蜀の皇族
蜀、東海岸の城塞都市「東城」
蜀には東西南北に城塞都市が存在する。中でも東城は一番古い歴史を持ち、蜀の首都が最初に置かれた都市である。帝都が内陸の白城となってからも、その立地を活かして瘴気内国家との交易拠点として機能していた。現在は日本が突貫工事で完成させた港湾施設が機能しており、日本向け鉱石が輸出されている。港湾施設は小規模なものだが、それでも瘴気内国家への年間輸出量を超える勢いで日本向けの積荷を船に積み込んでおり、更なる施設の拡充が行われていた。また、その隣では本格的な港湾施設が来年の稼働を目指して建設中であった。
外務省職員、佐藤大輔は東城に来ていた。外務省が蜀で行う大きなプロジェクト、その一つがもうすぐ実行されるので、その根回しに来ていたのだ。待ち合わせ場所には周囲の蜀人とは頭2つ高く、服装も異なる大柄な人物が佐藤を待っていた。
「お待たせしてしまったようで・・・」
佐藤はその大柄の人物に挨拶と自己紹介を行う。
「いえ、待ち合わせの時間にはまだ早いゆえ、お気になさらず・・・」
大柄の男も佐藤に挨拶を行う。
「センジュウロウ様、本日はよろしくお願いいたします。」
佐藤を待っていた人物はセンジュウロウであった。佐藤はこれから東城に居を構える蜀の皇族に会う予定になっており、その補佐役としてセンジュウロウは倭国外務局から派遣されていた。
倭国外務局が日本国外務省のプロジェクトに関与するというのは何か闇がありそうなものだが、今回はただ純粋に深い憂慮があったからである。
黒霧が晴れて日本国が倭国と接触した時、両国は互いに敵意は無く、交渉を求めていた。それぞれの外交機関の長が会談を行うことになり、初の外交会談は洋上に浮かぶ日本の豪華客船で行われることになる。
日本国としては、この世界には魔法が存在してヒト以外の種族が文明を築いていることは把握していた。倭国としては科学文明国が転移してきて、その国民は魔法を知らないことを把握していた。
互いの外交機関の職員達は情報が少ない中でも抜かりの無いように会談を設定した。はずだった・・・
外務局長のコクコは事前情報で日本国が古代兵器に匹敵する兵器を保有しているとの報告を受けており、戦争の回避を軸に話を進める予定であったが、外交で舐められることも回避しなければならなかった。
コクコはここで倭国が日本国に勝る分野のカードを一枚出す。下手に出つつも強力な妖力を見せることで生物としての格の違いを教えようとしたのだ。この方法はジアゾ国にも有効であり、倭国への侵攻を思い止まらせることに成功していた。
久しぶりに素の状態のコクコを見た外務局職員達は、その重圧に押しつぶされそうになりながらも日本国との会談を行っていく。会談は順調に進んでいたが、外務局職員達はコクコの妖気に日本側が全く動じないことに大きな違和感を覚えていた。この時、コクコは日本人が妖気や魔力を一切感じていないことに薄々感づいており、確認のため会談の最後に日本側にある言葉を出させる。
「倭国にはコクコ様のように狐の特徴をもった人間がいるのですか、貴国へ入国できるのを楽しみにしています。」
会談が終了し、日本側のトップは上機嫌に答えた。日本人は終始コクコを狐の亜人と見ていた。「終わった・・・」外務局職員達は極度の緊張状態から悪い意味で解放される。これで日本国が倭国よりもあらゆる面で劣っていた場合、戦争も視野に入る発言であった。例え格下の国であっても戦争の選択肢が無いコクコは外交辞令以外は何も言わずに初の外交会談は終了する。日本側がコクコの気遣いを知るのは、その後しばらく経ってからであった。
「日本はこの世界の礼儀が分からない。蜀の皇族に失礼が無いように補佐しろ。」それがセンジュウロウに課せられた任務である。
「それにしても、東城も変わりましたな。」
日本の開発で急激に近代化している東城を見まわして、センジュウロウが感想を漏らす。瘴気が薄くなると外国へ派遣されるセンジュウロウにとっても蜀の変化は劇的なものだった。
「これでも予定が遅れています。資材と人手不足で思うように開発が出来ていないのが・・・? どうされました。」
センジュウロウの会話に合わせて話を返した佐藤はセンジュウロウの変化に気付く。彼は港の一点を見ていた。港からは自衛隊の輸送トラックが列を成して内陸部へ進んでいき、自動車運搬船からは輸送トラックが次から次に吐き出されていた。さらに奥では、海上自衛隊の補給艦が港で荷揚げをしている。
「気になりますか? 」
「はい、今までは主に民間の機械を荷揚げしていましたので・・・」
センジュウロウは変化を敏感に感じ取っていた。
「あの物資は表向き、蜀へ派遣された自衛隊の補給物資です・・・。」
佐藤は淡々と喋るが、これから話すことは周知の事実であった。
「近く、我が国の総理大臣と蜀皇帝陛下の謁見が予定されています。謁見終了後、我が国は蜀へ大量の兵器を供給します。」
「大陸への備え、ですか・・・」
「戦争が回避できなければ、我が国と蜀が最前線になります。当初は資源開発と経済発展に力を入れる予定でした・・・こんな事になるなんて、残念でなりません。」
日本国は転移前から兵糧攻めの状態であった。国民を養うために食糧を切り詰めてギリギリの国家運営を続けていることは、センジュウロウが一番初めに実感していたことだった。転移後、ようやく日本国に復興の兆しが見えた矢先の大戦の話である。戦争回避が不可能に近いことを把握しているセンジュウロウは、肩を落とす佐藤に励ましの言葉はかけられなかった。
「もう出発の時間になりますね、そろそろ移動しましょう。」
佐藤達は話題を変え、皇族の住む郊外まで車で移動する。約30分で到着した目的地は、広大な面積の山と森が防壁に囲まれた皇族専用地区であった。二人は衛兵の案内で客人用に建てられた建物の一室に案内される。
豪華に創られた部屋には先客がいた。
「天祐様、お久しぶりです。本日はよろしくお願いいたします。」
部屋にいたのは蜀の政治や外交を担っている官吏の一人、周天祐であった。佐藤とセンジュウロウは挨拶を行う。
「大輔様、お久しぶりでございます。そして、センジュウロウ様、以前は先祖がお世話になりました。」
天祐は腰を低くして二人に挨拶を行う。天祐にとってセンジュウロウは初対面の相手であるが、先祖が外交の場で接触した記録があり、その情報を元に対応していく。これは寿命が大きく異なり、定期的に瘴気で隔てられる国家の人間が行う交流方法である。
日本の外交官が皇族と会うのに単身で派遣されるのは違和感を感じるだろう。外務省は総理大臣の蜀皇帝謁見前に行う根回しの総仕上げとして佐藤以外にも蜀の皇族や大物官吏に職員を同時派遣していた。しかし、交流期間が短かったため、人脈を作れた職員が少なく単身での派遣となってしまっていたのだ。
「この先、皇族のつかいが案内をします。礼儀作法は以前に配布しました資料通りでございます。センジュウロウ様、大輔様をお願いいたします。」
三人が皇族の使いが来るまで作法の再確認や世間話をしつつ時間を潰していると、皇族の使いが部屋に入って来る。使いは自身の身分を先に言い、簡単な挨拶をする。
「白刃様がお待ちです、これより先は私が案内いたします。」
佐藤は皇族の情報を持っていたが、使いの者を見て息をのむ。使いは白い狼の獣人であった。蜀の皇族と身近でつかえる者達は白狼族と言われる獣人である。大陸では珍しい種族ではないが、黒霧内ではヒトと亜人が大多数を占めており、獣人は圧倒的少数派であった。
蜀の歴史で白狼族が台頭した時期は森を開拓する陣営と、守る陣営に分かれて戦った時代にまで遡る。当時の人間達は生存圏拡大のため大規模に森を切り開いていた。しかし、その行為は森と共に生きている人間達には全く逆の効果であり、その人間達は自らを「森の民」と名乗って森の精霊と共に自らの生存をかけて戦うことになる。
森の開拓を行う勢力は鉄製の武器で武装していたものの、圧倒的な寿命で培った弓術と魔力を持つ森の民を前に敗北を繰り返す。だが、その中で巧みな戦術で森の民を次々に倒していく獣人達がいた。
彼等は森林を自在に移動する森の民を、時に攻め、時に引き、巧みに誘導して防御の薄くなった集落を本隊が襲撃、後方拠点を破壊していった。白狼族は当時としては高度な戦術を駆使した戦闘集団であった。
森の民を駆逐した各地の人間は白狼族を長として国を創り、やがて各国を取りまとめる形で蜀が誕生する。以来、白狼族は高貴な存在となり、やがて政治の第一線からだけでなく、戦闘の第一線からも離れて現在に至る。
建物を後にした佐藤達は案内人の後に付いて森の中に入っていく。暫く森の中を移動し、開けた場所に出た佐藤の前には、白狼族の集落が存在していた。案内人はそのまま集落の中を移動していく。
集落の白狼族は佐藤の想像に反して都に住む一般の人間と同じ生活をしていた。白狼族は高貴な存在として蜀人に崇められていたので、皆優雅な生活を送っているものとばかり思っていたのだ。
案内人は佐藤達を集落で一際大きな皇族の家へ連れて行く。そこには、蜀という広大な国土と民を抱える国の皇族からは考えられないほど小さい住居があった。客人を待たせる建物よりも遥かに小さく、とても質素な造りの家に佐藤は言葉を失う。家の出入り口には護衛が立っており、中に入った先には皇族の白刃が佐藤達を待っていた。
「よく来た、日本国と倭国の官吏よ。俺の名は白刃だ。」
佐藤は数日前から白刃の情報を得ていた。年齢、性別、趣味の他、白狼の獣人であることや、皇族の中でも武闘派に属することなどが書かれていたが、このような想定外の自己紹介をするとは書かれていなかった。
「佐藤殿、作法に則り挨拶をしてください。」
一瞬時間の止まった佐藤を後ろからセンジュウロウがサポートする。外務省の倭国のアドバイザーを同行させるという判断は現場にとって大きな助けとなり、各地で行われた最後の根回しは無事終了する。
空港までの帰り道、佐藤とセンジュウロウは車内で蜀の皇族について話していた。
「やはり、百年単位で戦場から離れると、白狼族とて丸くなるようです。」
「あれで丸くなったのですか? 私にはとても信じられない! 」
センジュウロウは以前の白狼族と比べて殺気が減っていることを伝える。佐藤は魔力や妖気を感じないものの白狼族のピリピリした空気は十分に感じ取れていた。特に白刃の目は狩人のそれであり、軽いトラウマになりつつあった。
「それに、なぜ皇族が戦闘機の操縦マニュアルを持っているのかも不明です! 状況が理解できません。」
白刃は佐藤に日本から蜀への兵器供給の話を持ちかけ、F-2支援戦闘機で大陸の鳥型戦闘機と戦えることを楽しみにしていると伝えていた。武闘派とは言え、皇族が最前線で戦うなど日本では考えられないことだ。
佐藤は戦闘機に乗るだけでも相当量の知識と複雑な装置の取り扱い方を覚える必要があることを伝えたが、そこで出てきたのが航空力学から航空法、資格取得マニュアル等の書籍と、それらを翻訳した膨大な量の紙の山、そして一部の蜀軍に配布されたF-2支援戦闘機の操縦マニュアルであり、白刃はその大半を暗記していた。
「流石は武闘派の皇族です。既に戦の準備を進めているようですね。」
「情報が漏れて、、、いや、皇族が我が国の兵器に乗って戦場に・・・」
二人の会話は空港に着くまで終始かみ合わないものとなる。
後日、白刃や一部の白狼族は航空自衛隊の大規模パイロット育成に参加し、日本人に混ざる形でF-2C支援戦闘機の操縦技術を身につけて蜀空軍パイロットとなるのであった。




