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とある転移国家日本国の決断  作者:
パンガイア大陸動乱
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ひよこ達の休日

アーノルド国首都「オースガーデン」

 オースガーデンは静海の最奥にあり、温暖な気候と肥沃で広大な大地を有し、その立地から永く世界に名を馳せてきたアーノルド国の首都である。あまりにも恵まれた立地のため、経済と工業の中心であり続け、帝国時代から他の都市の追随を許さない大陸最大にして最高の都市である。


 海軍区画内にある商業区で、若い水兵が固定通信機で家族と会話していた。

 固定魔導通信機は日本で言うところの公衆電話である。公衆電話は日本で絶滅寸前だが、携帯通信機器が一般に普及していないこの世界では、どの都市でも見かける風景である。


「母さん、心配しなくても僕は上手くやっているよ。」


 新米水兵のダニエルは、定期的に実家へ連絡を入れていた。彼は家族の元を離れ、軍で共同生活を始めて2年になるが、今回の家族への連絡は自分が乗る艦が決まって長期の航海に出ることを伝えるためであった。


「どの艦に乗るかは話せないけど、大きな艦だよ。どんなことが起きたって無事に戻ってこられるさ。」


 ダニエルは息子の心配ばかりする母を安心させ、受話器を置く。久しぶりに話したからか、時間を忘れて話し込んでしまった彼は時間を見て驚く。


「やばい。乗艦時間まで2時間切ってる。早く買い物済ませなきゃ。」


 ダニエルは大急ぎで用事を済ませ、配属先である超兵器艦「ハデス」へ向かった。



日本国、北海道札幌市内

 怪物と連日戦闘を繰り広げている陸上自衛隊の新設部隊は、その規模を大幅に拡大していた。


「これって休暇って言うんですかね。」

「非常招集が無ければ好きに過ごしていいって言うんだから、休暇だな。」


 田中の問いに(ヨン)が答える。非常招集の場合、どこにいてもすぐに戻ってこいと言うのだから田中は休めるような気分にはならなかった。

 新部隊編成翌日から毎日のように非常招集が行われている北海道では非常招集が日常になっていて、今回の休暇は新規部隊の大幅な増強が完了した結果取れるようになったものである。


「休める時に休むものだ。もたなくなるぞ。」


 長期の休暇をもらい、倉田は休暇初日に2人の部下を食事に連れてきていた。食事が終われば解散となり、倉田は家族と過ごし、田中は実家へ戻り、家族親戚がいないヨンは独身貴族を謳歌する予定だ。

 3人は市内で再開されたジンギスカン専門店に来ていた。店内は自衛隊と警備会社の人間で多くの席が埋まっていた。店が再開されたと言っても肉を扱う店は一般人にはまだ敷居が高く、怪物の駆除で特別配給券を配られている自衛隊や警備会社の社員が客の大半を占めているのである。


「お前たちは良くやってるよ。休暇中につまらないことで怪我なんかするなよ。」

「倉田さんこそ、お疲れ様でした。実戦から無事に戻れているのも車長のおかげです。帰省の移動は全て公共機関なんで、怪我の心配はないですよ。」

「自分は官舎で過ごしますので・・・」


 3人は職務中には中々話しづらいことも話していく。倉田が2人を誘ったのは、ある日の出来事が切っ掛けである。喫茶店で2人がスマホを操作している所を目撃した倉田は、部下の休日の過ごし方に興味を持ち、離れた席で観察することにした。


「何をしているんだ?」


 30分経っても一向に会話すらしない2人の行動は倉田には理解できなかった。


「ゲームをしているようだが・・・」


 後日、知り合いに聞いた所2人でゲームを楽しんでいることが分かり、更にスマホで文字を入力し「会話」していると知らされる。目の前にいる人間に言葉以外の方法で会話すると言うのが倉田には理解できない、というよりも得も言われぬ不気味な感覚を味わうのだった。

 倉田は今時の若者との付き合い方を勉強し、世代の違う部下とのコミュニケーションを図るために2人を食事に誘っていた。そして、田中とヨンは倉田の意図を読み取り、食事に来ていた。


 現在、3人は互いに絶妙な距離を置いて接しているが、それはヨンが主な原因である。ヨンは在日韓国・朝鮮人であり、北にルーツを持つ。本人は日本人が朝鮮人へ抱く感情をよく理解しており、部隊の仲間以外に他人との接触を避けていた。

 転移前、世界的な食糧難と黒霧の混乱は、本来国と国が力を合わせて乗り越えないとならない異常事態であったが、日本と朝鮮半島の両国は更なる関係の悪化という悪循環に陥ってしまい、転移の瞬間までいがみ合っていた。ヨンは親しくなった相手が自分の出生を知った時の反応が怖かったのである。

 ヨンは黒霧に日本が包囲される前に家族親戚との縁を切って一人日本に残る決断をする。家族達の反対を押し切って日本に残ったのは、「祖国」と言われる場所に戻ったところでやっていける自信が全くなかったからである。祖国は既に飢餓が発生しており、日本から脱出する北の難民も受け入れている南は食糧自給率が急激に悪化していた。

 ただ、世界情勢を抜きにしても、日本で生まれ育ったヨンにとっては日本こそが祖国だったのだ。


3人は山盛りのジンギスカンを平らげていく。「今頃、家族は腹を空かせずに生活できているだろうか? 父も母も妹も自分のことを死んだと思っているだろうな。」縁を切った筈の家族の顔が、ふとヨンの頭に浮かぶ。


 田中はヨンの心情を知ってか知らずか、付かず離れずの距離をヨンだけでなく倉田にもとっている。田中としては日本人同士で倉田とは付き合いやすいのだが、それではヨンが浮いてしまうと考え、あえてこんな付き合い方をしていた。


 現在、北海道の新設部隊隊員は人員不足から異動はほとんどなく、倉田達もパンガイア戦まで同じ部隊となる。




ジアゾ合衆国、ピクリン州、州都

 最前線となるピクリン州の州都では軍の車両が行きかい、多くの軍人の姿が町にある。戦争の足音が近づいている都市の光景だが、今では国全体でこのような光景が見られるようになっていた。


「えっ。配置転換は当分なしですか? 人事異動も? 俺、ずっと下っ端ですか。」


 ケルンの持ってきた情報にギルノールはカフェテリア内で大声を出す。


「うるせぇぞ。場所を考えろ。」

「しかし、人事異動無しってどういうことですか。」


 ギルノールは数年間の訓練をピクリン州で行ってきたので、そろそろピリピリした所から異動になると考えていたのだが、考えが甘すぎたようだ。


「俺達は最前線固定ってことだ。心配はするな。ちゃんと昇給はある。」


 ケルン曰く、何時戦争が始まってもいいように最前線に長期間貼り付けになるそうだ。


「そ、そんな~。」


 ギルノールは間の抜けた声を出す。


「情けねぇ。お前はそれでも軍人か。」


 成績はそこそこ、砲手としてはまぁまぁのギルノールをケルンは教育しているのだが、怒鳴ろうと殴ろうと全く堪えないギルノールに手を焼いていた。そして・・・


「お姉さん、この日空いてる? どこか行かない? 」


 軍での上司であり、先輩の前で堂々とナンパを始める。最初見た時はその場で殴りつけたのだが、今となっては自分の拳が怪我をするだけなので放置である。


「おいっ、あの娘はメエケパ族で男持ちだ。ばれたら沼に沈められるぞ。」


 ギルノールが話しかけた相手は内陸部から出稼ぎに来ていたメエケパ族の女性であった。着けている民族固有の装飾から結婚予定とわかる。


「ケルンさん! 美しい女性に声をかけないなんて選択肢は自分にはありません。」

「あぁそうかい。」


「世間知らずなのか、怖いもの知らずなのか、馬鹿なのか・・・ 恐らくこいつは全てだろう。昔から馬鹿は死ななきゃ治らないといわれているが、死んだところで治りそうにないな。」ケルンは、そう確信する。


「しかし、ルニールとアセスは遅いな・・・」



 ルニールとアセスの2人はカフェの近くまで来ていた。


「まさかアセスがパイロットを目指していたとはな。」

「意外ですか? パイロットは子供の時からの夢でした。」


 アセスはパイロットを目指していたものの、視力が悪く試験を受ける事すらできなかった。「パイロットになれないなら整備士になろう」と勉強していたのだが、陸軍が不足する人員を補うためになりふり構わず人材集めをしたため、戦車兵となっていた。


「こんな時期にパイロットになりたい人間を弾くとはな・・・」


 ルニール達は所用で州都の軍の施設へ出向していた。用事自体は直ぐに終わる物だったが、施設にいた空軍のパイロット達が皆死んだ魚のような眼をしていたのを思い出す。

 国は大昔から戦争準備を進めていた。陸海軍は敵に対抗できるまでに強化できたものの、空軍は新兵器を投入しても敵の主力兵器である鳥機には性能差がありすぎて太刀打ちできない状態であった。到底敵わない相手と戦わなければならないパイロットの士気は下がりきっていたのだ。


「戦争が終われば自分は空を目指す予定です。将来、世界がどうなろうと人が空を飛ばなくなるなんてことはないので・・・」


 アセスの意志は固い。


「だったら、生き残らないとな・・・さて、20分遅れで目的地に到着だ。」


 4人はカフェで合流する。ケルンは遅れたルニールに愚痴を言ったものの、彼らは直ぐに次の行動へ移る。


「ここでの仕事は終わりだ。基地への帰還予定まで時間はたっぷりある。」

「久しぶりの都会を満喫するとしようじゃないか。」

「上官殿! 自分はどこへでもついていきます。」

「ギルノール、お前もう酔っているのか? 」


 4人は歓楽街へ向かうのだった。

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