第12話 そうか、バルスをな
サイレント正月休みを取っていました。
ぼちぼち『四天王、ツンデレ魔王を愛でる(イジりもあります)』との同時更新再開しようかと思います。
そうかー。俺はこの王国を愛していたんだなー。
でもおかしいなー。
俺はそんな事を口に出した覚えはないし、そもそも俺にはそんな話を熱く語れる友達もこの世界にはいないはずなんだけどなー。
そんな俺の思いと裏腹に聖鎧勇者は更に熱く語り始める。
「だから初代聖鎧勇者は国境付近に布陣していた2万にも及ぶギルザール帝国軍に対し、一つの魔法を放ったのさ。第一級魔法にしてオリジナル超遠距離殲滅魔法『HARUTO』をね」
気持ちよく話している所悪いが、変なワードが聞こえた気がするぞ?
まぁ聞き間違いだろうが、俺は一応確認してみた。
「そうか、バルスをな」
「いえ、HARUTOをです」
どうやら聞き間違えではなかったようだ。
俺が自意識過剰でないとするなら恐らくだが俺の事が大好きだった初代聖鎧勇者が勝手に俺の名前をオリジナル魔法に名付けたのだろう。
人の名前を勝手に自分のオリジナル魔法につける時点で少し頭がおかしいように思われるが、勇者とはいえ一冒険者が帝国と王国の戦争に首を突っ込むとは常軌を逸した行動といってもいい。
基本的に冒険者というのは魔物や魔人との戦いでのみ冒険者協会から依頼を受ける。
もちろん依頼者が国家という場合もあるがその場合でも冒険者への依頼は冒険者協会を通して行われ、その依頼成功報酬は冒険者協会を通して冒険者へと渡されるのだ。
仮に冒険者協会を通さずに依頼を受ければペナルティを受けるし、場合によっては一発で冒険者資格を失うことだってある。
(つまりその聖鎧勇者は報酬も何も無い上に、王国から頼まれてもいないのに勝手に帝国軍をバルスで吹き飛ばしたのか)
サービス残業、休日出勤を心から嫌う俺からすれば理解のできない行動である。
賃金が出ない上に第一級魔法を放つという重労働、更には帝国からは凄まじい恨みを買うという三重苦。
貰える物と言えば王国からの称賛の声と栄誉という俺からすれば何の価値もない物だけだ。
「それでバルスを喰らった帝国軍はどうなったんだ?」
話の大きさに何も言えずにいる頭がアレな上司もどき男に変わって俺が質問すると、それなりに俺の予想通りの答えが返ってきた。
「HARUTOです。帝国軍のど真ん中に着弾したHARUTOは布陣していた2万の内の半分である1万もの兵を一瞬にして焼き払い、戦意を失った帝国軍を散り散りとなって帝国領へと逃げ帰って行ったのです」
「ほぉ、中々じゃないか、バルス」
「いえ、ですからバルスではありません。というか中々ではありませんよ。一瞬にして1万もの帝国兵を焼き払ったのですから」
まぁ確かに大したものではある。
焼き払ったという事からバルスは炎系か爆裂系の魔法だと推察できるがギルザール帝国軍兵士が密集して陣を敷いていたのだとしても効果範囲は数百mには及ぶはずだ。
とはいえ威力は分からない。
正直な話、ぺーぺーの帝国軍兵士くらいなら第1~7級まである内の最下級の第7級魔法ファイヤーボールでも俺クラスの魔法使いが撃てばこんがり焼く事は可能だ。
つまりは大した威力がなくとも攻撃範囲さえ広ければ帝国軍1万を焼くのはそれほど難しい事ではないのである。
俺が中々と言ったのは攻撃範囲は凄いが威力はそこそこなんじゃないかという点からだ。
仮にこれが魔王軍四天王率いる強靭な魔人の軍団に対しての戦果であったなら俺は声を大にして称賛しただろう。
だが、今回の問題点はそこではないので俺はスルーする事にした。
「まぁいいや。それでそれがどういう事だか、そこのパワハラ男に教えてやればどうだ?」
そう言った俺に聖鎧勇者は不可解そうな視線を向けた後、言葉を失っている頭がアレな上司もどき男に視線を移した。
「えっと、話が反れましたが、つまりブランフール王国は初代聖鎧勇者に対して大きすぎる借りがあるのです。もっと言えばギルザール帝国は今でもブランフール王国の領地を諦めてはいません。現に聖鎧勇者が2代目、3代目に変わった時にも王国侵攻を目論んだ帝国に対して歴代聖鎧勇者はHARUTOを使用しています。これがどういう事だか貴方にも分かるでしょう?」
100年前に俺はブランフール王国とギルザール帝国の戦力差について聞いた事があった。
俺が聞いた奴の主観によれば100回戦えば99回は負けるような戦力差とのことらしい。
まぁ俺が聞いた奴が大げさに言ったか可能性もあるが、何度も懲りずに攻めてくるくらいなのだから、あながち出鱈目を言ったわけでもないのだろう。
あの時から100年経っているので多少の戦力差は埋まっている可能性もなくはないが、王国の未来は聖鎧勇者の気分一つで繁栄から滅亡の道に落ちる可能性が高いと言わざるを得ないだろう。
簡単な話、王国は聖鎧勇者の機嫌を絶対に損ねてはならないのである。
それはブランフール王国の頂点に君臨する王や王族とて例外ではない。
仮に聖鎧勇者が頭のアレな上司もどき男が行ってきた半魔人の少女に対する虐待や聖鎧勇者に対する暴言を王族の誰かに報告しようものなら地方領主程度ではもみ消すどころか一緒に牢屋にぶち込まれるのは間違いない。
そんな馬鹿でも分かりそうな話に頭のアレな上司もどき男も話の途中で理解できたのか顔脂汗まみれで全身ぷるぷる震わせながら膝から崩れ落ちていた。
そんな姿を見下ろしながら聖鎧勇者は再度頭がアレな上司もどき男に静かに尋ねた。
「……もう一度だけ言おう。この冒険者は10金貨なら払えると言った。ならば10金貨で取引は成立だ。何か問題はあるか?」
そう言った聖鎧勇者の問いに頭がアレな上司もどき男は頭を何度も横に振る事しかできないのだった。