対峙 その2
「回答次第では政界から消えてもらいます。」
本題に入ったことで会場は緊張に包まれる。
「我々が知りたいのは、あなた方の覚悟です。」
「パンガイアとの戦争に向けて憲法改正へ進むのか、現行のままなのか、示していただきたい。」
総理は憲法改正について態度を表明しておらず、周囲にも話していない。名も無き組織は今後の行動を決めるうえでも総理の心の内を知りたいというのもあるが、最も確認したいことは「日本の進路を決める政治家が国を率いるに相応しい者か」である。
総理は目をつぶり、ゆっくり立ち上がった。
南海大島で行われた「テロ組織壊滅作戦」の実態を知った総理は、名も無き組織を公の場に晒して審判を受けさせようとした。しかし、組織は転移前の暴動や転移時の混乱を素早く治めた実績によって、絶大な発言力と組織力を身につけていることが判明し、手に負えない存在となっていた。
2人の総理は今も組織を潰すべく協力関係にあるが、現総理は国のためにも組織を利用することを考え始め、組織から会合の誘いを受けた時点で国の方向性を決めていた。
「憲法の改正を国民に問う方向で考えています。」
総理の回答に会場内がどよめく。
「総理は改憲反対派ではなかったのですか? 」
「私は状況の変化にはなるべく対応する気でいます。ここは地球ではないのですから・・・」
総理の回答は意外なものだったため、質問する職員は改憲バージョンの資料を取り出す。
「我々は国民投票まで行けても、改憲には至らないと予測しています。現行憲法でどう行動するのですか? 」
与野党のトップが手を組めば国会は通るが、「無職の派閥」が再度勢力拡大している現状では国民投票がネックになる。そのため、名も無き組織は2人をこの場に呼び、判断を仰ごうとしていた。
「私は改憲が重要とは考えていません。国民が自身の置かれている状況を踏まえ、自身の責任をもって投票することが重要と考えています。」
総理は国民の判断を何よりも重要視していた。憲法改正は国民の審判があって初めて効力を発揮するのである。改憲に国民が反対した場合、総理は国民の判断を尊重しつつも、ある考えを持っていた。
「改憲できず、戦争が回避できなかった場合、私は全ての責任を負って憲法を無視する。」
今までの総理からはあまりにもかけ離れた発言に、名も無き組織だけでなく隣の前総理も驚愕し、会場は喧騒に包まれる。
総理の心境変化は異世界への転移という環境の激変、そして2人の人物との出会いがあったからである。1人は神竜ヴィクター、彼に会ってから総理は未来を見ただけでなく、国を動かす上で最も重要なことを思い出させてもらった。
もう1人は転移前、国連で「小さな巨人」と言われていた女性である。
「ルールは守らなければならない。でも、リーダーはルールを守るだけではいけない。」
世界中からのバッシングをものともせずに、己のすべきことを成し遂げた彼女の言葉は、総理の決断を後押しする決定打になった。
「憲法無視など、俺が黙っているとでも思うのか。」
隣の前総理は断固として反対の立場である。しかし、
「改憲は、手遅れなのですよ。」
「なぁにぃ~」
「我が国には、既に改憲のチャンスは無いということです。」
日本国憲法を改憲する機会が今まで無かったわけではないが、国民も政治家も戦争を忌み嫌うあまり戦争の本質を見なくなっていた。「戦争は他国がすること」「戦争は他人がすること」国民の大半はこのような認識なのである。国民投票で戦争が出来る国に投票する国民は、とてもではないが半数に満たなかった。逆に、現在の状況だと「必要に迫られた」国民は簡単に改憲への道を選んでしまいかねない。
この状態で戦争を仕掛けられて国が滅びれば、全ての責任は日本国民にある。それが民主主義なのだ。しかし、現総理は国民の責任を全て1人で背負い込む覚悟を示した。
現総理は朝から少し様子が変だった。まるで迷いが無くなったようで、妙にリラックスした彼に前総理は違和感を持っていたが、新薬で体調がよくなったとばかり思っていた。だが、今までの発言から現総理は日本の未来について腹を決めたと分かり、前総理は口を開く。
「勝手に1人で抱え込むな。せめて、この場の人間を全員道連れにするんだな。」
前総理は野党筆頭として事あるごとに総理の姿勢を追及してきた。それは問題に対して国を率いる者の考えと姿勢を問い、国民に示してもらうためであり、「それがどうした」で済む多少の失敗や不手際に対する追及は一々行なっていない。
彼の考えでは、国の頂点に立つリーダーは降りかかる火の粉を自力で払えるのが最低条件であり、その点に関して言えば現総理は及第点がとれていた。国が滅びるまで政争を行う気のない前総理は現総理の考えに同調する。
「まさか、あなたの口からそんな言葉が出るとは思いませんでした。てっきり徹底抗戦するものとばかり・・・」
「国が亡ぶかどうかの瀬戸際で政治の混乱を望むような輩はただのバカだ。」
「「「・・・・・・」」」
質の悪い男同士の友情を見た名も無き組織の面々は、苦笑いしつつ固まっていた。彼らは今回の会合で与野党のトップを陰から操るべく数々の絶望的な資料を用意していたが、それらは全て無駄になったようである。彼らの目の前にいる2人の総理は、暴動発生時に国民に訴えかけるしか出来なかった無能とは違い、日本の未来に対する覚悟が出来ていた。
「あなた方の覚悟、確かに確認できました。ようやく、我々はこれを貴方に託すことが出来る。」
上杉は重厚なケースを総理が座るテーブルに置き、総理はそのケースを見るなり顔を曇らせた。
「これは、核のスイッチですか・・・」
「核保有国となった我が国の総理には、常にこのケースが後を付いて行く事になるでしょう。」
「気が早いのではないか? 核はまだ設置型しかないぞ。」
「その情報を本当に信じていたのですか? 」
「なにっ! 」
古い情報しか持たない前総理は驚くが、名も無き組織のメンバーはすかさず最新情報を伝えた。
「現在、我が国が保有する核爆弾は33発。600発を目指して量産しています。」
「開戦前には大陸間弾道弾に搭載され、アーノルド、スーノルド両国と前線拠点のサマサに向けられます。」
前総理は自身が持つ情報を遥かに上回る核戦力を持とうとしている国に驚愕する。
「そのような予算を可決した覚えはありませんよ。一体、あなた方は何をしたのですか。」
現総理は防衛費で核兵器の量産に関するのもが無かったことを組織に問い詰める。
「核兵器を量産するための予算がおりるはずがないので、他省庁の予算から流用しています。」
「最強のカードを持たずして、負けたくはありませんので。勿論、そのカードを使うかどうかは総理、あなたの判断に委ねられます。」
「馬鹿を言うな。相手が認知して初めて外交カードとして使えるのだ、黒霧外国家は核兵器どころか我が国の存在すら知らないのだぞ。」
前総理は初歩的な疑問をぶつけるが、現総理は組織の性質から既に何かしらの計画が進んでいると予想できた。
「あなた方のことです、何かしらの手は打ってあるのでしょう? 」
「今はお話しできませんが、我が国の核兵器はできうる限り外交カードとして使えるように組織をあげて動いています。」
「唯一の被爆国が先制核攻撃とは皮肉もいいところだ。核なしで戦争を終わらせることはできんのか? 」
「はい、そのために今日の会合を開いたのです。」
総理も名も無き組織も日本が核兵器を実戦で使用することは極力避ける方向で話が進む。名も無き組織はあえて言葉には出さなかったが、2人の総理と組織の間では核使用に関して大きな見解の相異があった。
2人の総理は核兵器の使用自体を避け、外交カードとしてのみ使うと考えていた。しかし、名も無き組織は「日本が核兵器を使用しない」という方向で考えており、この会合の場で意見の相違があったと総理が気付くのは大陸間戦争の後半、瘴気内連合軍が後段作戦を開始した時となあ。
1時間後・・・
名も無き組織は日本が進む方向を決める2人の人物に戦争の早期終結に向けた数々の計画を公開し、同時に問題点を話して協力を求めていた。
「つまりは、組織が大きくなりすぎた弊害が出ているというわけですか。」
「目標のため権力者に媚を売り、弱者を脅迫して言うことを聞かせ、それが限界を迎えたから俺達を頼ったわけか。」
名も無き組織はその活動から日本において大きな力を得たが、各省庁の実力ある権力者からは便利屋扱いされるようになっていた。省の利益のために名も無き組織には無理難題が押し付けられるようになり、度々組織目標から逸脱するような行動もせざるを得ない状態となっている。権力者の中には組織の活動に理解を示す者もいるが、表立って協力できるはずもなく、名も無き組織は機能不全を起こしつつあった。
2人の総理はいくつもの計画を聞きながら、名も無き組織の脆弱性を容易に見抜いていた。結局のところ、組織を機能させるには有力政治家の協力が必要不可欠なのである。
「仰る通りです。」
都合のいい話に怒りがこみあげてくるが、2人の総理は組織に協力できることを次々に示していく。名も無き組織の脆弱性が判明した今となっては、敵対組織としての認識だけでなく大きな利用価値を見出していた。そして、組織は目標達成のため政治家に利用される覚悟のうえで2人を呼んだのだった。
会合の休憩時間にて・・・
長時間の会合に休憩が何度も挟まれるが、両者は休憩時間であっても考え方や意見の交換を続けていた。
「国のために動いているのならば、何故政府に協力しない。そもそも、お前達の守ろうとしている「国」とは何だ。」
一足早くトイレから戻ってきた前総理は、数人の組織職員に話しかける。名も無き組織が守ろうとしている「国」は何を指しているのか、いまいち掴めていなかった。
「詳細に言うと多岐にわたりますが、1つは国民と文化。つまりは日本文明そのものです。2つ目に政治形態と思想です。」
「民主主義、資本主義、自由思想、個人の権利、これらを守ることが目的です。」
前総理は余りにも当たり前であり、単純で純粋な考えに驚きつつも矛盾点を幾つも指摘していく。
「良く言う、お前らの組織がやっていることは矛盾しているぞ。」
重要用地の強制国有化、蜀での民間人脅迫強要など、前総理の耳にも組織の悪行は轟いていた。
「個人の権利は俺達がどうにかしていいものではないだろう。」
「そこが相違点です。我々の考えでは、あらゆる手段を以て政府は個人の権利を守らなければいけないと考えています。」
「お前達にとって政府は手段と言うことか。」
前総理は、この発言から組織が目的のために手段を択ばないことを確認した。前々から分かっていたことだが、タガの外れた公務員ほど危険な存在もいないとつくづく実感する。
その後、会合は1日中行われ、国の向かうべき方向が定まるのだった。
「これにて会合は終了となります。これから政治以外の話となりますので、肩の力を抜いてお聞きください。」
「内容としては、新世界の報告が主となります。」
2人の総理は気の抜けない時間が続いたため、この世界に関する研究報告の類には余り興味が出なかった。
「え~、黒霧外の世界各地には古代文明の遺跡があり、この世界の住人は遺跡を利用する・・・」
単調な報告に聞いたことのある話、2人の総理は正直眠くなっていく。
「衛星軌道上や月にも遺跡はあり、その大半は機能していません。しかし、月面最大の遺跡は辛うじて機能していることが確認できたため、ハッキングによって遺跡の通信機能を全て破壊しました。」
「「はぁ? 」」
組織の報告に2人の総理は眠気が一気に消し飛んだ。
総理、あなたの名前は総理です。




