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とある転移国家日本国の決断  作者:
黒霧連合結成
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赤羽利子の挑戦

南海大島西部の港町グレートカーレ、早朝

 日本を出発した船は長い船旅を終えて南海大島に到着し、赤羽利子は新世界へ一歩を踏み出した。


「あれ? 思っていたのと違う。」


 利子としては、戦争で廃墟が目立つ場所だと思っていたのだが、目の前には日本の街並みが広がっていた。


「戦闘終結から2年経過しています故、この町の復興は終わっているのでしょう。」


 ボストンバックの中から触手が利子に話しかける。

 触手の言う通り、グレートカーレの復興は終了していた。この地は連合軍が最初に上陸した場所であり、そのため復興も早く、漁村だった場所は巨大収容所が建設されていたり、連合軍西部方面総司令部が置かれている他、港湾施設が整備された都市となっている。

尚、南海鼠人の居住地は完全に分けられており、終戦後は収容所の壁を取り払って彼らの町として機能していた。

 今、利子が見ているのは連合国の人間のため(実質日本人用)に作られた町である。


「へ~、2年でこんなに建物って建っちゃうものなんだ・・・うぶっ! 」


 利子が景色を見ながら歩いていると、大柄な人物とぶつかって尻もちをついてしまう。全て利子の不注意だが、船の時といい、今日は良く人とぶつかる日である。


「嬢ちゃん、前をよく見て歩きな。」

「す、すみません・・・」


 利子が顔をあげると、その人物は顔に一つの巨大な目がある妖怪だった。


「 !! 」


 唐突に出会ってしまった妖怪を前に、利子は恐怖で声が出なくなる。体格が良く厳つい表情の一つ目妖怪を見れば、最初はだれでも利子のようになってしまうだろう。


「どうかしたのか? 俺の顔に・・・」


 一つ目の妖怪は自分を見つめて固まる日本人を見て、見る見るうちに表情が変わっていく。


「えらいすんません! 許してくだせぇ。」

「えっ? あっ、はい。」 


 態度の豹変した大男に謝られて、利子はようやく声が出るようになり、利子の「はい」の言葉で一つ目の大男は逃げるように去っていった。


「何これ? 」


 利子は何が起こったのか理解できなかったが、周囲から視線を集める状態になっていたので大男同様に急いでその場を離れるのだった。

その日の夜

 白石小百合は赤羽利子を郊外の林に呼び出していた。当初は利子を「退治」する予定だったが、同居する父と兄に止められたため、互いの自己紹介を兼ねて能力を見せる場へ変更となる。勿論、自分の能力は手品に毛の生えた程度しか見せるつもりはない。


「赤羽さんはそこを動かないで下さい。」


 5mほどの距離から小百合はスキルを発動させる。

 「魔法」を使う小百合を利子は固唾を呑んで見守っていたが、何が起きたのかさっぱりわからない。


「えっと・・・」

「動かないで! 」


 小百合に話しかけようとして利子は大声で止められてしまう。


「魔法は発動しています。赤羽さん、目の前の空間をよく見てください。」


 利子は言われた通り、周囲の空間を注意深く見ると、幾つもの極細の糸が利子の周囲に張られていた。


「糸? 」

「そう、魔法の糸。荷物を束ねたり出来て、何かと便利なんですよ。」


 小百合の能力は魔力の糸を作れるというものである。国の調査員に見せた時は100m程の糸を出して10㎏の重さまで吊り上げられることを証明して見せたのだが、勿論手抜きであり、実際には数㎞の糸を出せ、10本程度束ねれば乗用車も吊れる強度があった。


「きれい・・・」


 利子は周囲の糸を触ろうとするが、その瞬間を小百合は狙っていた。魔法の糸はかなりの切断力をもつため、利子が触った瞬間に糸を引けば愉快な事になるだろうと想像していた。

 「指が何本落ちるかな? それはやりすぎか、とにかく私に血を見せて。」などと思い、小百合は糸を勢いよく引く。


「あっー! 」


 予想通り利子の叫び声が聞こえたが、小百合は糸を引く手に違和感を覚える。


「白石さん、ごめんなさい。糸、切っちゃった。」


 利子は周囲の糸を触り、触れた全ての糸を切断していた。

 「触れる前に切れた? そんな馬鹿な。」強度に自信があった糸を容易に切られてしまい、小百合は衝撃を受ける。


「気にしないでください。ところで、赤羽さんはどんな魔法が使えるの? 」


 小百合は動揺を感じ取られないように話題を変える。


「実は私、魔法は何も使えないの。」

「ん~? 」


 そんなことは無いだろう、と思いつつも利子の振る舞いから本当に使えないと感じ取れた。


「本当に? 」

「うん! 」

「赤羽さんは何故、自分が魔法を使えると思ったのですか? 」

「なんとなく! 」


 小百合は信じられなかったが、相手が妖怪だからという理由で納得してしまう。

 また、利子の方も触手の事を話す気はなかった。もし、初対面の小百合に触手を紹介して気味悪がられたら、奇跡的にできた関係が崩れてしまうと心配していた。

 こうして2人の初めての「自己紹介」は何事も無く終了した。



 利子と別れた小百合は、場を見張っていた兄と合流する。


「あの子は本当に妖怪なのか? 普通の娘にしか見えないぞ。」


 小百合の兄、白石零(しらいしれい)はハンティングライフルを担いで闇の中から現れる。服装は表の職業である民間警備会社の物なので、銃を持っていても誰も疑問に思わない。また、近くには会社の武装軽トラが置かれていた。


「鈍感、この前は妖怪と普通に仕事していたし、危機感が足りないんじゃないの? 」

「仕方ないだろう。俺は小百合のような「ナギ」じゃない。」


 組織は日本国内で妖怪を駆逐してきた歴史があるものの、妖怪と判別できる能力を持った人間は創設一族他、数えるほどしかいなかった。


「ところで、私があの子を殺そうとしたら、お兄ちゃんはどうする気だったの? 」

「お前を撃って止めるだけだ。」

「ひっどーい! それでも私の許婚なの? 」


 零と小百合に血縁関係は無い。組織は度々問題を起こしていた小百合の見張り役として、許嫁の零を兄役として派遣していた。零は組織でも小百合が言うことを聞く数少ない人物であるため、組織の判断は正しいと言える。


「お前も知っているだろう。俺はそういう男だ。」

「でも、そんなお兄ちゃんが好き~。帰りは遠回りして帰ろうよ。」


 小百合は零に抱き着き、ちょっとしたデートに誘う。


「巡回が終わってからだ。」


 久しぶりに2人だけの時間となるため、零は了承して車を発進させた。




 小百合と別れた利子は触手が入っているボストンバックを担いでアパートを目指していた。


「主様、主様。」

「何よ~。」

「あの小百合と言う娘ですが、何やら良からぬ雰囲気を出しております。お気を付けください。」

「そんなことないでしょ、同じ魔法を勉強する友達だよ。」


 触手は小百合の異様な雰囲気を感じ取っており主に警告するが、小百合を信じきっている利子は触手の警告を否定する。


「でしたら、不測の事態に備えますゆえ、常時私奴をお傍に置いてください。」

「え~、嫌だよ。」


 利子は拒否反応を起こすが、これは日本を出る前に触手との打ち合わせで決められていたことと被る。南海大島は日本にいない魔物や怪物が出現するため、現地の護衛がいたとしても、危険があれば常時触手を持ち歩くと決めていた。それを小百合と会う時にも行うというものである。この約束は使い魔との契約に近いものであり、主でもある利子にも影響を与えていた。


「仕方ない、か・・・」


 触手との約束なので利子は渋々了承する。



数日後、南海大島、孤児院

 グレートカーレの郊外には、戦争で孤児となった南海鼠人のために巨大な孤児院が建設されていた。鉄筋コンクリート造の校舎はまだ少なく、ほとんどがプレハブ校舎だが、5万人を超える孤児を収容し、孤児ではない学生の受け入れも進めていることから、学生数は日に日に増える一方である。


 本島鼠人のシュウイチは、孤児院で教師として体育と歴史、妖術の授業を担当していた。


「日本人学生が1人追加ですか。」

「急にすみません。追加の1名は魔力も「そこそこ」あるそうなので、何もできないという心配はありませんが、何か問題でも? 」


 シュウイチは日本国政府の関係者から日本人への妖術講習を依頼されていた。今日の午後に孤児と共に授業を行う予定だったが、急な学生追加を頼まれてしまう。


「追加の受け入れは問題ありませんが、その学生は18歳でしたね。魔力もそこそこと言うことは暴発の可能性もあるので、分けて授業を行う必要があります。」


 シュウイチは「そこそこ」の魔力を持つ学生が、初めて妖術を学ぶとあって警戒する。妖術に限らず、魔法を学ぶ者は魔術回路が形成される幼少期に確固たる魔術回路を作り、自身の魔力を制御するのが一般的である。これは魔法の暴発を防ぐため、魔力を保有する者の最低限の心得だった。


「私も授業を見学する予定なので・・・」

「見学は許可できません。初回は暴発の可能性が高いのです。18年間何も教育を受けていないのならば、なおさら危険です。」


 シュウイチは最初の日本人学生は既に魔法を使用していると聞いて、孤児の授業と共にできると考えていたが、もう1人の日本人が魔力持ちで、魔術回路が完全に形成されていない点を危険視していた。


「と、いうわけでタケは孤児と魔法が使える日本人を頼む。」

「手は空いているけどよ、俺が授業なんてして大丈夫なのか? 」

「相手は子供と魔力なしの日本人だぜ。難しく考えずに基礎を教えてやればいいんだよ。」


 タケはシュウイチと同じ本島鼠人であり、孤児院の事務員である。日本人や南海鼠人とは比べ物にならない魔力と技術を持っているのはシュウイチと同様だ。

 シュウイチは危険が伴う魔力持ちの日本人をマンツーマンで対応し、孤児や魔力なしの日本人にはタケをあたらせようとしていた。


「まぁいいか。暴発したら骨は拾ってやるよ。」

「うるせぇ! その時は障壁張るから死ぬのは日本人だけだ。」


 倭国陸軍にいた頃と比べて2人は話す機会が少なくなってしまったが、彼等のやり取りは相変わらずである。


 その日の午後、初回だけあって政府の用意した軽自動車に乗せられて学生の日本人が到着した。


「こちらが白石小百合さんで、こちらが赤羽利子さんです。」


 学生を待っていたシュウイチとタケに日本国政府の関係者は2人を紹介し、学生の2人も挨拶する。そして、教師のシュウイチ達も挨拶と授業の説明をする予定だったのだが、利子を見た2人はその場で相談を始めてしまった。


「そこそこの魔力ってレベルじゃねぇ! 大妖怪じゃん。」

「日本人の感覚を真に受けた俺が馬鹿だった。あの妖怪、回路もまともにできていないんだよな? タケ、暴発したらどれくらいの被害になる? 」

「孤児院の半分が消し飛ぶぞ。」


「どうかされましたか? 」


 ひそひそ話す2人を見て日本国政府の関係者が尋ねる。


「いえ、何でもありません・・・。タケ、後は頼んだ。」

「こっちは任せろ。」


 いつ爆発してもおかしくない爆弾を出来る限り早く孤児院から遠ざけなければならない。シュウイチはタケに後を託して利子の元へ向かった。


「はじめまして、シュウイチと申します。早速ですが赤羽さま、、、赤羽さんには別メニューを用意してありますので、裏山までご同行願います。」


 シュウイチはたどたどしく話して利子と2人で孤児院の裏山へ向け移動していく。

 突如として、命がけの授業が始まるのだった。

「日本国の決断」では戦争を1回生き残った程度で死亡フラグは折れません。




利子と別れて零と合流した小百合ですが、巡視の最後に2人はモーテルに立ち寄っています。この話はノクターン版で書いていますので、気になる方は読みに来てください。年齢制限に要注意です!

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