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とある転移国家日本国の決断  作者:
新たな勢力の出現と瘴気内の動乱
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命名「触手」

日本国、海に面していない某県

 赤羽利子あかばねりこは自室で悍ましい生物と対峙していた。この生物と遭遇したのは今朝、学校へ行こうと玄関で靴を履いていた時であり、足に絡み付いてきたところを利子が蹴り飛ばしたことに始まる。

 外へ助けを呼ぼうとしたが、玄関のドアは薄くヌルヌルした膜で覆われて開かず、利子は逃げ場を求めて勝手口に向かうが、そこも玄関と同じ状態であった。逃げ道をなくした利子は自分の部屋に逃げ込んで籠城するのだが、玄関にスマホを置いてきたことを心底後悔していた。


「なんでこんな時にスマホを置いて来ちゃったのよ、私! 」


 自分を恨んでも後の祭りである。部屋を見渡すと全体が薄い膜に覆われていて、最早脱出は不可能であった。利子はドアに鍵をかけ、武器代わりの鉛筆を握る・・・このような状況に追い込まれた人間はクローゼットや布団の中に潜るのが定番だが、利子は両親が持っているホラー映画のDVDを少ない娯楽の一つとして見ていたことで、狭い場所に逃げ込んだ登場人物の大半が嫌な方法で怪物に殺されていた事を知っていた。


「入ってきたら、これで刺してやるんだからね! 」


 利子はドアの向こうにいるであろう怪物を威嚇する。


「主様、そう警戒しなくても私は何もいたしません。」


 後から声をかけられた利子は恐る恐る振り向く。そこにはベットの上で蠢く怪物がいた・・・

「もう入って来ちゃった! でもこいつ、私と話そうとしている? 」恐怖で足が震える中、利子は意を決して怪物と話をする。


 怪物は事の顛末を詳細に話し始める。自身が利子の使い魔であり、昨夜、利子が寝た時に生まれ、半日かけて実体を形成していたこと。実体形成中に主と離れると消滅の危険があったため、利子の登校を阻止したこと等を話す。

 利子は分からないことだらけなので、疑問が出たらその都度怪物に聞いていった。そんな事をしているうちに学校に遅刻していることを思い出した利子は学校へ休む旨の連絡を入れ、怪物の話をじっくり聞くことにした。


「じゃあ何? あなたは私から生まれたの? どうして? 」


「左様でございます。私が生まれた原因ですが・・・」


 怪物は利子から聞き取りし、自分が生まれた原因を推測し始める。

 少しして、怪物はその原因を利子が昨日食べたクイーンだと予想する。クイーンはその特性から魔力の塊のような生物であり、この世界の住人も食べるだけで魔力の底上げができる優良食材であった。


「そんなことで貴方みたいなのが生まれるなら、日本中大騒ぎになっているはずだよ。」


 利子は反論する。クイーンの肉が配給され始めたのは食用可能と判断されて直ぐだが、利子の住む地区への配給は遅く、今回が初めてであった。

 利子は怪物と共にリビングへ移動してテレビをつける。


「怪物の活動は依然として北海道が高く・・・」


「スーノルド国が保有する神機と呼ばれる兵器は、レーザーを主な武器として・・・」


「黒霧内の天気予報です、南海大島では・・・」


 利子は一通りチャンネルを変えてニュースを確認するが、データ放送にすらそんな事件は書かれていなかった。


「どこも寝ている間に怪物が生まれたとかニュースになってないし、そんな事件も起きてないよ。」


「それは私にもわかりません。1日頂ければ調査ができるでしょう。」


 たった1日で調べられると聞いて利子は感心する。


「へぇ~、1日でわかるんだ。」


「はい、主様の父上が持つ「こんぴゅうたー」と言われる装置でなら多くが分かるでしょう。」


 既に怪物が家の事を把握していることに利子は驚く・・・「こいつ、結構頭良い?」


「並行して付近の生物を捕獲し、解剖するこ・・・」


「ちょっと待ったぁぁぁぁ! 」


 利子はあからさまに危険な発言をする怪物を止める。


「ここでは、他の生き物を傷つけたり、食べたり、死なせたら・・・ゼッタイ、だめだからね? いい? 」


 何時の間にか、ご近所さんが行方不明になっていたら冗談では済ませられない。利子は念を押して怪物に言い聞かせるのであった。


「主様、そろそろ私の名を決めていただきたいと思います。名をつけることで使い魔との契約が完了しますゆえ、名が無い状態では主様の元を離れられないのです。」


 怪物は名前をつけろと言ってきた。利子としてはこんな怪物と契約などしたくは無かったが、しなければ離れることもできないため、諦めて名前を付けることにする。


「じゃあ「触手」で、、、」


 この名前は怪物の見た目からして妥当なところである。利子は間違っても「ポチ」や「みーちゃん」と言ったペット系の名前を付ける気にはならなかった。


「畏まりました。私はこれから「触手」を名乗ります。」


こうして利子と触手は主従関係を結んだ。



 次の日の昼休み、利子は学校でクイーンを食べたクラスメイトに、気付かれないように聞き取り調査をした。


「利子~、もしかして昨日休んだのって食べ過ぎ? 」


「とっても美味しかったよね~」


 他のクラスにも行ってみたが、怪物に会ったような雰囲気を持っている生徒は誰一人としていなかった。


「ひょっとして私だけ? 」


 怪物が生まれたのは自分だけという事実に、利子は自分自身に不安を持つ。

 クラスに戻ろうと部屋の前まで来た時、教室内で騒ぎが起こっていた。男子生徒同士の喧嘩であり、互いのクラスメイトが喧嘩をしている生徒を止めて直ぐに収まったようだが、最近生徒同士の喧嘩が多くなっていた。


「また就職関係? 」


「あぁ、ここ最近、喧嘩の原因はいつも同じだ。」


 利子の問いにクラス委員長が困った感じで喋る。原因は日本とジアゾ外交団との共同記者会見であり、次の戦争で日本はこの世界の大部分と戦争しなければならず、相手国の中にはアメリカでも敵わない武器を持っていることが判明し、結果として自衛隊に就職が内定していた生徒が誹謗中傷されることが多くなっていた。曰く「死ぬと分かっていて就職するのは馬鹿」、「戦死前提の就職内定おめでとう」、「二階級特進!」など酷いものばかりである。


「誹謗中傷は論外だが、民間へ就職が決まっている奴も将来が不安でならないんだろうな。高校生活くらい楽しい思い出にしたいのに・・・」


 クラス委員長の表情は暗い。今は学生だけでなく日本中こんな状態である。共同記者会見ではこの世界の戦後処理方法も紹介されていたが、戦争に負ける、或いは戦わずに降伏すると、戦勝国によって敗戦国は解体され、国民はその大部分が強制的に移住させられるという内容であった。それは現代の地球とはかけ離れたものであり、日本国政府としても日本国民としても到底受け入れることのできないものである。しかも、現在パンガイアは開発が進み、人が住むのに適した土地はほぼ無い状態であり、移住先は魔物がうろつく密林や砂漠地帯がほとんどであった。


 放課後、利子は職員室へ担任教師の用事を済ませに来ていた。用事自体は直ぐに終わったのだが、隣の応接室からは白熱した会話が漏れてくる。


「何が起きているんですか? 」


「お前たちには関係ない、、、とも言えない話だ。国からの依頼さ。今、国は全国の学生を集めて南海大島へ派遣しようとしているんだ。国も民間も蜀の開発で手一杯の状況でな、南海大島の開発が遅れているそうなんだ。それを補うのに学生を使う気でいるらしい。」


 隠すことでもないので教師は利子に内容を話す。


「南海大島っていうと、最近まで戦争していたところですよね・・・」


「戦争ではないが、近いことをしていた所だな。最近までドンパチしていた所に学生を派遣なんてできるわけがないだろうに、それでも学生の派遣を要請してくるものだから話が過熱しているんだ。」


 人手不足だからと言っても戦闘終結3ヶ月しか経過していない場所への学生派遣はどこの大学、高校も行っていなかった。国としては安全な場所での雑用全般を考えていたのだが、全国の大学、高校は深く考え「戦地に生徒を行かせない」や「自衛隊志望の学生を派遣すればいいのか?」等、問い合わせが相次いでいた。文部科学省はメールでの情報提供は効果無しと判断し、1校1校に職員を派遣して説明を行っている。


「そうなんですか。あっ、これがそのポスターですか。」


 利子は机の上に置かれているポスターの束を見る。「海外で君の力を試そう!」「この世界には君を必要としている人々がいる」ポスターには学生を誘う言葉と南海大島の写真が載せられていた。破壊された町や畑、途方に暮れる南海鼠人達、そこには戦場の傷跡が生々しく映っていた。



 自宅に帰ると、裏の畑に捨てられたクイーンの殻を触手が「美味である」と言いながら貪っていた。知らない人が見たら間違いなく発狂するか警察に通報するだろう。


「おかえりなさいませ。」


 利子に気付いた触手は食事を止めて近寄ってくる。


「食事中悪いんだけど、何かわかった? 」


「おおよその判断ができました。」


 利子は自室に戻って触手の調査結果を聞いたが、俄かには信じられない内容であった。


「それじゃ、私は魔族だっていうの? お父さんもお母さんも人間なのに? 」


「その通りにございます。この国は歴史上魔族がいたと思しき時代がありました。隔世遺伝によって魔族の特徴が主様の代に出たのだと思われます。他の人々に主様のような特性が出ない状況は、魔族がいた時代が1千年以上も前であり、魔法が存在しない時代が続いたため、大半の血筋が途絶えたのだと考えられます。」


 何かの間違いであってほしい、利子はショックを受けたものの、こんな怪物が生まれたことを考えると事実のような気がしてきていた。そして利子は気分を切り替える。魔族といったら倭国の妖怪達であり、テレビやスマホの動画には倭国人が妖術や魔法を使って火を出したり擦り傷を瞬時に直しているのを思い出す。いつかは使ってみたいと思っていたが、自分が魔族なら魔法が使えるはずだ。


「じゃぁ私は魔法が使えるの? 」


「はい、私を生み出した時点で主様には素質があります。」


 顔には出さないが、触手の話を聞いた利子は心の底でガッツポーズをとる。昔見たアニメとまではいかないが、魔法が使えることに憧れをもっていたので、長年の夢が叶うのだ。


「触手! 簡単な奴でいいから魔法の使い方教えて。」


「無理でございます。」


 利子が魔法を使えるようになるまでには大きなハードルを幾つも越えなければならなかった。利子の「魔法を使いたい」という思いは純粋なものであり、魔素の豊富な世界へ来た利子の体は魔法を使えるように少しずつ変化していた。利子は純粋な想いに動かされ、今までの自分からは考えられない行動を起こす。その結果、日本の歴史を少し動かすことになるのだが、今は誰も予想していなかった。

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