日本国の野望 その2
防衛計画の大綱
通称「防衛大綱」は、概ね10年先を念頭において日本の安全政策や防衛力の規模を決める指針となるものであり、その時々の国民がイメージする自衛隊を形作ってきた。
大綱ができる前は闇雲に正面装備ばかりを整備し、自衛隊内部から後方装備の遅れが指摘される等、予算の有効活用がされておらず、素人が考えたとしか思えないような欠陥装備を開発して配備していた。最初の大綱では後方支援部隊の整備、際限なき防衛力の拡大に対して国民の不安と周辺国への配慮からGNP比1%枠等が決められたが、防衛庁から出ていた即応能力の不足は持ち越しとなる。その後は冷戦の終結による防衛力のコンパクト化及びハイテク化、阪神淡路大震災を教訓とした自然災害対応、北朝鮮の弾道ミサイルや工作船、国際社会を揺るがすテロへの対処等、時代時代に応じた改定が行われてきた。そして、防衛庁は防衛省へと格上げされる。
防衛省となってからは、以前ではタブー視されていた装備の輸出も見据えた大綱が検討されたものの、政治の混乱、社会情勢、国際情勢の変化が想定を上回る形で変化したため、防衛大綱の替わりに国家防衛戦略が策定された。
転移後の新たな状況に対応するため改定された国家防衛戦略では、自衛隊の大幅な増強が明記され、既存部隊の増強に新規部隊の増設、新たな基地の建設と拡張、不足する人員を補うため、更なるAI兵器の導入まで記載されるなど、黒霧発生以前から少しずつ手を付けてきた継戦能力と補給能力の無さを劇的に改善、強化する変更が盛り込まれている。
防衛費は過去最高を更新したが、これはあくまでも防衛省のみのものであり、防衛省の管轄ではない核開発、国土強靭化の名残である緊急輸送道路と橋の強化等を含めると、軍事費に膨大な予算が注ぎ込まれており、日本国は戦時体制に移行しつつあった。
黒霧発生以降、日本国は劇的な変化を遂げているが、時代時代に応じて国防の形を変えては来たものの、転移するまでの国防の要は自衛隊ではなく、核抑止から有事対応まで米国ありきの国防戦略だったため、新環境に適応した国防戦略の変更は未だに不十分なのである。
来年度の予算が決まり始めたころ、都内の利用者がいなくなったオフィスビルで、ある組織の会合が秘密裏に行われようとていた。ビルの入り口やオフィスの入り口には、自衛隊に配備され始めたばかりの新型小銃と拳銃で武装したアスラ警備保障の警備員が多数警備にあたっている。
「昨日の今日だというのに、良く集まりましたね。」
「今、世間は核開発の話題で持ちきりだ。総理は説明で全国を飛び回っている。野党からの追及もあるし、我々に構っている余力はもう無いだろう。」
「マスコミには餌を撒いてあります。私達が会っていること自体、表にはでません。」
身分を証明する物を一切持たないこの者達は、各省庁の職員達である。下っ端からそれなりの立場の者もいるこの組織は、黒霧の混乱の際に誰が声を上げるでもなく自然発生していた。そのため、明確な上下関係はない。
「警備員を雇う時間も限られていますので、早速始めますか・・・」
彼らの多くが一切の資料を持ってきてはおらず、会合はかなりフランクな形で始まった。
「最初に、パンガイアとの戦争ですが避けられますかね? 」
「かなり難しいでしょう。ジアゾ外交団の情報どおり、パンガイアは神竜の首を狙っています。」
「外交団の言うことを鵜呑みにするんですか? 彼らはパンガイアに日本をぶつけようとしているだけでは? 」
外交情報を話す職員に他の職員が質問する。
「私達も最初は疑っていました。しかし、ヴィクターランドで事実関係が判明しました。パンガイアでは長い歴史上、アーノルドとスーノルドを中心に神竜の駆除を行っていて、神竜ヴィクターはパンガイアから黒霧内へ逃れてきた最後の神竜だそうです。」
「総理は神竜と関係を結び、現在我が国には神竜の加護と言うものがかけられているそうです。国家間でのやり取りで何かしらの影響があるそうですが、今のところ不明。」
「我々には見えませんが、神竜の加護だけでなく一般の加護もこの世界の住民が見れば見分けがつくそうです。」
魔法を研究している部署の職員が補足する。
「パンガイア側にとって、日本は神竜側に属する国だと確実に見られるな・・・」
「黒霧外の資源事情もひっ迫している状況とのことで、倭国と蜀は必ず侵攻を受けます。倭国はともかく、蜀を失えば日本が抵抗できる力は失われるでしょう。」
それは奇跡が起きて日本だけ戦渦に巻き込まれなくとも、日本に未来が無いことを意味する。
「使えそうな戦争回避案は今のところないですね。」
「では、戦争が回避できないとして、守り切れるのでしょうか? 」
話しは外交関係から防衛関係の職員へ移る。
「はっきり言って、超兵器とやらが投入された場合、自衛隊では歯が立ちません。」
「はははっ、南海大島で民間人への爆撃を実現させた君が、今回は弱気だね。」
「事実を言ったまでです。それなので、外交で何とかしていただきたい。神竜は超兵器と同等の戦力と言うではないですか。」
「結局そこに行き着くか・・・まぁ、話はもう総理の耳には入っている。後は決断待ちだよ。」
どうにもならない超兵器の対策が少し進んでいたので、参加者は次の話題に移る。
「パンガイア連合軍ですが、かなり気合の入った規模になると予想されます。神竜の駆除と魔石確保、この世界のトップ1、2が連携をとって世界を引き連れて侵攻して来ます。規模としては最大予想でノルマンディーと沖縄上陸戦を同時に行えるものとしています。」
「それは、いくら何でも盛りすぎでは? 」
「神竜を倒すため、世界で稼働している4機の超兵器を全て出してくると予想されています。また、蜀と倭国を制圧後、素早く魔石を大陸へ運ばなければなりません。たとえ制圧前でも軍人軍属が大挙として上陸してくるでしょう。」
「衛星写真では、日本から一番近い港湾都市が港湾設備の拡張、そして海軍基地と思われる施設を大規模に建設しています。郊外では広大な土地開発が行われており、市街地が拡大しているだけでなく、飛行場と思しき施設まで建設中です。」
大陸側が既に準備を進めている状況に、情報を待たない参加者は不安になる。
「超兵器を抜きにしても守れるのですか? 」
「現在、自衛隊の大規模増強が行われています。6年後、まとまった戦力になるはずですが、人員不足を原因とした戦力不足で、上陸を許すとの予測が出ています。これは確度の高い予測です。」
確度の高い敗戦予測に参加者は頭を抱える。
「まともに戦っても勝てないので、他の組織に協力を依頼しているところです。」
替わって財務省の職員がノートPCとUSBを取り出し、プロジェクターで資料を映し出した。
「えっ、これを8千も? どこから予算を? 」
「今行われている地震津波監視網の復旧事業、各国への海底ケーブル敷設事業、その第2次補正予算を水増ししました。他にもプールした予算などを使う予定ですが足りません。新しい財源が無ければ2年で底を尽きます。その時は協力していただきたい。」
「財源を見つけて3年持たせてくれ。どうせなら引き返せないところまで進めてから情報を出した方が予算を引き出せる。」
裏の駆け引きでも予算を握る者の力は強かった。
「幸いにしてこの世界が使用している古代兵器は、現有兵器で十分撃破可能です。それどころか、地球のハイテク兵器なら圧倒するでしょう。日本のみでは物量で負けてしまいますが、それは人手不足によるものです。徴兵以外に良案があれば出していただきたい。」
「一つ宜しいですか? 兵士不足はこちらで何とかなるかもしれません。」
文科省の職員が発言する。
「文科省が兵士を供給とは、学生を使うのですか? 」
「学生の囲い込みは既にあなた方がしているではないですか・・・。表には出ていませんが、私が中心となってプロジェクトを立ち上げました。上手くいけば、黒霧が消滅する6年から7年後までに10万人は供給できるでしょう。しかし、組織を越えた協力が必要になります。」
参加者の中には思い当たる節がある者もいて、顔色を変える。
「まさか、いや、そのプロジェクトを実現させるには、この会合は打って付けの場ということか。」
例え日本国が絶頂期であったとしても兵士と兵器を揃えるには時間がかかる。無理に数を揃えようとした場合は、反動で戦力の低下を引き起こすだけでなく、国力の低下も招くことになるだろう。多くの組織が情報と知恵を出し合い、日本国は経済力と工業力を上げつつ戦力の増強を進めるのであった。
ある兵器製造企業で、担当者は国から送られてきた兵器発注書を見ながら事実確認をとっていた。この企業は鉛筆の製造から宇宙開発までする総合商社であり、度重なる混乱の時代を組織力で生き抜いてきた老舗企業である。
「6ヵ年計画といっても、10式戦車だけで1千台、F-2支援戦闘機は200機納入・・・無理ですよ、まだ資源もまともに入ってきていないんですよ。」
「狼狽えるな、既に上にも下請にも話が行っている。まとまった資源が入ってくるまでは生産ラインの増強と人材の確保だ。」
「それにしたって急ですよ。絶対に間に合いません。」
「受けるしかないだろう。これから本当に戦争が始まるんだからな・・・」
PCには国から送られてきたF-2支援戦闘機の仕様のページが開いてあった。
薄茶色の砂をイメージしたカラーリングの機体には蜀の国旗が描かれていた。




