第1話 ニートの昔話
新作2作同時投稿1作目です。
よろしくお願いします!
俺は目の前の光景に絶望していた。
机に広げられているのは硬貨の山。
そう言えば、全然困った風には聞こえないだろうが、それらの大半は銅貨ばかりで金貨は数えられる程度しか含まれていない。
「……金がない」
このままでは数年もしない内に金は尽きるだろう。
一発当てて働かずして優雅なニート生活を送ろうと魔界に君臨する魔王の配下である四天王を倒したのが100年前の事。
あの時はよかった。
おおよそ使い切れるわけがないと思っていた程の金貨の山が今は銅貨ばかりとなっている机の上に乗りきらない程に積みあがっていたのだから。
「どこの世界でも金、金、金。どうして人は働かずして生きてはいけないのだ」
俺がこんな筋金入りのニートになってしまったのには理由がある。
今でこそこの異世界でニート業に勤しんでいる俺だが、昔はこことは違う世界でとても勤勉な企業戦士だったのだ。
とある某企業で働いていた俺は毎日が戦いの連続だった。
時には無謀な営業で社外を走り回り、時には上司の意味の分からない説教に永遠を付き合わされた。
だがそれでも俺は生きていくには働くしかなかった。
あの世界も例によって金が全てを支配する世界であり、俺にはあの世界で一発当てて豪遊生活するための才能も実力も持ち合わせてはいなかったのだから。
そんな俺に訪れた転機は会社の繁忙期と頭がアレな上司の意味不明な理不尽によって精神を侵された同期や部下の大量退職が重なったそんな時だった。
足らない人員を補うために只でさえ長かった労働時間は過労死ラインなにそれおいしいの?レベルに膨れ上がり、只でさえ頭がアレだった上司の罵詈雑言が職場内のBGMと成り果てる時が長く続き……。
俺は殉職した。
いわゆる過労死というやつだ。
いやー、人ってそんな簡単に死なないと思ってたけど死ぬときは死ぬんだねと納得したものだよ。あの時は。
普通であれば後悔する間もなく、俺の精神も肉体も無に帰るはずだったのだが、そんな俺の目の前にあの人が現れた。
「ふっふっふ、遂に成功してしまったよ。リアとラー君に教えたら驚くかな」
突然意識を取り戻した俺の目の前には見たことのない少女が笑みを浮かべて立っていた。
たしか前日は会社から帰るなり、スーツを着たまま死ぬように眠りについたはずだ。
そのはずなのに目の前に広がるのは見慣れたアパートの一室ではなくどこまでも続く草原の真ん中だった。
しかも、今俺が着ているのは前日まで気ていたはずのスーツではなくいかにも漫画やアニメに出てくる冒険者が着ていそうな戦闘服。
これが夢ではないのだとすれば、目の前で笑みを浮かべている少女が自宅で眠る俺をどこかも分からない草原まで拉致して冒険者装備にお着替えさせたことになる。
意味が分からない。
更に言えば目の前にいる少女の存在からしておかしい。
あり得ない程の美少女なのだ。
あらゆるメディア、果ては2次元から探したとしても見つけ出す事など不可能なほどの美少女。
芝居の才能がなくても女優に。踊りができずともアイドルに。
容姿だけであらゆる分野でトップに立つことも可能だろう。
そんな超絶美少女がこんな冴えないおっさんを拉致して笑みを浮かべているというのだから世の中分からないものだ。
「……ってそんな事言ってる場合じゃねー! 会社に行かないと!」
そう、今日は平日だ。
まぁ今のあの会社に休日という概念など存在しないので平日もクソもないのだが、今はとにかく会社に向かわなければならない。
普通に考えれば目覚めた時点で終わりが見えない草原につっ立っている時点で既に詰んでいる事に気付きそうなものだが、この時の俺はまともな精神状況ではなかったのでそこは察して欲しい。
「頭の中が凄い事になっているね。それほどの凄まじい戦場で生きてきたんだ?」
何が嬉しいのか少女は笑みの表情を変えることなく俺にそう言った。
あぁ、確かにあれは戦場だった。
一瞬の迷いやミスが命取りとなる戦場なのだ。
仮にミスなどなくても頭のアレな上司の怒号が上がる理不尽な戦場で俺は戦ってきたのである。
「それはお疲れ様だったね。君にはこれからは違う戦場に戦ってもらう事になるのだけどそれだけ優秀な戦士なら世界を救えるかもね」
と少女が意味不明な事を言い出すが——。
ちょっと待て。俺はクビにはなっていないぞ。
あんなクソみたいな会社でも壮絶な就職競争という名の戦いの末にやっと入れた俺の戦場なのだ。勝手にクビにされては困る。
「あのねぇ、君。さっきから訳の分からない事言っている所悪いんだけど、俺をさっさと元の所に戻してくれないかな?」
「あ、やっぱり気づいていなかったんだね。君は死んだんだよ。そして、漂っていた魂を私が回収して新たな体を君に与えたの」
はっはっ! 異世界転生というやつですか?
馬鹿馬鹿しい。いくら美少女の言葉とはいえそんなことを簡単に信じるほど俺は馬鹿ではない。
俺がそんな事を思っていると美少女は何もなかったはずの空間から手鏡を取り出し無言で俺に手渡してきた。
(美少女なのに手品までできるのか。頭さえまともならさぞTVの世界に引っ張りだこだっただろうに。……残念な美少女だ)
「で、これは何かな?」
「これが手っ取り早いと思って。それで自分の顔を写してみて」
少女はそんなことを言うが、見た所でおっさんの顔が映るだけだろう。
だが、元の場所に帰してもらうには少女の訳の分からない妄想に付き合う必要があるようだ。
仕方なく俺は手鏡を自分の方に向けた。
「……ってなんじゃこりゃあ!」
俺が驚きの声を上げたのは無理もない。
鏡の中にいたのは今まで見慣れた冴えないおっさんの姿ではなく、若い男の姿だったからだ。
(きゃっ、しかもちょっとイケメン……)
ってそんな事を喜んでいる場合じゃない。
ちょっとイケメンの青年になったのはいいが、これでは出社できないではないか。
仮に遅刻せずに会社に行けたとしても不審者扱いで叩き出されるのが関の山。
そして無断欠席を繰り返した俺に待っている運命は懲戒免職処分という死刑宣告に他ならない。
「まだ信じてくれないのか。じゃあこれでどう? ——アクアエレメント!」
情報の整理に追いついていない俺に少女は更にそう言うと、何もいなかったはずの空間に水色の水の塊のような物を生み出した。
そしてその物体はぷよぷよと弾んだかと思うとなんと声を上げたのだった。
「リティスリティア様、お久しぶりです。御命令をどうぞぷよ」
「命令はないよ。そのまま適当にぷよぷよ弾んどいてくれたらいいから」
リティスリティアと呼ばれた少女がそう言うとぷよぷよ生物、というかスライムはそれを命令と判断したのかその場でぷよぷよと飛び跳ね始めた。
目の前の非常識な光景に少女の言葉が嘘ではない事を悟った俺はキリっとした表情でリティスリティアに言った。
「よし、ティアちゃん。話を聞こうじゃないか」
そうして俺はリティスリティアという名の少女から詳しく話を聞くことにしたのだった。
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