物体X
日本国鹿児島県、種子島宇宙センター
日本が転移の混乱を脱し、新たな星が地球とほぼ同じ天体であることが判明してから、宇宙センターではフルスケジュールでロケットの打ち上げが計画されていた。最近はジアゾ外交団の到着によって黒霧外国家との戦争が避けられそうにない世界情勢が判明し、軍事色の強い衛星が相次いで打ち上計画に組み込まれている。
現在は打ち上げ期間の短縮が進められているものの、ロケットの製造から発射プロセスは慎重に行われていた。衛星打ち上げはロケットを製造するにしても、衛星を開発するにしても多額の費用と時間がかかり、1回でも失敗すれば国の行動計画すら変更せざるを得ない失敗の許されない事業なのである。
今回打ち上げられるH3ロケットには日本版GPS衛星の他、古代文明の衛星とも連携できる通信衛星などが搭載されている。
打ち上げは成功し、全ての衛星は予定の軌道に投入された。しかし、そのうちの1機が徐々に高度を落としていく・・・
ジアゾ合衆国、西部最大の都市フェニックス
西海岸に位置する大都市フェニックスは日も落ち、都市は夜の時間に入りつつあった。人々はいつ始まるとも知れない戦争に怯えながらも、「もしかしたら戦争は回避できるのでは? 起きないのでは? 」と微かな希望を抱きつつ、現実から目を背けていた。
戦争が始まれば、敵は大陸間が東海岸と比べ圧倒的に短い西海岸から侵攻してくるだろう。住人、軍人問わず人々は西の空と海を見る時間が増えつつあった。そんな彼らの目に、一筋の流れ星が現れる・・・
一瞬で消えるはずの流れ星は輝きを増し、尾を伸ばしていく。消えない流れ星に人々は唯々見つめる者、祈る者、「戦争が始まった」と混乱する者など、多くの反応を示すのであった。
ジアゾ合衆国、国防総省
大陸東部のニトロフェノール州、グアジニン山脈の地下深く、強固な岩盤の中にジアゾ合衆国軍の中枢が存在している。
「飛来物の情報はまだ来ないのか! 」
「物体はフェニックス周辺だけでなく、大陸中央部のライカンでも確認。」
「物体はロックデザートの東端に落下したもよう・・・一種の電気信号が発信されています。」
「電気信号を追って、間もなく州軍が現地に向け出発します。」
国防総省内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。当初、軍はパンガイアの攻撃を警戒して臨戦態勢に入ったのだが、連合軍側にこれといった動きは無く、外務省や諜報機関からも開戦の情報は無かったため、宇宙の遺跡が落下してきた可能性が高いとして、現在は捜索が行われていた。
「万一に備えて大統領がこちらに向かってきているが、到着前に片が付きそうだな。」
「ただの遺跡落下です、世界的にみても数十年に1度程度の出来事ですよ。」
「都市部に落ちていたら大騒ぎでしたね。」
「しかし、我が国に落下して、しかも生きている残骸が回収できるなど、今までなかったことだ。」
集まった軍の担当者達は遺跡の落下という可能性が高いことに安堵していた。これが開戦の狼煙だったり、大都市への落下だったら、こうものんびりできていない。
「ところで、魔導信号ではなく電気信号を発する遺跡なんて聞いたことが無いのだが、信号の解析は進んでいるのかね? 」
「その件に関しては間もなく結果が出るかと・・・」
「古代文明は科学にも精通している予想が出されています。今回の一件で、それが証明されるでしょう。」
軍は落下した遺跡の確保と信号の解析を行いつつ、全国から古代文明の専門家に招集をかけていた。星の衛星軌道にある遺跡が落下することは度々あったのだが、落ちてからも機能が生きた状態でいる遺跡の入手は世界でも未経験のことであり、未知の古代技術を得る絶好の機会だった。しかし、彼らの期待と考えは駈け込んできた部下によって綺麗さっぱり吹き飛んでしまう。
「信号の解析結果が出ました! 物体は空軍所属機フェイルノートの識別信号を発しています。」
部屋の喧騒は静まり返り、その場に居た者全員が報告者を見る・・・
「大統領を急がせてくれ。」
「現地の州軍に連絡、「現場保全最優先」「専門家到着まで誰も入れるな」この2点を徹底させろ。」
場の空気は一瞬にして変わった。フェイルノートの搭乗員達は瘴気を抜けて瘴気内国家に接触し、瘴気の遥か上空から本国へメッセージを届けたのだった。
「あいつら、やり遂げたんだな・・・」
フェイルノート計画に深く関わっていた軍幹部は驚愕すると同時に目がしらに熱いものを感じる。フェイルノート計画は無謀ともいえるものであり、成功したところで効果は疑問視されていた。内部からは発言力のあるオクタール議員を排除するための口実では? と憶測が飛び交っていが、実情は国の滅亡を回避するために藁にもすがる思いで行った作戦だった。
彼等は作戦を成功させ、想定外の情報をもたらしたのである。
日本国、内閣情報集約センター
JAXAと防衛省から送られてくる衛星画像を見ながら、名も無き組織の面々は計画の成功を確認する。
「少し驚かせてしまいましたが、推移は良好の様です。」
「しかし、良いのですか? 直ぐ連絡が取れるのに・・・」
「確かに現地へ送った端末を使用すれば衛星通信が可能です。しかし、通信可能時間がかなり限られているのですよ。」
「まともにやり取りができるまで、我々としても通信衛星を増やさなければなりませんし、それまでは彼等に地上施設の建設をしてもらおうというわけです。」
「我々の送った通信端末が破損している可能性もあります。彼等にはどの道、地上施設を作ってもらわなければなりません。」
日本国がジアゾ合衆国へ送った航宙貨物は、その大半がジアゾ外交団の報告書であり、後は通信端末と衛星通信用地上施設の設計図であった。
「総理へは? 」
「成功の連絡は入れましたが、まともに通信ができるようになるには半年以上かかると伝えてあります。」
「半年ですか、果たして彼等に可能なのですかね? 」
日本国は到着したフェイルノートを調査しており、外交団からも聴取してジアゾ合衆国の国力を推定で出すことによって施設稼働までの予想を立てていた。
「そこはほら、彼等次第ですよ。」
「ジアゾとの連絡体制が整って、彼等の実力が分かれば、いよいよ迎撃計画がスタートします。」
名も無き組織はパンガイアとの戦争が避けられないと判断してから大急ぎで迎撃計画を立ててきた。国土復興、防衛力強化、海外の資源開発、同盟国強化、あらゆることを推し進めてきたが、まだスタートラインにも立っていなかった。
「遺跡落下」から数週間後・・・
日本から送られてきた貨物は公には遺跡の落下ということで処理され、落下物は国が回収して分析していると発表される。ジアゾ合衆国はいつもの日常に戻っていた。
極秘施設「H8N2O6S」
ロックデザートに存在する極秘施設へ、日本からの貨物は運び込まれていた。彼等は貨物を物体Xと呼んで分析を始めており、既に中身の書類と端末、設計図はそれぞれが各部署で解析にかけられている。
「物体Xは落下傘で砂漠に降り立っていますが、大気圏突入の高温にも耐える未知の素材でできています。我々の技術では、これが金属なのかすらもわかりません。」
「これは魔法を一切使用していない何かしらの装置です。ケースを外してみたところ、極小の魔導回路に似た構造を確認できました。」
隣り合った部屋でその分野の専門家、ナイビ教授とカーペント博士が集まった科学者や技術者、軍人に判明している範囲でXの情報を伝えていた。
「日本国は科学文明であることが判明していますが、技術力はどれほどか予想できますか? 」
一通り説明が終わると軍人の参加者から真っ先に質問が出る。
「我々は科学に護符の術を組み合わせることで発展してきた文明です。護符は通信機やレーダー、航空機エンジンから工場の工作機械まで使われているのはご存じでしょう。しかし、Xは純粋な科学技術で造られている。外交団からも魔法を一切使っていない文明とあることから、それは間違いない・・・」
「純粋な科学技術で言うなら、彼等は100年以上先を行っている。」
ナイビ教授とカーペント博士の推測に、参加者は騒然としながら各々の部署に戻っていく。
「教授、この設計図をどう見ます? 」
説明会が終わった後、2人はそれぞれのチームを引き連れて大量に入っていた設計図解析を再開していた。
「私はパンガイアで宇宙との通信に使われていた施設を視察したことがある。宇宙の遺跡から送られてくる微弱な信号を、地上に巨大な魔法回路を建設することで捕らえていた。巨大で効率の悪い施設だったが、このパラボラアンテナを作れば施設はとてもコンパクトになる。」
カーペント博士はパラボラアンテナの図面を見た瞬間に宇宙との間で効率良く通信ができる施設の構造物であることを見抜いていた。
国は既に施設の建設を始めている。派遣した外交団からもたらされた情報によって新国家日本の存在が明らかになり、更にオクタール上院議員の働きによって同盟への参加を表明していたからである。合衆国にとって日本国が同盟に参加することはパンガイアへの対抗戦力拡大の他に、その技術を活かした情報収集に大きな期待が注がれていた。衛星によって得られた敵軍の情報がリアルタイムで提供されれば、戦争が根本的に変わるのだ。
「日本国は我々よりも科学が進んでいるのは確かだ。そして手助けしてくれる。しかし、この図面からは彼等の考えも見えてしょうがない。」
「我々は試されているのだろう。」
送られて来た物に、そのような文章は何処にも書いていない。しかし、博士と教授だけではなく、設計図とその中の文字を見た解析チームの者達も同じ考えを抱いていた。
「期待に応えてやろうじゃないか。」
地上施設の建設はジアゾ合衆国の最優先事業となり、彼等は半年以内に施設を完成させてしまう。そして、瘴気によって国が隔てられているにもかかわらず各国は連携をとり、パンガイア連合軍への巨大な抵抗勢力が誕生するのであった。




