トライデントのその後
日本国某所、要人収監施設
その建物は小さく、規模からは考えられないが建物の入り口や各部屋には警察の護衛が立ち、要人の急な外出に備えてSPまで配置されている。
南海鼠人のトライデントは、戦争犯罪やテロ攻撃の指導的立場にいたとして裁判が終わるまでの間、この施設に収監されていた。
「トライデント様、今日は午後から弁護士との面会があります。その後は警察組織の聞き取り調査があり・・・これは第3軍団司令部から新しい証拠が見つかったので、その確認作業かもしれません。」
シヴァが今日の予定を報告する。彼女はトライデントの補佐役であるため共に日本に来ており、また、彼女自体がある理由から重要人物の1人とされていたこともあって日本国の保護を受けていた。
「久しぶりに午前中は何もなしか。午後の準備は済ませてあるから、シヴァは子供の面倒を見ていてくれ。」
「はい。失礼します。」
シヴァは部屋を出て自分の子供達がいる部屋へ向かう。彼女は鼠人王がトライデントに紹介する前に鼠人王の子供を妊娠しており、双子を日本で出産していた。
「あのエロジジイめ、ほんとにとんでもない女を押し付けやがって・・・」
彼自身、戦争終盤の時には薄々感づいていたが、シヴァを前線に出さないように自分の近くに置いておく事しかできなかった。
トライデントは王の血筋を途絶えさせないために一種の賭けに出る。戦後すぐに日本国へシヴァの保護を求めたのである。その代償は司法取引や「名も無き組織」から裁判での証言を強要される等であり、彼自身、ある事無い事全ての罪を被る覚悟でいた。
結果、トライデントの行動は功を奏してシヴァは保護され、自身の裁判では思った以上に軽い判決が期待できるほど有利に進んでいる。
「瘴気外の先進国には日本国同様の裁判制度があると聞くが、敵の大将を生かしておくとは、よくわからないな。」
南海大島でも裁判が無いわけではなかったが、軍事裁判の色が濃く敵前逃亡した兵士の見せしめ的なものが大半を占めていたため、裁判所が完全に独立している国家の裁判にトライデントは違和感を持っていた。そこへ、コンコンコン、と唐突にドアが叩かれ、ある人物が入ってくる。
「お久しぶりです。」
「貴方は、今日はどの様な用件で? 」
部屋に入ってきたのは「名も無き組織」の構成員だった。
「折り入ってお願いしたいことがあります。」
その人物は椅子に座ると、現在の南海大島で起きているいくつかの問題について話し始める。
「・・・などの問題があり、発足した暫定政府が上手く機能していないのです。」
「なるほど、確かに荒れているだろうな。」
南海大島では南海鼠人による暫定政府が発足し、将来の独立を目指して国として南海大島を運営しているのだが、戦争によって指導者の多くを失ってしまったため政府の発言力が低く、内部では権力闘争も起きている状態にあった。
「ここから暫定政府に助言をしていただけないでしょうか? 」
「戦争犯罪の罪で裁判を受けている者がすることではないのでは? 」
「勿論、公にはしません、ここと暫定政府のみのやり取りになります。暫定政府内には貴方の助言を必要とする者が多くいるのですよ。」
多くの兵士を死に追いやった自分を信じ、まだついてきてくれる者がいるとは驚きである。
「裁判では最悪死刑になりますが、短期間でもいいのなら受けます。この部屋に暫定政府との連絡方法を作って欲しいのと、南海大島の情報を出来るだけ用意していただきたい。」
「それは有難い。」
トライデントは「名も無き組織」からの要請を了承し、直ぐに準備を始める。そして、名も無き組織の構成員は立ち上がり、持ってきたノートパソコンをトライデントの前で開いた。
「使い方は以前に教わったデスクトップと同じです。この装置で全ての情報が把握でき、暫定政府ともリアルタイムで話せますよ。」
構成員は有線ケーブルでパソコンをインターネット回線に繋げ、あっという間に部屋を執務室に作り変えてしまう。
「まったく、なんて国に戦争吹っ掛けたんだ。」トライデントは戦争の発端となった第1軍団長に心の中で文句を言うが、既に死んでいるので独り言になってしまう。
「そうそう、裁判の結果で死刑が出ても気にしないで下さい。」
「いや、普通気にするだろう。」
名も無き組織の構成員が変なことを言い始めたのでトライデントはすぐさま突っ込みを入れる。
「その時は直ぐに刑を執行する手筈になっています。」
「そこで俺はお払い箱か? 」
「最近、南海大島で貴方に似た鼠人男性の遺体が手に入りました。心苦しいですが、刑の執行日には彼にもう一度死んでもらいます。」
トライデントは「名も無き組織」が組織を超えて自由に動いている事から日本国の中でも危険な組織だと思っていたが、今の発言で「日本国を陰で動かしている組織」だと確信する。
「この裁判は茶番か? 一連の戦争では日本人や多くの同盟国の血が流れているんだろ。」
「そんな事はありません。貴方は裁判で戦争の姿を証言したではないですか。多くの真実を話して公にすることが重要なのですよ。」
裁判が始まる前は国内外でトライデントに戦争責任を押し付けようとする風潮が主であり、「テロ被害者の無念を晴らせ」「野蛮な南海鼠人に正義の裁きを」のような空気が多く漂っていた。
裁判が始まり、多くの状況証拠が公開され、有力な証言が裁判で語られると国民世論が少しづつ変わり始める。戦争を主導した「悪人達」は戦闘で全て死に、多くの人間が戦争責任を取らせようとしているトライデントは連合軍の攻撃から全力で民を守ろうとしていたことが判明したからである。
「信じられないでしょうが、我が国の裁判所は中立の立場です。判明した真実から適切な判決を出すことは裁判所の存在意義でもあります。」
トライデントはまだ信じられず「それこそ茶番ではないのか? 」と思ったが、言葉には出さない。彼は裁判の必要性は感じているものの、人が人を裁くという行為自体を良く思っていない。どんなに優秀な人間にも限界があり、全知全能の神や地獄の閻魔でもない限り、公正な判決は下せないと考えていた。しかし、そんな超常的存在がいるわけもないので、人が人を裁くことも仕方がないのである。
「ところで、大陸との戦争が噂されているが、実際のところどうなんだ? 」
トライデントは唐突にパンガイアとの戦争について尋ねる。彼は収監されているとはいっても風の噂程度の情報は入って来ていた。もし戦争になるのが事実ならば、暫定政府への助言も大きく変わってしまう。
「事実ですよ。パンガイアの目標は神竜なので総力戦が予想されています。」
おそらく日本人でも一番状況を把握している者が言う言葉なので事実だろう。
「フッ、短い天下だったなぁ。貴国もせいぜい・・・」
日本国は瘴気内の混乱を平定させ、各国をまとめ、既にヴィクターランドに匹敵する存在となっていた。瘴気が晴れれば瘴気内の代表として世界に進出していくだろうと考えていたトライデントは、早くも滅びが決まった日本国に同情の言葉をかけようとする。
「勝ちますよ。」
トライデントの言葉が言い終わるよりも先に組織の構成員は勝利宣言を行う。
「自国の置かれている状況が分かっているのか? 相手は歴史上、何頭もの神竜を討伐した世界の支配者だぞ。」
「わかっています。」
「神竜討伐に使う神機という兵器は、お前たちの兵器では太刀打ちできない。」
「わかっています。」
「何故だ! そこまでして自国民を死に追いやる理由は何だ。」
組織の構成員はノートパソコンに小型記憶装置を繋げて、あるファイルを開く。
「これがアーノルド国とスーノルド国首都の現在の様子で、これが日本国に一番近い大陸の港湾都市サマサです。まだ貴方は知らないでしょうが、我々は瘴気に囲まれていたとしても直接これらの都市を破壊できる兵器を保有している。戦争は戦い方次第でどちらにも転ぶものなのです。」
「な、に・・・」
衛星写真を見せられてトライデントの思考はフル回転する。日本国が遥か上空に観測機をあげているという噂も聞いたことはあるが、古代文明に匹敵する技術を前に日本の底が見えない力に恐怖を抱く。いや、今まで抱いてきた未知に対する恐怖が正確に捉えられたことで、正しく恐れることが出来たというべきか・・・
「まぁ現状では負けるので、今は勝てるように準備をしているのです。」
「その一環が暫定政府への助言か・・・」
組織の構成員は頷きノートパソコンから小型記憶装置を抜く。
「まだまだやってもらいたいことは多くあります。今後も協力して頂ければ「貴方達」の安全は我々が全力で守りますよ。」
この後、トライデントの助言によって南海大島の暫定政府はまとまりを見せ、組織的で効果的な行動を行えるようになるのであった。
午後に弁護士と話す所はカットしました。




