北の魔術師とひよこ達
日本国北海道
魔物の高頻度上陸地点である北海道には、自衛隊以外にもあらゆる分野の対策チームが活動を行っていた。
「敵を倒すには、先ず知らなければならない。」その考えのもと、北海道大学では構内の大工事を行って魔物の研究拠点が作られていた。この施設は比較的早期に建てられており、新世界において数々の新発見をしたことから、国から重点的に人員と設備、予算が振り分けられている。そして、文科省は定期的に職員を派遣して研究成果の確認をしていた。
文部科学省の職員である石田は、確認作業にはあまり慣れておらず、気分は冴えない。第1回目の確認作業は目の前で半魚人の解剖を見せられ、どの臓器で魔法を生み出すのか説明を受けた。魔物とは言え、人型生物の解剖を見るのは石田にはきついものがあった。
「今回もよろしくお願いします。」
「あっ、もうそんな日でしたか、すみません散らかっていて。」
担当した女性は、散らかる研究室内を案内する。研究成果の確認は予算配分を決める大切なものだが、どうやら忘れていたらしい。
室内を少し進んだ彼の目の前で大王グソクムシに似た魔物が通路を横切る。
「うわっ! 」
「あー、落ち着いてください。その子は襲ってきませんから。」
その魔物は周囲を確認しつつ通路を巡回していた。
「嫌忌音波の発展型、共生音波は今のところ順調です。最近は共生音波発生器のおかげで生きたクイーンを捕獲できたのですよ。」
海から上陸してくる魔物は半魚人の他に蟹や海老、大王グソクムシ型など様々な種類があり、それぞれ別種にもかかわらず共生している不思議な関係にある。魔物を解剖、あるいは捕獲して調査した結果、一種の音波を発生することで「仲間」と判断していることが分かり、共生音波の研究が進んでいた。
「その子の脳にはマイクロチップを埋め込んで一定の行動をとるようにしてあります。今はお掃除ロボットのプログラムで動いていますね。かわいいでしょ。」
まるで自慢のペットを紹介する感じで女性は話す。石田は通路を巡回する魔物をよく見ると、魔物の動きはお掃除ロボットのそれであった。
「そんなことも出来るのですか・・・」
「まさかここまで出来るとは思いませんでした。地球の生き物ではこんな事できないのですよ。」
石田は研究成果を1つ1つ確認していく。未知の事も多い中、考えもしなかった発見や他分野への応用など、予想以上の成果が得られているようだった。
「そういえば、倭国では傀儡師といわれる者達が一部の魔物を操れるとか・・・」
「半魚人以外は脳の構造が単純なのです。もしかしたら、構造が単純な生物はほぼ操れるかもしれないですね。」
「はははっ」
石田は苦笑いし、この分野に予算を出して本当に良いものか、疑問に思いつつあった。
別の研究棟では、ある教授が政府に対して予算の増額と実験機会の向上を訴え、文科省の職員と対立していた。
「連絡も無しに来月からの実地試験を中止するとは、約束が違うのでは? 」
「中村教授、あなたが研究する光学兵器は中々発展が見られない。電磁砲の開発が進んでいる現在、この研究への出費が疑問視されているのですよ。」
「あんな物こそまやかしだ。使い物にはならんよ。」
言葉の応酬は10分以上続き、文科省の職員は省内で作られた目標を提示し、達成できなければ予算の大幅減を言い渡す。
「蓄電の問題は解決できる。しかし、小型化とは一体何に積むのだ? 」
「海上自衛隊での運用を考えています。我々は弾道ミサイル迎撃用レーザー砲台を、電磁砲に比べれば現実味がある兵器と判断しているのです。期待を裏切らないでもらいたい。」
この職員は担当する各研究員、開発者に発破をかけてまわっていた。
「私を誰だと思っている。北の魔術師にかかれば造作もないことだ。」
中村教授は兵器に自身の研究成果を乗せられると思い、今まで以上のやる気を出すのであった。
国をあげ、鳴り物入りで設置した研究施設には「やる気のある者」が集められている。「軍事目的の研究はしない」といった思想の者達は1人もいない。代わりに、爪弾きにされた変わり者や、性格に難がある者、己の研究欲に負けた者達に最新の設備と多大な予算が与えられていた・・・
北海道某所
10式戦車の部隊は、石狩川から篠津運河に侵入した魔物の掃討作戦のため展開していた。
「姫級2、徹甲弾! 」
広大な田園地帯で倉田達が所属する即応部隊がクイーンを倒し、本州から駆け付けた増援の普通科部隊が小型の魔物達を駆逐していく。上空には貴重品となっているAH-64Dが飛び、地上を支援していた。
「姫級全滅、後は普通科に任せる。」
大物と群れの大半を駆除すれば、後は嫌忌音波発生装置で地面や水中に潜む魔物を追い立てながら駆逐するだけである。今回は百匹単位の比較的小さな群れだったため、半日で駆除は終了した。
即応部隊は連日戦闘が発生する北海道全域を、その機動性を活かして駆け巡り、倉田達の所属する部隊は隊長の方針もあって自衛隊最多の出撃を数えることとなる。
ある日、即応部隊の駐屯地
「あいつら一体何様のつもりなんだ! 」
「納得いかない。」
いつも大人しい田中と龍が怒っていたのだが、2人だけでなく小さな駐屯地全体がピリピリしている。
国の魔物対策は産学官連携で取り組んでおり、自衛隊には魔物対策に開発された装備の実証実験や生体の捕獲など、駆除以外の仕事が増えていたことで、新しい問題が起きていた。
今日は生け捕りにした魔物の引き渡し日だったが、大学から派遣された研究員に「生体に傷が付いている」とクレームを言われて、駐屯地の隊員と大学の研究員達が口論となっていた。国のために命がけで戦う自衛隊員と、魔物問題を根本から解決しようとしている研究員とは考え方が異なっており、騒ぎはどんどん大きくなってしまう。結局、駐屯地のトップが場に割って入り、大学側に頭を下げて場をおさめたのだが、大きなしこりを残していた。
「学者の言うことなんざ、気にするだけ損するぞ。こんな事で問題を起こしても馬鹿を見るだけだ。」
倉田は部下の2人に注意して落ち着かせようとした。龍の言う通り、「納得いかない」のは倉田も同じだったが、怒りのおさまらない2人のために、ちょっとしたガス抜きを行う。
「前から話が進んでいた魔物一掃作戦の件だが、来月に始まるそうだ。」
!?
「遂に、核を使うのですか・・・」
「ようやく政治家が腹を決めたんだ。だから、2人ともこんな下らないことで問題を起こすなよ。」
日本国は過去の反省から非核三原則のもと、核兵器の保有や国内への持ち込みも認めていなかった。しかし、国力をじわじわと削る魔物の襲撃に、現場の自衛官だけでなく国民の大半が限界を迎えていた。
総理大臣は国内事情と魔物の情報を勘案した結果、魔物のコロニーへの核攻撃を決定し核開発を指示。コロニー攻撃に先駆けて北海道全域とその近海に潜む魔物を3週間かけて無人島に追い込み、駆除を兼ねた核実験を行うと全国に発表した。
日本国が転移して4年。日本国が総力を挙げて北海道の離島に追い込んだ怪物、その数推定10万匹。転移という天変地異から4年間日本国を悩ませ続けてきた怪物達は、核使用という禁じ手を日本国に使わせてしまう。
その結果、この世界に大きな危機を招くこととなる。1度でも禁を破ってしまったものは歯止めが利かなくなるのだ。
ようやく話が第1話に戻りました。日常回を混ぜつつ戦争準備の話が続きます。




