世界史と日本史 その2
「ちょっと待て。本当にそんなことが書いてあるのか? 」
トライデントは一時シヴァの報告を止めて信憑性の確認を行う。彼は裁判の関係で日本国に来てから日本社会や日本人について大急ぎで勉強して知識を身につけたのだが、現在と比べて過去の日本人は余りにもかけ離れた倫理観を持っていたので理解が追い付かない。
「これらは現在の物ではなく、侵攻後比較的早い時期に書かれた書物を翻訳したものです。まぁ、当時の日本人が多少脚色したと思いますが・・・」
「武士とは一体どんな存在なのだ? 資料によれば騎士に近いが・・・」
シヴァは武士について当時を伝える文献と共に解説していく。子供の頃から弓術と乗馬を厳しく教えられ、先祖元来の土地に土着し、農村の支配に適した場所に館を構え、領地の拡大に努めていた。この様な存在はノルドの騎士に近いものがある。
世界の大帝国相手に戦い、国を守り切った武士達はこの世界で言う英雄に違いない。しかし、シヴァが最後に持ってきた回答は自分達の思い描く英雄像とはかけ離れたものであった。
「館前を通る物乞いや聖職者を捕らえ、首を切断して生首を屋敷に飾っていたそうです。これが儀式的なものなのか、シンボル的な何かは私には判断できかねますが、流石は異世界と言ったところです。まるで妖怪ですよ。」
当時の文献に記されている文章にトライデントは声も出ない。南海鼠人は戦傷の他、先天的に体や精神に障害があって社会生活に支障がある者はいるが、当人の出来る仕事を割り振って社会の一員として扱っており、物乞い自体存在していない。そもそも、社会の弱者を殺害すること自体あり得ない事である。そして、聖職者殺害も考えられない事である。南海大島は神竜教が広まっており、信仰する者は多い。司祭や牧師はどんなに小さい村にも必ず存在しており、社会に無くてはならない存在という位置づけであった。
「当時の農民は大変だっただろうな。」
「えぇ、一部の武士とは思いますが、農民の家に押し入って物を盗み、娘を強殺。商人に対しても同様の事を行っていたそうです。」
「そうか、農民の生活はどうだったんだ? 」
農民は国家を支える基盤である、トライデントは当時の農民を知れば今の南海鼠人が見習うべき事が見つかると考えた。
シヴァは農民の生活も文献を見せながら説明していく。
「以上が農民の生活です。余談ですが、彼らは近場の戦争時には昼食を持って見物に出かけ、戦闘終了後は兵の死体から装備を回収して生活資金にしていたそうです。また、落ち武者狩りと呼ばれる行為も横行しており、戦に敗れた武士が相当数、付近の農民に殺害されていたそうです。」
「何をやっているんだ農民! 」
日本に対して偏見を持つシヴァに資料集めを依頼したのが悪かったのか? それともちょっと調べるだけでこの様な資料が見つかる日本国が悪いのだろうか? トライデントには判断できない。
この資料は800年以上前のものであり、現在とは倫理観が多少異なっても変ではないが、当時の日本人が何処をどう間違ったら現在の日本人になるのか見当がつかなかった。
「この様に武士は敵対する家だけでなく、親兄弟親戚同士でも殺し合いが行われており、幕府の力が衰えると戦国時代に入ります。ほとんど妖怪と変わりませんね。」
所々でシヴァは日本人を妖怪と変わらないと言っているが、話を聞くにつれてトライデントも同じ考えを持つようになっていた。今でこそ行っていないが、倭国の妖怪の中には人間妖怪問わず殺害した者の体を解体して自宅や領内の至る所に飾り付けていた者がいたし、人間と戦っていた時から権力闘争で親兄弟親戚と殺し合うのは珍しくなかった。
生き残るために一族総出で生き抜いてきた鼠人にとって肉親同士の殺し合いは理解しがたいことである。トライデントは軍団長になる前から独自に歴史資料を集めて研究した結果、いくつかの答えが見えていた。
「あぁ、代々命のやり取りを経験し、幼少期から己を鍛えて絶対の自信を持つ者特有のものだ。「妖怪と鼠人は根本的に違う人種」と言う認識が南海鼠人の間では一般的だが、実を言うと最近はそうでもないんだよ。」
「どういうことです? 」
「日本国が転移してこなければ、近い将来南海鼠人も同じ歴史を歩んでいたかもしれないと言うことさ。」
鼠人が妖怪や日本人と同じ歴史を歩むということが理解できないシヴァはトライデントを睨み付ける。
「近年、我々は急速に力を付けてきた。妖怪すら退けるほどの力をな。その結果、力に溺れた者が日本に戦争を仕掛けて自滅した。もし、日本が転移してこなかったらどうなっていたと思う? 」
「言うまでもありません。倭国を滅ぼし、蜀を支配して瘴気内に強大な国を作ったでしょう。」
全くシヴァらしいほっこりする回答である。愉快な回答にトライデントは南海鼠人の裏事情を話していく。
「実は日本との開戦前から我々にも内部で権力闘争が起きかけていたんだ。具体的にはナブラの長男次男が鼠人王の地位を狙っていた。」
「ガントレッド様は本島への侵攻が成功すれば王になられたお方。動機がありません。」
「長男次男で狙っていたと言っただろ。ブリガンテはガントレッドが本島に上陸したら何かと理由を付けて海上輸送を止める計画を立てていた。ガントレッドはガントレッドでその情報を嗅ぎつけて侵攻作戦が始まる前に王の座につこうとしていたのさ。第1と第2で仲が悪いのは有名だろ。」
「そんな、嘘です。そんな事をしたら大勢の兵士が・・・それに、王が気付いていないはずがありません。何か対策をとられていたはずです。」
「俺は早い段階でナブラに忠告はしたし、穏便な解決策も出しておいた。だが、奴は我が子可愛さで対策という対策は取っていなかったんだ。それどころか自分が息子に討たれた場合はガントレッドに従って本島の侵攻指揮をとってくれとまで言われる始末さ。」
トライデントの話は証拠がないため信憑性はない。しかし、彼が即興で作り話をしているとは到底考えられなかった。
どんなに仲が悪い者達とも戦闘時には協力して敵と戦ってきたシヴァは組織も同じだと思っていたが、自分の知らない所でこんなことが起こっていたなど信じられなかった。
「ある程度の力と自信を持つと闘争が起こる。逆を言えば南海鼠人がそこまでの力を手に入れて余裕が生まれたというわけだな。」
2人は日本の歴史や文化を、この世界の歴史や文化と比較してゆく。
「戦国時代が終わったことで、平和な時代が長く続いたようです。」
「確かに良くなっているが、木造住宅に服は前時代とあまり変わらないな。」
「平和な時代は鎖国政策を採用して外国勢力を排除したことによる成果も大きいとありますが、結局は強国の圧力で開国、力の衰えた幕府は明治維新によって滅び、新政府が誕生します。」
トライデントはこの歴史を聞いて軽い既視感を覚える。
「300年程前の倭国成立に似ているな。」
ジアゾ国が転移し、瘴気が晴れた時に妖怪達がジアゾの圧力によって倭国を作った状況に似ていた。
約300年前、転移直後で右も左もわからないジアゾ国は周辺海域に艦隊を派遣して本島を発見、想像を絶する魔力を含有した最高品質魔石を見つける。
見たことも無い船に乗って現れたジアゾ人を妖怪達は驚きつつも、魔力の無いエルフのような何かくらいにしか思っていなかった。そして、ジアゾ人はお伽話の魔族に似た妖怪達を警戒しつつも人間と共存していることに大いに驚いたそうだ。
当初は互いに警戒していたものの、妖怪達が大した兵器を持っていないことに目を付けたジアゾ国は魔石を求めて本島への圧力を強めていく。火薬を使用した銃という兵器は妖怪に致命傷を与えられるものであり、大砲に至っては大妖怪ですらも防ぐのが難しい兵器であったため、社会に大きな混乱が生じることとなった。
本島に住む妖怪や人間達の中にはジアゾ人を追い払う派と多少の要求は呑む派に分かれて一触即発の状況になったが、とある大妖怪の一言によって倭国が誕生する。
「皆さん、私達がすべき事は同じ土地に住む者同士が意見の相異でいがみ合うのでは無く、団結し外国の圧力に負けない国を作る事なのです。」
この大妖怪は率先して国の基盤を作り、足りない知識を先進国であるジアゾ国へ自らの足で赴いて学び、国づくりに活かしていった。この功績と経歴から、その大妖怪は現在でも外務局長という国の重要なポストについており、この頃から「コクコ」の名は歴史の表舞台に出るようになる。
急速に国際化を遂げた倭国に手をこまねいていたジアゾ国は、ここにきて南海大島に目を付ける。妖怪と敵対関係にある鼠人を支援することで倭国の混乱を計ったのだ。倭国からの内政干渉という批判を無視する形でジアゾ人は南海鼠人に武器と知識、文化を輸出していった。
「うちらが急速に文明化したのはこの頃だったな。」
「ジアゾ合衆国の外交団が南海大島を視察した際に、「懐かしい」「落ち着く」と言っていたのは我々がジアゾの文化圏に属しているという証拠でしょうね。」
「そうだな、南海鼠人が急激に発展していく一方で、今度は大陸同士の大戦が始まるわけか・・・」
妖怪達がジアゾ国の内政干渉に大きく反発せず、内乱も起きなかった理由はコクコが裏で動いていたからだが、彼女には大きな考えがあった。
当時、瘴気内国家に外交圧力をかけていたのはジアゾ国だけではなかったのだ。パンガイア大陸北東の大国、ロマ王国が恐喝まがいの要求を瘴気内国家にしていたのだった。
「無償で魔石を供給しなければ滅ぼす」古代兵器を保有していない倭国も蜀もその要求を呑まざるをえず、ロマ王国は瘴気内国家にとって悩みの種となっていた。
ジアゾ国の出現は悩みの種の追加であり、妖怪や人間、白狼族も頭を抱える中、コクコだけはチャンスと捉える。彼女は瘴気内国家、ジアゾ国、ロマ王国と周辺国へ足を運んで「外交の種」を蒔いていった。そして、ロマ王国とジアゾ国をぶつけることに成功する。




