利子と小百合の魔法授業 その2
南海大島、西部大規模孤児院
初等部校舎の会議室を貸し切って、シュウイチ、タケ、チヨの3人は魔法の授業内容を検討していた。既に孤児と小百合用のものはできていたが、利子用の内容が中々決まらずにいたのだ。
「属性把握の授業でそんなに苦労したの? 」
「チヨちゃんもあの妖怪を見ればわかるぜ。」
安全な授業で何故シュウイチが胃を痛めるのか分からないチヨに、タケは現物を見る事を勧める。
シュウイチはタケだけでは手に負えないと判断して、孤児院で魔法を教えている教師全員に協力を求めていたが、相手が未知の大妖怪クラスとわかると全て丁重に断られてしまう。そして、最後の望みで保育部のチヨに声をかけて現在に至っていた。
「彼女は何かしらの魔法、いや術か? とにかく何か使ったんだが、俺には何の属性なのか見当もつかなかった。」
シュウイチは当時の授業を2人に伝えた。
属性把握は自身を知るための授業である。人は生まれながらにしてある程度の属性が決まり、種族や成長過程で多少の変化はあるものの、変わることはほとんどない。個々の属性を把握することで自身の短所を把握し、長所を伸ばそうというのが属性把握の目的である。
大体は魔術回路を見ればわかる事だが、得意な魔法と不得意な魔法を使わせることで、その違いを体験するというものが授業のメインだ。中には無属性の者もいるが、無属性だから何もできないというわけではなく、「無属性」という魔法が得意なだけである。
孤児と小百合の属性把握はタケに任せて、シュウイチは利子がどの様な魔法を使えるのかを把握しようとしていた。先ずは、どの様な魔法を使えるかを彼女に自覚してもらおうと考えた。
利子の個人授業は孤児院の拡張予定地で行われ、初歩的な火系統魔法を使わせることで全体的な性質を推し量ろうとしたのだが・・・
「雷は怖いし、水や土魔法だと地形が変わるかもしれないから、伐採予定の木を標的に火を使わせてみたんだ。だが、彼女は一切火を起こせなかった。」
「大妖怪なのに火も起こせないの? 」
「火は出せなかったんだが次の瞬間、木から水蒸気が噴き出したんだ。」
「えっ? 」
「どんな属性魔法か妖術か知らないが、木の中にある水が一斉に沸騰したんだよ。」
この場にいる全員が見たことも聞いたこともない魔法に考え込む。
利子の個人授業は急遽座学に移り、「次回の授業まで魔法禁止」を念入りに言って終了させたが、あまりの出来事にシュウイチは事態を飲み込めずにいた。彼女の魔法は少し特殊なものだった。
中々火系魔法が使えない利子に、シュウイチは初めのイメージが重要であることを伝える。シュウイチが軍へ入る際に苦手な中等属性魔法を使えず、入隊が危ぶまれた時があり、その時に魔法の師匠からイメージ訓練を教わっていた経験から、利子にも同じくイメージをさせていた。
「火をイメージしてください。料理する時を思い出して・・・」
この時、シュウイチは「女性は料理で火を使う」という偏見にも似た考え方があり、文化の違いを忘れていた。
「火? 料理 → 冷凍食品 → レンジでチン! 」
配給の冷凍食品で育った利子にとって料理とはこんなものである。魔法という訳の分からないものではなく、工業高校で習った知識を活かして利子は標的の木を電磁波の通らないシールドで囲み、マイクロ波で振動させることによって電子レンジを再現した。
この加熱過程は電子レンジなら効率が良いのだが、生物が行うには余りにも非効率的なものだった。利子の魔法はシールドと電磁波、2種類の魔法を複合的に使用していることから、この世界の生物には使用困難な複合魔法であり、後に科学魔法と呼ばれる。
「独自の障壁を使えるのね・・・だったら、次は本物の障壁を教えてみたら? 障壁なら事故や怪我の心配は無いし・・・」
障壁は倭国発祥の魔法である。霧の外では防御スクリーンがあるため影が薄いが、防御スクリーンは大魔導師が自身の魔力を使い切ることでやっとレベル1が使え、大規模な施設を使用することでレベル3までが使えるとても高度な魔法であり、使い手はあまりいない。対して障壁は使用者の実力によって強度が変わるシールドを張れる手軽な個人防御手段である。
「それが無難だな。」
「ところで、シュウイチが呼んだ魔法科学院の助っ人は何時来るんだ? 」
「当分来ないってよ。」
シュウイチは利子の魔術回路を覗いたその日に本国の魔法科学院へ専門家の派遣を要請していた。学院からの返事は遅く、最近になってようやくシュウイチの元に来たのだが、「専門家を派遣するが、時間がかかる」というものだった。更に「対象を詳細に観察し、報告書を作成せよ」という指示付きであり、シュウイチは余計な仕事だけが増える結果となってしまう。
魔法科学院としては日本国の科学と神竜教の古代文明解析を全力で行っていたため、派遣可能な専門知識のある職員が本当にいなかった。
「きっついな・・・いつ来るかわからない専門家が来るまでもつか? 」
「授業に危険を感じたら座学に変更すればいいでしょ。」
「そのつもりだが、授業以外で何か起きないか心配なんだよ。タケは座学用の教材を出来るだけ集めておいてくれ、そっちの方は任せる。」
「うげぇ。」
シュウイチは利子が私生活や仕事で、事故を起こさないか気が気ではなかった。
数日後、孤児院初等部校庭
「まずは気を集中! 目の前に壁を作るイメージだ。」
タケは孤児と小百合向けに障壁の張り方を説明する。障壁は練習すれば強度はともあれ、誰でも張れるものである。しかし、1日で張れるほど簡単なものではない・・・
「先生、張れたと思うのですが確認してください。」
孤児達が試行錯誤している中、小百合は1回で障壁を張れたためタケを呼ぶ。
「そんな簡単に・・・はぁ? 」
タケが確認すると、小石を投げれば破れてしまうほど脆い障壁が張られていた。「俺が障壁を張れるようになるまで1週間以上かかったのに! 」タケは心の中で叫ぶ。
小百合は日本国が国をあげて派遣しただけあって、天性の才能を持っていた。当初、タケは日本人は魔法に関して南海鼠人以下という偏見を持っていたが、授業が進むにつれて認識を大きく改めるのだった。
今回の授業は危険の少ない内容であるため、シュウイチと利子も校庭で授業を行っていた。
「目の前に壁を作るイメージで魔法を使ってください。」
利子は目をつぶって集中し、壁のイメージを作る。
「壁だから思いっきり固くないとね。壁、壁、かべ? そういえば校門開いてたっけ・・・」
利子の余計なイメージはちょっとした騒ぎを起こすこととなる。
「校庭で何かあったようですね。」
校舎から校庭の様子を見ていた菊池の隣に、長身でガタイの良い男性が現れる。彼は近藤巌、菊池同様に自衛隊から教師となった人物であり、在日アメリカ人2世を親に持つ近藤は日本人らしからぬ長身、スキンヘッドにサングラスといった見た目から、孤児達に「妖怪海坊主」と呼ばれていた。
「日本人学生が倒れたようです。自分はこれから様子を見にいってきます。」
菊池が現地に到着した時には騒ぎは収まっていて、鼠人教師達が話し合っていた。
「倒れた学生は大丈夫ですか? 」
「あぁ菊池先生、ただの魔力切れですよ。少し寝ればすぐに回復します。」
シュウイチの返答に菊池は少し安心するが、タケとシュウイチは深刻そうな会話をしている。
「不思議な色の障壁だな。」
「タケ、俺は前に1度、これと同じ色の障壁を見たことがある。」
シュウイチは倭国で不定期に開催される武術会を見に行った時のことを思い出していた。
「間違いない。障壁の使い手、コンゴウの障壁と同じものだ。」
「コンゴウって、ジアゾの戦列艦から放たれた砲弾を全て障壁で防いだっていう、あのコンゴウか? じゃぁこれどうすんだよ。」
「校門に何かあるのですか? 」
菊池には何も見えていないが、シュウイチに場所を教わり、手を伸ばして見えない壁を触ってみる。
「これが障壁ですか・・・」
「えぇ、それも強力なやつです。」
「設置型障壁を全魔力で張ってしまったので、何時消えるかもわからない。」
2人の鼠人教師は困り果てていた。たしかに校門が閉鎖されてしまっては不便である。
シュウイチ達は他の教師と共に解決策を話し合う会議を開いた。
会議では直ぐに効果的な解決策が出される。それは危険物排除として自衛隊に出動を要請するというもので、早速要請可能な元自衛隊員教師が準備を始めていた。現在の南海大島では緊急を要する時には教師でも自衛隊の出動要請が出来る。これは、南海大島が未だに魔物が闊歩する危険な場所だからであり、魔物の襲撃事件が度々発生するため、自衛隊は自警団と共にパトロールと駆除を行いつつ、緊急の際にはすぐに駆け付ける即応態勢が敷かれているのだ。
教師達の会議で結論が出たにもかかわらず、鼠人支援事業所の幹部達は判断に手間取っていた。自衛隊を動かすということは、今まで知事クラスが行う事であり、自分達が動かして本当にいいのか判断しきれなかったのだ。
遅い判断に、しびれを切らした自衛隊出身教師達が中心となって自衛隊への要請が行われることになる。彼等は自衛隊を離れる際に協力依頼されおり、「魔法関連の情報提供は定期的に行ってほしい」「我々は情報入手のためには協力を惜しまない」と言われていたため、早急な派遣要請に繋がっていた。
今回の件は情報入手に丁度いいものであり、自衛隊側からは「危険物排除で発生した損害はこちらで原状復帰させる」という回答を得られたため、鼠人支援事業所の幹部達もなし崩し的に了承するのであった。
利子の作った障壁は驚くべき防御性能が判明する。
派遣された陸上自衛隊と国の調査委員は、障壁の調査を行ってから自衛隊の装備で障壁を攻撃し始めた。障壁は小銃、手りゅう弾では効果なし、重機関銃の連射で何とか傷をつけられるものの、35ミリ機関砲でようやく有効なダメージを与えられる代物だった。自衛隊員と国の調査員は一回一回の攻撃を相談しながら行い、最終的に機関砲でできたクレーター部分に対戦車バズーカを打ち込むことでやっと粉砕した。これには攻撃を担当した自衛官や調査員だけでなく、その場に居た全員が驚愕する。
この一件は利子を担当する国の職員が情報統制を行うことで魔法授業の失敗として処理され、利子の情報は伏せられることになった。
時は遡り孤児院初等部保健室
白石小百合は授業中に倒れた赤羽利子を保健室に運び込んでいた。
「う、うぅ・・・」
利子は何かにうなされているように眠っている。小百合は初めて見る魔力切れの症状を観察しつつ、一種の優越感に浸っていた。
「貴女は私に生かされている。ふふふっ。」声には出さず、心の中で利子に語り掛け、小百合は利子が目を覚ますまで看病を続けるのであった。
次回は物体Xです。ついに宇宙からXが飛来します。




