対峙 その3
名も無き組織の報告に2人の総理は飛び起きた。
「なんてことを、宣戦布告と変わらないではないか! 」
「その心配はありません、古代文明は既に滅びています。」
「この世界では、遺跡の利用に関しては早い者勝ちなのです。」
組織の面々は淡々と答えてゆく。
「しかし、何故通信装置を破壊したのですか? 」
現総理は相談も無しに遺跡の破壊を実行した理由が分からなかった。
「稼働している月面の遺跡へアクセスした結果、大量破壊兵器の情報が判明したためです。」
「理由は定かではありませんが、一部のホストコンピュータが一時無防備に近い状態であったため掌握し、攻撃に使われるであろう機能を破壊した次第です。」
「これで月の古代文明が大量破壊兵器を暴発させることはありませんし、他国が月の情報を手に入れることも出来なくなったでしょう。」
内閣情報集約センターの会議室モニターには月の遺跡に配備されている大量破壊兵器の情報が表示される。
「このパンドラ弾頭と呼ばれる爆弾は今も月に配備されていることが確認出来ましたが、今回の破壊工作で実質無力化できました。」
「パンドラ弾頭の威力は我々の科学では水爆でなければ出せないものです。これが日本に直撃した場合、列島は消滅します。」
「また、月への配備は確認されていませんが、古代文明最強の兵器は「空間破砕弾」と呼ばれるもので、この兵器に関しては設計図も入手できています。」
「まさか、あなた方は古代文明の兵器を作る気でいるのですか! 」
恐ろしい情報が次々に判明する中、総理は組織に問う。
「とんでもない、空間破砕弾に関しては我々の手に余るものです。この爆弾は炸裂したら最後、太陽系が吹き飛びます。」
「原材料が中性子星の核と言う時点で、我々には作成不可能なのです。」
「俺達の争いがちっぽけなものに感じるな。」
前総理は余りにもスケールが大きい話に自分達が携わる戦争が酷く空しく感じられた。
「しかし、よく異文明のコンピュータにアクセスできましたね。」
「我々は転移直後から衛星軌道に人工物があり、月面にも建造物があることを分かっていましたので、早い段階で接触を試みていました。」
転移後、黒霧に囲まれていた日本にとって、宇宙にある人工物が唯一の希望であった。しかし、どの様な方法をとっても返事が来ることはなかった。
「古代文明とは通信手段が異なることが判明したのは倭国との接触からです。」
この世界初の接触国、倭国から得られた情報によって宇宙空間の人工物が古代文明の物と判明し、それから国は魔導通信の研究を進めることとなる。
「転機となったのはフェイルノートの到着です。ジアゾの魔導通信技術のおかげで魔導衛星通信が可能となりました。」
「科学技術が流用できたのは幸いでした。」
日本国の魔導通信技術は瞬く間に世界トップの水準にまで達した。
この世界では衛星通信を行うには遺跡を利用しなければならないが、それは受信機と送信機の技術が未熟なためである。特定の魔力波、データ通信、送受信には一定以上の技術が必要であり、基礎技術の低い各国には開発できなかったのだ。それに対して、あらゆる波の研究を行っていた日本は新たな波である魔力波に関しても特性を一早く掴むことができ、機器開発に繋げていた。
「ジアゾ外交団から、この世界の先進国が遺跡へのアクセスコード入手に膨大な年月をかけている事が分かりましたが、我が国のスーパーコンピュータを利用すれば容易に割り出せます。」
日本国は地球で得られたアドバンテージを最大限活かし、この世界の各国が手を出せない宇宙の遺跡を次々に手中に収めていた。
「今までの話は分かりました。しかし、先ほどの答えにはなっていません。異質のプログラム同士を何故繋げられたのです? プログラミング言語ですら未知のもののはず・・・」
現総理はそこまで言ってあることを思い出す。
「・・・そんなところまで、この世界は「翻訳」されるのですか。」
「ええ、この世界は我々のいた世界とは物理法則自体異なる可能性が高いのです。」
「この映像をご覧ください。」
会議場のモニターには透明な容器に詰められた黒い粉が映し出される。
「ご存じの通り、これは黒霧によって分解された「物」です。」
職員は転移前に黒霧近海の海底から入手した正体不明の粉を説明を始める。この粉自体、成分など一切が判明していないため、ただ「物」と表現していた。
「転移前、各国の研究者からこの粉が反物質を内包している可能性が指摘された正体不明の粉ですが、現在はこのようになっております。」
モニターが切り替わり、画面には淡い光を放つ粉が映される。
「全てのサンプルがこのような状態です。この粉の正体は倭国との接触で「魔石の一種」と判明しました。」
「ではなにか? 黒霧の分解物がこの世界では魔石になるのか。」
「はい、我々は物理法則の異なる世界に来てしまったということです。宇宙をいくら探したところで、天の川銀河は発見できないかもしれません。」
「そうそう、我が国は天の川銀河をはじめ広大な宇宙図を持っています。戦争に負けた場合を考え、それらの処分も考える必要がありますね。」
政治の話から外れるので肩の力を抜けと言われたが、大嘘である。
「とんでもない世界に来ちまったわけだ。俺は転移で日本が沈没するんじゃないかと身構えていたが、そんなことにはならなかった。国土が崩壊しなかっただけでも恵まれているよ。」
前総理は転移によって国が滅びず、それどころか国家として軌道に乗り始めた現状を幸運と思っていた。
「日本沈没ですか、懐かしい響きですね。私としてはいっその事、沈没した方が納得いきました。」
「何言ってんだおめぇ。」
理系の職員が放った言葉に前総理はその理由を聞く。
「当初は日本周辺が転移したと判断していましたが、あり得ないのですよ。全く違う星に転移したのにもかかわらず、国土はそのまま。転移前に活発だった火山はこの世界でも変わらずに活発、まるで我が国がこの星に最初から存在していたような、偶然ではあり得ない、説明がつかない状態なのです。」
「周辺国に確認してみたところ、現在の我が国がある場所は黒霧が大幅に後退しても霧に覆われている「万年瘴気地帯」だそうで、日本の転移以前に何があったかは謎のままです。」
「古代文明人が、この世界の住人ではなく転移してきた存在ならば、こう思うでしょうね「こんな不気味な世界からは早く脱出しよう」と。」
日本国は国として世界大戦に備えなければならない一方、この世界を解明するべく行動を加速させるのであった。
危険な遺跡に手を出す輩は何処にもいるものです。




