと頭のアレな上司もどき男が恐る恐る聖鎧勇者に向かってそう説明しようとしたら聖鎧勇者はかなり食い気味で頭のアレな上司もどき男に言った。
「——それなら問題ない。私でも従属魔法を破壊することくらいならできますので。再契約するならどのみち後で行く必要はありますが」
聖鎧勇者は少し悲しい顔をして言うと、半魔人の少女の首元に手を当てて目を閉じた。
すると少女の首元にある奴隷の魔法紋が僅かに光ったかと思うとまたすぐに光を失った。
「これで従属魔法は解除されました。あとで奴隷商の魔法使いに頼めば再契約できるはずですよ」
「分かった。ありがとう。じゃあこれで」
用事は済んだ事だし俺はさっさと半魔人の少女を連れて退散することする。
これ以上ここに残ってもロクな事にならない気がしたからだ。
「ありがとうございました!」
半魔人の少女は名残惜しそうにしつつも聖鎧勇者に元気のある声で頭を下げた。
できれば実際に金を出した俺にもなんかないのかと思ったが俺はニートだからそんな事は気にしないのだ。……多分な。
大分予定は狂ったが、半魔人の少女はブラックな職場から解放してやった。
おかげで遊びに繰り出す予定が冒険者協会に直行コースになってしまったが、それも仕方ない。
さぁ、労働に繰り出すぞ! あはははは!
「ちょっと待ってくれないか?」
俺が珍しく労働意欲を燃やしながら颯爽と去ろうとすると、聖鎧勇者が後ろから話しかけてきた。