世界史と日本史 その3
ジアゾ国とロマ王国の戦争、通称ジロ戦争は異例ずくめの戦争となる。パンガイアでは大小様々な戦争があったものの、海を隔てて大陸間で戦争することは今まで経験が無く、魔法文明と科学文明初の戦争でもあった。
パンガイア大陸北東部という厳しい気候のロマ王国は、国名にもなっているロマ人の国家である。彼等の居住地は作物の育たない土地であり、動物を狩り、僅かな木の実やキノコなどを採集することで、日々の糧を手に入れていた。居住地周辺の食料が減れば住居を移動し、また、強大な魔物が来れば居住地ごと避難するという生活を長年続けてきため、彼等の文明レベルは長年最底辺であった。
そんなロマ人の歴史は永久凍土の下に広がる古代遺跡の入り口を発見することで大きく動き始める。遺跡を発見した当時の王や族長達は徹底的な隠ぺい工作を行い、遺跡は諸外国や大半の国民に極秘とされた。
遺跡発見は、本来ならば国をあげて喜ぶべきことなのだが、そうはいかない理由があった。ロマ人達が遺跡を発見したのは両ノルド帝国が100年戦争に突入し、激しい戦闘が行われていた時期だったのである。国内の遺跡を巡って多くの国がノルド人の戦争に巻き込まれ、滅びに瀕していたことは辺境のロマ王国にも伝わっていた。遺跡は扱いを一つ誤るだけで国を滅ぼしかねない危険な存在でもあったのだ。
ロマ人は遺跡を闇に葬ったわけではなかった。彼等は独自に遺跡の解析を始め、少ない外貨を選りすぐりの国民を外国留学や先進企業に送ることで古代文明解析の知識と技術を得ようとした。派遣された国民は何も知らされておらず、文明に馴れた者の中には帰国を渋る者も出たが、帰国後の好待遇によってロマ王国は優秀な学者や技術者を手に入れていった。
100年戦争が終結した頃、遂にロマ王国が動き出す。戦争で疲弊した先進国が思うように動けない時期を狙って、一気に南方各国へ侵攻したのだ。ロマ王国は航空兵器の解析が終わっていなかったものの、王国が古代兵器を保有しているとは思っていない周辺国は瞬く間に制圧されていった。
ロマ人の侵略は南方の穀倉地帯と港を手に入れたことで一応の終息を見せる。彼等は長年の経験から、自分達の実力をわきまえていた。「必要以上の獲物は取らない」これがジロ戦争まで彼等を大きく増長させていた根源である。
ジアゾ国が転移してきた時代、多くの土地と資源、奴隷という労働力に支えられ、ロマ王国は地域大国として確固たる地位を築いていた。
最盛期を迎えた王国を維持するには更に多くの土地、資源、労働力が必要だったが、アーノルド、スーノルド両国、各先進国が100年戦争の混乱期を脱した今となっては、パンガイア内で戦争による領土獲得が難しくなっていた。そんな時に現れたジアゾ大陸は、彼等の目にどう映るかは言うまでも無い。
ロマ人にとってジアゾ人は魔力を持たないエルフモドキであり、文明も劣る蛮族としてしか映っていなかったため、「ジアゾ人は組みやすし」として侵攻を決意する。先ずは領土を要求、断られると奴隷となる労働力や資源を要求していった。
ロマ人は必要以上の獲物は取らない。だが、最盛期を迎えたロマ王国は大陸を獲物にするほど巨大化していたのだった。
「全く、どこを見ても蛮族しかいませんね。」
「そう言うなって、今もパンガイアの連中からしたら瘴気内に住んでいる人間は全て蛮族だ。」
うんざりした表情で声を漏らすシヴァに、トライデントは遠回しに見方を変えるよう仕向ける。
「世の中歪みきっています。このような世界を作った女神は、きっと蛮族神なのです。」
トライデントの小さな心遣い虚しく、シヴァはこの世界の創造神である女神のせいにする。
「蛮族神か、あながち間違いではないな。世界中の蛮族同士を戦わせて、最終的には庇護しているノルド人と戦わせようとしているのかもな。」
「では! 私達は女神の主催する蛮族頂上決戦に巻き込まれたとでも言うのですか! 」
口を滑らせて出た憶測に、シヴァはヒートアップしてしまった。南海鼠人の国が滅び、その原因を憶測で言ってしまったのだ、彼女が怒るのも無理はない。
シヴァは怒りをぶちまけようとしたが、隣から鳴き声が聞こえたため急いで部屋から出て行く。隣の部屋にはシヴァの子供がおり、護衛と子守り付きで厳重に守られているものの、鳴き声がすると仕事を中断して彼女は見に行っていた。
憶測を声に出してはいけない。昔から緊張感をもって自分は生きてきたはずだが、戦争が終わった気の緩みが出てしまったのだろうか?
「気を引き締めないとな。」
トライデントはシヴァの資料を見ながら歴史を読み進めていく。
ジロ戦争は倭国の外交戦によって勝敗が決まったと言っても過言ではない。倭国はロマ王国周辺国、神竜の協力、ロマ王国の内部工作を裏から進め、決定的な場面で事を起こした。
戦争は圧倒的優勢でロマ王国がジアゾ大陸に侵攻し、大陸の3分の1を瞬く間に制圧する。近代VS近世の軍では戦いにならないのだ。しかし・・・
ロマ王国の予想に反して、ジアゾ国が粘り強く戦ったことで戦争は4年に及び、ロマ王国軍の補給線が伸び切っていた。そこへ、神竜ヴィクターが現在の日本国、北海道の北方海域で飛行や狩りを1ヶ月行うことで戦争の形勢が逆転する。北海道の北方には現在の日本国を脅かし続けている魔物の巨大コロニーが存在しており、魔物達は住処の近くに突如として現れた神竜に、集団パニックを起こして神竜とは逆方向に大移動をしたのだった。
魔物達の移動先はロマ王国の海岸であり、港であり、軍港である。後に「大海嘯」と呼ばれる魔物達の大移動によって、ロマ王国沿岸は甚大な被害をこうむり、港の機能をほぼ喪失する。時を同じくしてジアゾ大陸の橋頭保となっている港にも魔物達は押し寄せ、大陸に上陸した70万を超える遠征軍は、補給を完全に遮断されてしまった。
ロマ王国のジアゾ大陸遠征軍は古代兵器によって圧倒的なアドバンテージを得ていたが、補給が無くなったことで、そのアドバンテージを失ってしまう。ジアゾ大陸は人機1型を動かせる最低限の屑魔石すら採掘できない、魔石の乏しい土地だったのだ。
ジアゾ軍は魔導通信を導入して倭国と連携を取りながら、この混乱を最大限活かしたのである。
ロマ王国の急激な弱体化によって、国境を脅かされていた周辺国は、この混乱をチャンスとばかりに連合軍を組織して王国内に侵攻を始める。ここでも倭国が裏で各国をまとめ、行動のタイミングを指示していた。
各国は、ある大妖怪の手のひらの上で踊らされていた・・・
「妖狐コクコ、お前だけでも地獄に送ってやりたかった。」
トライデントはシヴァの前では決して見せない殺意のこもった表情となる。ナブラが鼠人王となる前からトライデントはコクコが倭国を好き勝手に動かしているという確信があった。
「ことごとく停戦の努力を潰しやがって・・・」
南海大島での長年の殺し合いは、妖怪側にも大きな被害が出ており、双方ともに停戦の機会は何度もあった。しかし、停戦交渉が実現する前に必ず横槍が入って一度も交渉は行われなかった。証拠は無い、だが、何度も失敗すれば倭国内で力を持つ誰かが動いているのは察しがつくし、自分が立案、実行した作戦が失敗した時と同じ感覚でもあった。証拠はなかったが、トライデントは自分を負かす手口に共通するものを感じていたのだ。
当時、南海鼠人は戦略的な重要目標として倭国の重要人物殺害リストを作成していた。リストのトップは最高権力者のフタラ、次に第2位の実力を持つアカギ、最強の兵士オウマと続いていたが、トライデントは自身の権限を使ってコクコを第4位の殺害対象とした。
「奴は殺害リストトップでよかった。他は殺す意味が無い。」
とにかく倭国で1番偉い奴、強い奴を目標とした殺害リストは、南海鼠人全てに分かりやすい目標となったが、あまり意味の無いものだった。リストをもとにした作戦が計画されていなかったのである。
「本島の奥に籠っている巫女や、軍の中枢で指揮を執っている者をどう攻撃するってんだ? 少なくとも、南海大島に良く来る妖狐の方が作戦を立てやすかったし、成功した時の効果が一番大きかった。」
トライデントは日本国の新聞からコクコの映る部分だけを切り取って掲示板に画びょうで張り付ける。勿論、画びょうはコクコの顔面に刺している。
「俺が初代鼠人王だったら、お前は既に死んでいる・・・・・・おっといけないな、邪な考えは捨てよう。」
トライデントが椅子に戻る頃、シヴァが部屋に入ってくる。どうやら子守りで彼女の熱は下がったらしい。
「戻りました。何処までいきましたか? 」
「ジロ戦争が終わったところまできた。次を頼む。」
トライデントは、にこやかにシヴァへ対応する。
「かしこまりました。次は日本国の歴史で世界大戦についてです。」
「第2次で死者300万以上? どんな負け方したんだ? 」
2人は今後も空いた時間を利用して歴史研究を進めるのだった。
日本国東京、倭国大使館
外務局長のコクコは部下から預かった同心会の指令書に目を通していた。
「日本国が蜀へ供給している兵器を倭国にも供給するように仕向けろ、か。くだらないですね、実にくだらない。」
コクコが指令書から手を放した瞬間に青白い炎を放って書類は燃え尽きる。
「組織はもう時代に合っていない。これ以上は害だ。」
コクコは組織との決別を決意するが、この様な判断をする大妖怪は前代未聞である。同心会は「やめます」と言って抜けられるものではなく、現在のコクコが組織を抜けるには死しかない。しかし、彼女は既に策を考えてあった。
抜けられないなら組織自体消せばいいのである。コクコは独自調査の末に手に入れた、ある資料を取り出す。
「タクティカルトマホーク、核搭載での威力なら申し分ない。これならアカギに引導を渡せるな・・・老害は早く消えるべきだ。」
世界は常に陰謀が渦巻き、時に歴史を動かす。
どこもかしこも、どいつもこいつも仲悪ぃなおい!
さて、歴史の話はお終いです。社会の授業同様で眠くなりますね。しかし、次話も社会の授業系です。
ロマ人ですが、この話に出ていない裏設定があります。サマサ人もそうですが、大陸東側の人種、国家は魔族帝国の影響を受け継いでいます。




