南海大島のボランティア
南海大島、西部
南海大島は国土の割に鉱物資源に恵まれた土地であり、南海鼠人達はこの恵まれた地下資源を利用することで倭国に対抗してきた。そして現在、日本国の調査によって新たな資源が発見される。蜀には遠く及ばないものの、南海大島にも油田が発見されたのだ。
油田の存在は開戦前に倭国から情報提供がされていたが、規模が不明だったため終戦後に慎重な資源調査が行われる。調査の結果、将来の南海大島や日本向けの石油を供給するに見合う規模と予測できたため、開発が決定された。
南海大島西部油田の開発は当初から多くの課題と困難が予想されていた。油田は海岸から離れた密林の中にあり、開発するにしても日本へ輸出するにしても港までの距離がある。また、企業の多くが蜀に投入されており、南海大島での大規模開発は時間がかかるのだった。
この問題を解決すべく考え出されたのが南海大島復興計画である。島北部から強制移住となった住民の新たな居住地を、港から油田までのルート上に新しく造ることで難民支援と油田開発を並行させ、その労働力として日本本国から集められた学生達を活用するというものである。
南海大島北部は倭国の支配領域となっており、立ち入りはできなくなっていた。北部に住んでいた住民達は西部の居住地に仮暮らししている状態にあり、考え方の違いもあって住民同士のトラブルが絶えなかった。日本国が示した新居住地建設は南海鼠人達にとっても大いにメリットがあったため、出身地を問わず南海鼠人達も開発に協力するのだった。
現在、南海大島での学生ボランティア活動は道路や町づくりに移りつつある。学生ボランティアは派遣される前に南海大島の気候や鼠人、妖怪など住民の知識の他、建設企業が使用している道具の使用方法、安全講習を受けてから派遣される。学生は現地の鼠人支援事業所で各地へ振り分けられ、そこで数日間作業を行うことで各自の能力評価を行い、能力に見合った現場へ派遣されるのである。
このボランティア活動は今までのボランティアとは異なった性質を持っている。企業は学生ボランティアを現場で育て、学校卒業後に正社員として雇う予定であり、学生も就職活動の一環として参加している面が大きい。国と企業、学生ボランティアは社会の暗黙の了解でこの活動を行っていた。
ボランティアの現場は体力勝負であり、建設会社の作業員と共に行動するので参加する学生は自ずと体力と気力のある男子学生となる。その中で赤羽利子は数少ない女子学生ボランティアとして現場で活動していた。
体力に自信がある利子だが、現実は想像以上にきついものであった。
「はぁ、はぁ、後、少し・・・」
砂利を入れた猫車を押してちょっとした斜面を何とか登り切り、目的地で砂利を下す。単純作業だが、普段使っていない筋肉を使うのは思った以上に辛く、慣れるまでには1ヶ月はかかりそうである。
「利子ぉ~もう疲れたのか? 」
「だらしないですね。」
利子の隣を南海鼠人のユースとキドの兄弟が通り過ぎてゆく。兄弟は2人で猫車1台を効率良く運用していた。
「ちょ、反則・・・」
鼠人の子供と日本人では体格が違うため、孤児院の生徒達は2人1組となって作業を行っている。勿論、派遣されたばかりの日本人学生同様、危険の少ない単純作業である。
利子とユース、キド兄弟は比較的早い段階で出会っていた。兄弟の担任である菊池がクラスの派遣先の村で偶然にも利子と再会し、落とし物を渡したところから交流が始まった。2人にとっては何気ないやり取りだったが、生徒たちは日本人の行動をよく観察しており、ユースとキドの兄弟は利子に興味を持つ。
「ヴッ! 」
利子はよく転ぶ。何もないところですらも彼女は転ぶ。
「ギャー! タブレットにヒビが。」
言わなければいいのに自分の失敗を口に出す。
「これ、反対側に運ぶものだぞ。東西を間違えてないか? 」
荷物運びで配達先を間違える有り得ないミスに利子は見る見る顔が赤くなる。
ユースとキドの兄弟が利子を理解するのに3日とかからなかった。
利子と兄弟が共に作業する機会は多くなっていく。クラスの派遣先は担任教師が決められるため、利子を心配した菊池がなるべくクラスを利子の派遣先と被るようにしていた。
「あんな日本人がいることを知るのは情操教育にも良いな。」
菊池としては自衛隊や警察、医療関係者とは異なる、マイペースな日本人を教えるうってつけの存在が利子だった。
「しかし、女子高生が何故こんなところに・・・」
菊池の疑問は利子が魔法の授業に出ているのを見て解決する。
南海大島、グレートカーレ、日本人居住地のとあるアパート
小百合はボランティア活動へ行くために支度をしていた。
「小百合、体調は大丈夫なのか? 」
前日に妖怪の強力な妖気にあてられて気分不良を起こしていた娘を、父の涼は心配していた。
「馴れた。妖怪の観察と言ってもたかがしれているわ。それにしても、この程度の事で紅葉はまだ寝込んでいるの? ちょっと過保護なんじゃないかしら。」
「小百合、ここでその名は口に出すべきではない。」
小百合の一言に涼は注意する。
「あれは、我々の注意不足だったんだ。いきなり倭国の大物を見せるべきではなかった。」
鴉天狗はこの世界の調査を独自で行っていた。日本に上陸する魔物を調査する過程で「ナギ」達が妖気を感じ、妖魔や妖怪が存在する世界であることを認識する。日本国が倭国の使者と接触した際には使者の調査を試みたが、遠方にいたため出来なかった。
次に組織は倭国の外務局長が来日した際にナギに調査をさせた。なるべく離れたところからナギに妖怪を見せたのだが、コクコの圧倒的な妖気を前に対応したナギは精神をやられてしまっていた。
この世界では保有する魔力量で生き物としての格が決まり、これは生態系にそのまま当てはまる。魔力の無い日本人はこの生態系自体に当てはまらないが、中途半端に魔力を持つナギは生態系の最下層に位置してしまう。また、ナギは妖怪の実体把握に特化したものとなっており、コクコの内に秘めるドス黒いものも見てしまったナギが精神異常を起こすのも無理はなかった。
「今更真名を隠す意味が分からないんだけど・・・。私を担当する国の職員だって私達の真名を知ってたわよ。」
「なっ、なぜ今までそのことを・・・」
真名は組織内の名であり、鴉天狗構成員の本名ともいえるものである。涼は構成員の真名まで国に把握されていることに驚愕する。
「もう知ってると思ってた。」
組織がこのことを知らないはずがない、組織の情報が流出しているのを幹部は構成員に伝えていなかったのだろう。
「今時、古典的な方法で情報を隠すなんて無理なんじゃない? それじゃ行ってきます。」
小百合はそのまま部屋を出て行く。黒霧による改正国民保護法とマイナンバー制度の組み合わせによって、国民1人1人がより厳格に管理される現在、組織の個人情報は国にことごとく把握されていた。
南海大島西部
日本と蜀が設置した合同駐屯地で、移転作業が細々と行われていた。油田開発が決まったことで、港と油田の中間地点にある駐屯地を急遽鼠人の町にすることが決定されたのだ。駐屯地は蜀軍が撤退したおかげで広大な敷地に自衛隊の小規模部隊が配置されているのみであり、新たな町を作るのに密林や森林を切り開く手間が省ける優良立地である。自衛隊は南海大島での規模の縮小と再編も兼ねて移転作業と町の造成を手伝っていた。
この油田から港の間は南海大島でも熱の入った開発区間であり、日本人や南海鼠人だけでなく、海外からも出稼ぎ労働者が働きにきている。
「あれは本島の人間、あっちは狐人、あの妖怪はザコ・・・」
小百合は外国人を物色しつつ現場へ向かっていた。彼女は魔法の習得がメインであり、ボランティアは南海大島へ来る建前である。国は彼女に学習の邪魔にならないように軽めの作業を割り振っていたのだが、作業内容が日本人居留地での事務処理などであり、彼女がもう一つ請け負っている鴉天狗の調査とは相性の悪いものだった。また、小百合自身、異世界の土地や人種に人並みの興味があり、現場での活動を買って出ていた。
「結構人数はいるのに、ザコばかり。」
小百合はこの世界の人間や亜人、妖怪をナギの能力を使って確認していくが、当初考えていた「強力な存在が多い」という予想は大きく外れる結果となっていた。亜人だろうが妖怪だろうが銃火器の前では只の人と変わらない脅威度なのだ。南海大島で小百合が恐怖を抱いた存在が日本人妖怪だとは冗談もいいところである。
倭国人で西部に来る者は出稼ぎ労働者がほとんどを占めている。倭国は未だに妖力魔力で身分が決まるため、大妖怪と言われる者達には出稼ぎ労働者がそもそもいないのだった。
昼食休憩時
大規模なプレハブ食堂では人だかりができていた。
「お嬢さん。本当に大丈夫なんですか? 」
「医者に診てもらいましょう。」
小百合は日本人以外の作業員に囲まれていた。彼等の多くは倭国の出稼ぎ労働者であり、日本人が魔力を持たないことを知っている。しかし、極僅かに魔力を持つ小百合は、彼等には死に際の人間に映ってしまっていた。
昼飯が食べられない・・・小百合は心配が無い事を伝えたのだが、人だかりに興味を持った他の作業員も集まりつつあった。これだけの妖怪に囲まれたナギは近年では小百合が初だろう。本来ならば妖怪に食べられる以外に考えられない状態なのだが、彼女は全く動じない。「もうじき人だかりも消える」と思っていたのである。そう、強大な魔力が近づいていたからだ。
「あれ、小百合さん? 」
強力な魔力の元は利子だった。
「「友人」が来たのでもう心配はありません。」
小百合は友人を強調して言う。程なくして作業員が利子の存在に気付き始めた。
「は、はうぁっ! 」
所々で作業員が驚きの声をあげ、人だかりは一瞬で消える。
「 ? 何かあったの。」
「さぁ? ところで、まだお昼を食べていないなら一緒に食べませんか? 」
「うん! 食べよう、食べよう。」
偶然出会った小百合の口から友人と言われ、利子は上機嫌で昼食をともにする。水と油の関係にある2人の仲は互いに秘密を持ちながらも少しずつ近づいていくのであった。
後日、現場からのクレームで利子と小百合の2人はこの工区から外され、鼠人支援事業の孤児院での作業に組み込まれることとなる。
闇ボランティアとナギの話でした。
ナギは対人早期警戒レーダー的なもので、その感度はこの世界でもトップクラスです。
強大な魔力を保有していても利子のように敵意無しの妖怪や魔族の存在は、この世界の住人でも探知しづらいものです。小百合はどんなに敵意が無くても探知可能であり、陰の存在なのか陽の存在なのか瞬時に判別できます。




